「いらっしゃい!」

 

 

今日はいつものマスターの声が迎えてくれた

 

自然と追ってしまった視線は、そこに誰も座っていないことを確認する

 

なんとなくそんな気はしていた

 

階段の下に、女の子たちはいなかったし

 

ぐるっと見渡した店内にも・・・

 

それっぽいお客さんはいない

 

 

「あのっ・・ それで、いくらですか?足りなかった金額・・・」

 

 

カウンターまで歩み寄って、バッグからお財布を出すと

マスターが、2千円を出してくれた

 

 

「これ、返すよ」

 

 

「え?だって・・・ あれ?」

 

 

それは昨夜私がとりあえず、って払ったお金です?

 

 

「昨日のはね、ほんとにアイツが払ってったから。」

 

 

「・・・・・・・。」

 

 

 

アイツ・・・が?

 

って、この場合の、マスターが言う『アイツ』というのはー

 

 

「ええーーーーーっ!!!!」

 

 

「プッ!・・・ 優雨ちゃん、遅いよ、反応・・・

ま、どうぞ、そこ、座ったら?」

 

 

「いえ、あのっ・・・ それよりどうして?え?ほんとですかっ?」

 

 

私が立ったままでカウンター越しにマスターに突っ込むと

 

 

「あー・・ もしかして、ここ、座りたかった?」

 

 

そう、にやっと笑って、マスターの顎がさしたのは、誰かさんの指定席

 

 

「いえいえいえいえっ!!そんなっ!!めっそうもないっ!!!」

 

 

どうして彼がいないからって、その席に座れますっ?

そりゃ、たまに見つめてましたけど?

ってマスターにも彼にもバレてりゃ、たまにって言わないのかもしれないけど・・

 

 

「そう?さっき、座ってった子たち、いるけどね」

 

 

「え・・・・ そう・・なんだ・・?」

 

 

 

座っちゃうんだ、他の子たち・・・

 

 

 

「うん、今日はチャンミン、来ないよ、って教えてあげたら

帰る前に座ってもいいか?って

まぁ、あいつの椅子じゃないんでね?

オレも断る義理ないから、どうぞどうぞ、って」

 

 

 

椅子、云々って話よりも、今日は来ないよってところが残る

 

 

 

「だから、優雨ちゃんもよかったらー」

 

「座りませんよっ!!」

 

 

ストンッ

 

私は昨夜座った席に、腰を下ろした

 

だって・・・

 

他の子たちが座っちゃったんだったら

彼の次じゃないじゃん・・・

 

 

「マスター!・・・ この2千円分、飲んで行ってもいい?」

 

 

私はさっきカウンターに出された2千円を、そのままズイッとマスターの方へと押しやると

 

 

「とりあえず、生!」

 

「あれ?いつものじゃないんだ?」

 

 

「・・・ なんとなく、です」

 

彼がカウンターに座るなりそう言ってるのが聞こえたことがある

 

 

「・・ ふぅ~ん・・」

 

 

あ、なんか見透かされてる感じ?

私は慌てて付け加える

 

「2千円超えそうになったら、ストップかけてください」

 

「アハハハ!わかった、じゃあ今夜はそれで^^」

 

 

ビールサーバーに手をかけるマスターを見ながらコートを脱いだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、女子高育ちで・・ 校内に好きな人がいて、廊下ですれ違うだけでドキドキして・・

とかいうやつ、経験したことないんですよ・・」

 

 

「そういうのって、皆経験するもんなの?」

 

 

「そんな人がいたら、学校通うのも楽しかったんだろうな~

もう、毎日がキラキラして・・・ なんて羨ましがってみてもあとのまつり

そういうザ・青春って感じなのは、人生のうちの本当に限られた時間にしかない!」

 

 

「そうかな?最近はそういうのもないんじゃないの?」

 

 

「男の人だって、あったんじゃないんですか~?」

 

 

「あー・・」

 

 

「ほらっ!!今っ、思い当たる節あり、って顔しましたよ?」

 

 

「・・・ やっと会話が噛みあった気がするよ・・ 優雨ちゃん、酔ってるでしょ」

 

 

「話、逸らしましたね?酔ってません!まぁ・・ ほんとはちょっと酔ったフリしてるだけです」

 

 

 

チラッと、隣の隣の空席をみる

 

 

 

「・・・ もう、そういう経験って私はできないんだろうな~・・ なんて思ってたんですけどね?」

 

 

「ああーー、わかった!!それが、できたわけだっ?」

 

 

「そんな大きな声で言わないでくださいよ。wwwww」

 

 

「いや~・・ 思ってたのと違って、優雨ちゃんってオトメなんだ?」

 

 

「あー・・ なんです?経験豊富なお姉さんだと?ですよねー、よく言われますよ、はいはい」

 

 

「やっぱり?・・ そうだよね~・・あ、ごめんごめん」

 

 

「いいんです、そんなこと・・あ、マスター、まだ大丈夫です?私、結構飲んでません?」

 

 

 

2千円なんて・・ とっくに超えてるような気が・・・

 

 

 

「ん?大丈夫大丈夫、・・で?ここでチャンミンに会えないかな~?会えるといいな~

なんて思いながら来てたの?」

 

 

「・・・・ お胸の前で手ぇ組んで、身体クネクネするのやめてくれます?

