こんなタイトルのブログを書き、東京在住10年目ながら、私は何を隠そう今も大阪府民であり、大阪市民です。

いよいよ明日に迫った大阪府知事、大阪市長ダブル選挙。

銀座で働く電報屋のブログ-市長選

この選挙、今後の大阪を大いに占う選挙になると思います。

大阪が「都」に向かうのか、現状の体制のままなのか?という行政機構の問題もさることながら、私がより重要に思うのは、大阪人が果たして今の現状、改革を望む志向性と論理性を持っているのか?古いままの情とプライドを固持し現状認識をしない大阪人のままなのか?が試されている、ということです。

私も東京に居ながら、様々なメディアで両氏の主張や政見を聞いてきましたが、どちらがより論理的、具体的に将来の大阪のビジョンと政策を持ち、大阪の膿を出し改革していこうとしているのか?は火を見るより明らかです。

平松陣営はよく橋本さんのことを「独裁者」「上から目線」「市民のことを考えない」と言っていますが、橋下さんの話をちゃんと聞いているのだろうか?

何の明確な論拠も無く「大阪都構想」を批判し、橋下さんを誹謗中傷しているのは平松さんのように思う。

橋下さんの言動や行動が100点満点で無いのは言うまでも無いが、明らかに平松さんより明確なビジョンと論理的具体的な政策を持ち、改革精神と政治家としての実行力がありそうです。

この選挙は様々なメディアで全国が注目しています。

私は非常に心配です。

もし平松さんが当選したら、「相変わらずの大阪人」を全国民に晒すことにならないか。。。

横山ノックを2期も知事に選んだ大阪人です。
この10年、財政破綻寸前まで赤字が膨らみ、優秀な人、力の有る人、カリスマ経営者は皆東京に移り住んでいるのに、認めようとしない、変わろうとしない、変えようとしない大阪人なのか。。。

私も大阪生まれ育ちの人間として、また現在は大阪市民として、明日は信念を持って投票してきます!



しかしマック赤坂は大阪人をバカにしているのだろうか。。。
昨日、震災の被災地である宮城県石巻市渡波(わたのは)地区の黄金浜(こがねはま)という地域への被災地支援プロジェクトに参加させてもらってきました。


銀座で働く電報屋のブログ-黄金浜家



私自身、大阪出身にも関わらず阪神の震災では遠方におり、特に支援めいたことにも参加せず、今回も運よく被災しませんでしたので、(被災者の皆様には語弊があるかもしれませんが)一度は自分の目で見て肌で感じたいと思っていながら、日常の喧騒に紛れ多忙に言い訳し、全く行動には起こしていませんでした。

しかし、たまたま今回、長年お世話になっている社長が被災地支援プロジェクトに参加していると聞き、今後の人生においても、また小さい娘に語り継ぐ為にも、何より『行きたいけど育児の為に行けない』と嘆いている阪神の震災被災者である奥さんの為にも、飛び入りでお願いして参加させてもらいました。

第一の感想、「これが被災後半年も経っている町なのか!?」
第二の感想、「自然の力に比べて人間の力のちっぽけなこと!」
第三の感想、「ちっぽけな人間」だからこその助け合いの温もり、素晴らしさを実感。

実はこのプロジェクト、日本人がリードしている訳ではなく、東京のクリスチャン達が文字通り「博愛」精神で教会ネットワークを活用し欧米各国からの支援を、赤十字などには頼らず自分達で直接被災地へ貢献しようと始めたもので、今では志を共にする首都圏の教会ネットワークからクリスチャン以外の様々な口コミネットワークで拡大した、本当に草の根の組織なのです。

現地のプラットフォームには心ある外国人達が東京を離れ長期間滞在し、既に地元に馴染み、被災者達と和気あいあいとしている姿が非常に印象的でした。

全く英語なんて話せないお年寄りと、ほとんど日本語も話せない外国人が、廃墟と化した家の前で「ハ~イ!○○さん!」なんてハイタッチしている姿は、普段ビジネス街でピリピリした表情で流暢な英会話をしている日本人と外国人しか見ていない私には、何か新鮮な感動を覚えました。

