私は、子供の頃から「いじめられっ子」でした。
学生時代は同級生にいじめられ、隣のクラスや隣の学校や、先輩や後輩や、さらには女の子にまでいじめられるという始末です。
さらには「女の子にかばって貰う」という有様です。
社会に出ると、職場でのいじめが待っていました。
職場でもアルバイト先でも、自営業の自分の家の会社でも標的になりました。
被害者意識が強い訳ではなく、後になって分かる事なのですが、どうやら子供の頃の傷が現実の世界に投影して、無意識のうちに標的にされてしまうようです。
子供の頃の傷というのは、私は機能不全の家に育ち、親からも虐待を受けて育ったのです。
暴力も振るわれましたが、特に言葉の暴力が酷く、私は自分が「愛されているという実感」がなく育ちました。
まるで何かに、支配者に支配されるように、自分の意志も感情も無視されて、無いものとして育ったのです。
「人間の心」や「心の世界」というものは不思議です。
コントロールされて生きて来た私は、コントロールされやすい人間に無意識のうちに選択され、無意識のうちに、そういう人達がいる所に行ってしまう、または交流を持ってしまうのです。
そして宗教でも同じです。
愛を語る宗教の信者からも虐待を受けたのです。
テレビのニュースでも雑誌の記事でも、「どちらが正しいか」などと、絶え間ない論争を繰り返し、宗教の違いや民族間での戦争が頻繁に起きて、たくさんの死者が出ています。
(愛と平和を語る宗教が戦争をして、たくさんの死者を出しているのです)
共通するのは、みんな私に対してだけ、自覚が有っても無くても、「個人攻撃をする」という事です。
家庭でも、会社、アルバイトなどの勤務先でも、対人関係でも、特に無意識のうちに私にたかったり、本当の便利屋にしたり、暴言を吐いたり、バカにしたり、差別したり、私の前では態度が変わったりするのです。
暴言を吐いたり、暴力を振るったり、バカにしたり、騙したり、いじめたり、差別したり、お金を借りに来たり、またはたかったりと、他の人にはしないのですが、私にだけはするのです。
宗教やネットワークビジネスであれば、私には声を掛けやすい、話しやすい、つまり勧誘しやすいという事でしょう。
それだけ私には「しやすい」という事なのだと思います。