私、そんなことしてませんよね?

ああーー、だいたい、そんなバレてました?もうー・・・・」

 

 

今日はお金を持ってくるっていう理由があったから来たけど

そんな、気持ちバレてるんだったらもう、ここに来たら気持ち悪がられるだけよね

 

 

「あっけなく終わっちゃったじゃないですか!」

 

 

「え?どうして?」

 

 

「は?だって、バレてるんですよね?私が、・・その・・ 憧れてた、って」

 

 

「・・・・・ 憧れ?」

 

 

「今夜、お店に行ったら逢えるかな~?逢えたらいいな~

うわっ、いた!!きゃー、かっこいい!!・・・ みたいなやつですよ」

 

 

「・・・・えと・・ それって、まさか・・ アイドル見てキャーキャー騒ぐみたいなやつ?」

 

 

「アイドル見て・・・ ああーー!私、そういうのもなかったんですけど

そうですよね、アイドル見て騒ぐってこういう感じなんですかね?」

 

 

「それはオレが聞いてるんだけど・・・」

 

 

「あ~~ アイドルを追っかけるって、身体にいいって聞いたことあるけど

そういうことかぁ~ 確かに!!なんていうか、自分の中の女子の部分の血が騒ぐっていうか・・」

 

 

「ちょ、ちょっと待てっ!・・・でも、アイドルじゃないだろ?アイツはー」

 

 

「え?いや~ 似たようなものじゃないです?だって、彼のこと追っかけてる女の子たちって

多いじゃないですか!マスターも言いましたよね?あそこの椅子、座った子たちいるって!

現に、彼が店に来てるときって、下に女の子たち、いっぱい待ってたりしますし・・」

 

 

今日は全然いなかったけど・・・

 

下にも、店内にも・・・

 

 

 

「確かに・・・。」

 

 

「さすがに握手してください!なんて言えないですけど・・・

昨日はおもいがけず、お話できたりなんかして・・・

私、舞い上がっちゃいましたよ?」

 

 

「いや、でもほら・・ アイツも生身の男なんだし・・・。優雨ちゃんもさ?

そんな・・ 憧れの人と話なんか出来ちゃったりしたら、もっと仲良くなりたい

なんて欲が出てきたりするんじゃないの?

人間って欲張りだからさ?」

 

 

 

欲・・・

 

もっと仲良くなりたい・・・?

 

 

 

「でもそういうの、って・・・ こっちが欲出しても、向こうは引いちゃいますよね?

ああいう人って、何ていうか・・ 自分と対等な人と恋愛するんじゃないです?

勝手なイメージですけど・・・

ほら!美人の同僚とかいたりして?仲間から恋に発展する、みたいな・・」

 

 

 

憧れてる時点で、自分とは世界が違う気がする

 

 

 

「優雨ちゃん・・・ 漫画とか恋愛ドラマ、好きなの?」

 

 

 

「は?やぁ~だな~ マスター・・ 漫画だったらそうですね~・・」

 

 

 

私は、すでにお客さんが端のテーブル席にいるカップル一組になっている店内を見渡し

閉まっている店のドアを見つめた

 

 

 

「あのドアが開いて、彼がやってくるんですよ!」

 

 

 

「・・・ 漫画だったらそうなんだ?」

 

 

「そうれす・・ でも、あのドアは開かないし、彼も来ません、それが現実!

そういうことは、わかってるんです、私・・はい・・ じゃあ私、そろそろ帰ります・・

えと、お会計・・って、あれ?ほんとに2千円?なわけないですよねっ?」

 

 

今日は、不足分を払うつもりだったから~・・

 

私はバッグに手を入れ、ガサゴソ財布を捜す

 

 

 

カランカランカラン♪

 

 

 

ーーー っ?

 

 

 

この店のドアの独特の音が聞こえた

 

 

 

 

 

 

「・・・ ドア、開いたよ?優雨ちゃん」

 

 

 

 

 

カウンター越しに、マスターが笑った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく・・・・