震災後間もなく福島原発の問題などもあり、数多の外国人が過剰反応して日本を離れて行く中、わざわざ日本に来たり、東京から被災地に居を移してボランティアに励む外国人達。
その理由を聞くと「日本が大好きだから、何かの力になりたい」。。。
また、車で一晩かけて明け方到着後、寝袋で仮眠している日本の学生達。。。

人種、宗教、全てを超えてそこには人間の「助け合い」「触れ合い」がありました。
改めて「日本」の良さも実感しました。

しかし、本当に驚愕したのは「自然の力」です。
辺りを見渡すと、残っている家はそのほとんどが1階がぼろぼろ。渡波地区の津波は2,3mだったそうなので、津波が通った部分は全て持って行かれているのです。

銀座で働く電報屋のブログ-家一階


普通、ブロック塀なんて車が突っ込んだりしないと倒れないぐらいに思ってますが、継ぎ目ではなくブロックの真ん中から斜めに裂けているような壊れた塀の後が散見。
道路は至る所が地震のパワーで陥没してるし(実は町全体が20~30cm沈下している)、陥没したところに波が土砂を流して家全体が半分宙に浮いているような状態。。。とか。

津波が超えて行った堤防際では、堤防下一列目の家は全て流され、歩道の鉄の柵はキレイにポキンと真横に全て折れていたり。

それに比べ、私一人が一日で出来ることの小さい事!

今の時期の支援はこんな1階を失った方々のリフォームがメインなのですが、慣れないせいもありますが、一日掛かって壁一枚剥がすのが精一杯。
ああ、なんて無力。。。

しかしながら、私にとってはいろんな意味で大変良い経験をさせてもらい、参加させてもらって感謝しています。

半年経っても、現地では全く「復旧」とも言えない状態が続いています。
しかもこれから厳しい東北の冬がやって来るにも関わらず、家の一階が流されてるので押入れの布団や冬物衣服、コタツやストーブなんかも失っている方々が多いそうです。

皆さん、現地へ行かなくても、調べれば被災地支援物資の回収など其処かしらでやっているので、要らない暖房器具や冬物衣服、布団など、捨てるぐらいなら是非被災地へ提供しましょう!
それだけでも充分支援になります。
私も先日要らなくなったアナログテレビと、長年持て余しているコタツと布団を提供する予定ですニコニコ

申し訳無いですが企業名を出させてもらいます。

先日、ヨドバシ電機で扇風機を買って自宅配送にしたときのこと。

このご時世で扇風機重要が異常に高く、いつ出荷出来るか分からない状態での発注で、いざ出荷されたときにはあいにく出張中で部屋に居ませんでした。

配達直後に携帯に電話があったのですが、それも出れなかったので留守番電話に「郵便局ですが不在でしたので再配達をご依頼下さい」。(ヨドバシは「ゆうぱっく」を使っている)

至って普通の対応です。

しかし部屋に戻ってみるとポストに不在票は無し。

近くの郵便局を調べて電話。なんとか荷物を特定し「土曜日午前中に再配達」を依頼。

土曜日。
待てど暮らせど荷物は来ず。
日曜も待つが届かず。

月曜日に電話し「来なかったんですけど?」
大して詫びる様子も無く「すみません」
(「申し訳御座いません」じゃないのか!?)

「本日再配達させてもらいます。」→「じゃあ20時~21時でお願いします」

帰宅が若干遅れ、20時20分ぐらいに。

前回は配達直後に電話があったので、今日はまだ電話が無いのでまだ来てないんだろう。

と思っていたら、帰宅しポストを見たら前回は無かった「不在票」が。
配達時間は20時4分。

「電話しろよ!」

配達ドライバーによって対応に差があるのは二流の物流会社です。
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昨日の話。

サンウェーブ工業のシステムキッチンが何度も壊れるので修理依頼。

実はこの会社、以前にも修理に来させた後、もう2度目なので「報告書を上げろ」と言っていたら音沙汰無いので催促したら「今ちょうど書いてました」などと言いその日にFAX。

お前!忘れてたくせに「今やってました」って言い訳にも程がある!!

