借金695万円!43才独身男が本業+副業+ネットビジネスで月収100万稼ぎだす! -4ページ目

借金695万円!43才独身男が本業+副業+ネットビジネスで月収100万稼ぎだす!

どん底から何が何でも這い上がる!愛する家族のために、そして自分自身を取り戻すための日々の活動をつづります。

本日から職場復帰。
胆嚢摘出の手術をうけて
2週間ぶりです。

借金に加え、手術代に
さらに休んでいたことに
よる損失(収入なし)は
正直絶望的です。

さらに、立ち上げていた
ネットビジネスも1週間以上
放置したことで、やり直しを
余儀なくされています。

今後のことを考えると
思考が止まるので、
とりあえず今日の仕事に
専念します。

―――――――――――――――
ぜんぜん余談ですが。

藤原紀香さんが、ネットで
叩かれているようですね。

聞けば新しいドラマに出演が
きまり、その会見の一言が
こと発端のようですね。

今回演じるのは40歳のバスガイド
のようですが、借金をかかえ
どん底の人生を描いている
内容らしい。

ドラマ出演の意気込みを聞かれ

「どん底から這い上がる演技
を見て欲しい!」とコメント。

この一言がなぜ?と思ったが
ネットでは、
「バスガイドという仕事を
底辺にいる存在」と受け止められ
炎上している。

実際に当時の活躍に比べれば
どん底でしょうが、ネット民から
すれば、あまり共感を得れなかった
ようですね。

リアル貧乏で底辺で苦しんで
いる自分からみても
やはり共感どころか、どことなく
反感を覚えてならない。

まぁ、冷静に考えれば
単なる貧乏人にひがみですけどね。

ただ個人的には、
逆風に晒されながらも
這い上がろうとする
決意と行動にはエールを
送りたいですかね。

過去の自分を取り戻そうと
もがく苦しみは
本当につらいですから。

まぁ、セミリタイアして
気の合う人と優雅な生活を
送るのも手ですけどね。


それが出来ない自分は
やはり共感はできないなぁ。


本日もくさらず地道に
がんばります!


最後まで読んで頂き
ありがとうごさいます。
前回の続き。

――――――――――――――

七転八倒。

どうにもならない激しい痛み。
自宅帰って安心したことで、
堪えきれなくなった。

一時間くらいだったでしょうか。
耐えきれず、病院に足を運んだ。

「胆石による発作」と医者に告げられ、
その日は痛み止めの点滴で事なきを
終えた。

「手術を受けた方がいい」と
医者にすすめられたものの、
その時はやんわり断った。

今後のことを考えれば、
当然受けるべきだったが、
今は難しいと頭によぎった。

―――――――――――――――
「金がない」からである。
―――――――――――――――

貧乏人がもっとも困る瞬間かも
しれない。

金がないから治療が受けられない。

なんとかこのまま発作が治まって
くれればと祈りつつ、
その日は自宅で療養した。


結局、高熱を発し目眩を生じて
いたことで、再度病院に向かうこと
になるのだが。

翌日の出来事である。


「どうしますか?」と
医者から質問に、

「手術をうけます」と即答した。


金のことは手術後に考えよう。
そう自分に言い聞かせている間に、
手術が始まった。


「腹腔鏡手術による胆嚢摘出」でした。


聞けば、手術は4時間も及んだようだ。


もう少し遅れていたら、
命にも関わる事態になっていたと
医者にも言われました。


命拾いをしたらしい。

さて、この命何に使おうか。

今、とりあえず回復することが
先決ですが。


そして、ようやくブログを
打てるところまで回復したわけで
あります。


手術をうけて2日目のことです。


今回はここまで。


いつも最後まで
ありがとうございます。


夜勤中の出来事でした。

肩こりがいつも以上に
激しさが増し、背中に違和感を
覚えていた。

仕事を初め、2時間程度経過し、
一気に痛みが増した。
同時に息苦しくもなる。

実はこの時点で原因はわかって
いました。

胆石である。


半年前にも同じ症状で病院に
担ぎ込まれたからだ。


普通なら真っ先に「病院に行こう」と
思考が働くのだが、貧乏人は

「病院に行けるか?」と
考え込んでしまう。


結局、痛みをこらえればなんとか
収まるだろうと思い、電車で帰宅
することにした。

その日は日曜日の夜ともあり、
帰りの電車はまだまだ混んでいた。

立つこともきついが、ずっと
座ることもきつい。

七転八倒とはまさにこのような
状況かもしれません。

幸い、4駅ほどで席は開いたので
座ることができた。

しかし、痛みは収まるどころか
さらに悪化してきた。

ただ、不思議と帰れる自信はあった。
根拠は特にない。

辺りに気付かれないよう必死に
冷静さを保っていた。

あと、駅2つのところで痛みが
激しさを増し、思わずたちあがった。

声に出して叫びたいほどの
痛みだが、とにかく我慢した。


そして、なんとか無事帰宅した。

そこからは「激痛」との戦いが
始まることになったのですが。


続きはまた書きます。

最後まで読んで頂き
ありがとうございます。