と思ってたら、また壊れたので修理依頼したら「対応検討して折り返します」で1週間も音沙汰無し。

また催促の電話したら「先ほどちょうど修理部門から連絡が!」

アホか!ほったらかしにしてたの丸分かり。「忘れてました!今すぐに!」の方がまだ許せるわい。

そして修理日の連絡。

最近キッチン・トイレ周りの大手企業が経営統合した「リクシル」さん。
堤真一使ってイメージ戦略は良いですが、こういう足場のユーザーケアはもっと大事ですよ。

関西ショールーム・カスタマー担当のMさんの話です。




2005年に「食育基本法」なるものが施行され、幼児~児童に対する食育の重要性が説かれるようになって久しいですが、どうもピンときません。


銀座で働く電報屋のブログ

食育の語源は、どうも「栄養学」に近いものらしく、健全な食生活をすべき、というもので、決して「美味いもの」を食べさせましょうということではないようなのですが、どうも巷で聞くのはあたかも「教育」の一環であるかのごとく「美味い食材」=安物ではない食材→必然的に食にお金をかけましょう、という意味合いで使われることが多いように思います。

小さい頃から美味いものや高価な食材に慣れさせることが本当に子供にとって幸せなことなんでしょうか?

食に関してだけでもないのですが、セレブ的な家庭、環境で育った子供はその環境が当たり前と思ってしまい、それ以下の生活は「貧乏」=「不幸」と思わないでしょうか?

当然、経済的に豊かな環境に越したことはないのでしょうけど、小さい頃からそれを当たり前のように、それが人間の生活のように刷りこまれてしまうと大人になってから、もしも自分がお金が無い状況に追い込まれた時の「不幸」感と言ったら貧乏人の比ではないと思います。

「なんで私がこんな生活しないといけないの!?」

「あの人はこんな生活してるのに!」

「私が不幸なのはこの人(結婚相手や親など)のせい!」

なんて、本当は自分の責任でそうなったのにやたら不幸を感じてしまったりしないでしょうか?

食育のことで言うと、小さい頃から贅沢な食事ばかりしていると、大人になってから、いやそれ以前から本当は感謝しないといけないような場面、人から奢ってもらったり食事に連れてきてもらったり、あるいはまともな食事が出来る環境で無い場所でのささやかな食事に「何これ、マズ!」なんて思ってしまうことがあれば、決して幸せなことではないと思います。

私はお陰さまで親も忙しくそんなに食事に労力もお金も掛けられてませんでしたから、今でも出された食事のほとんどを「美味しく」食べることが出来ます。

お金を出して外食する際にはこれまでの人生、ほとんど「マズ!」なんて思ったことはありません。

奥さんが作ってくれた食事に対してもその全てが美味しいので「あんた、何出しても『うまい』って言うな!」なんて皮肉を言われたこともありますが、「何これ、マズ!」とか「もっと美味しく作って」なんて言われたり、そっと残されるよりよっぽど良いのではないかと思います。

大人になってから、歳をとってから感じる、豊かに育ったからこその不幸感、貧しく育ったからこその幸福感って人それぞれあると思います。

同レベルの経済的環境でも人によってその満足度が違うことが厳然とあると思います。

わざわざ貧しく子供を育てることは無いと思いますが、適度に今の経済環境への理解と感謝を即すような戒めや、何でも子供を思うがばかりのお金のかけ過ぎや過保護は決して子供の為にならないと思っている、現在2歳半の子を持つ親父でした。

記憶って不思議です。


銀座で働く電報屋のブログ-記憶



先日、前職の仲間たちと飲んだ時の話。
私の前職の会社は、今話題のタイガーマスク、伊達直人の育った「虎の穴」よろしく肉体的にも精神的にも非常に厳しい洗脳教育をする会社でしたので、その頃の同僚達はみんな「戦友」のような感覚で、一緒になるといつもその頃の悲喜交々の話で毎度非常に盛り上がります。

しかし、不思議なのは、みんな同様に覚えているエピソード、誰かだけが覚えている話、誰かだけが忘れていること、結構バラバラです。みんな話しながら「そう言えばそうやった!」「思い出してきた!」「いや、違うよ!こうやった。」などと記憶を辿りながら当時の、今でこその笑い話をしながら時間があっと言う間に過ぎます。

どれもこれも、他の人たちが聞いたら信じられないような強烈な話ばかりなのですが、人によって記憶に差が出来るのはなぜでしょう?

人によって印象に残る、記憶に残る出来事って全然違うのですね。
みんな似たような学歴でしたし頭の善し悪し、記憶力の潜在的能力はそんなに違わないのに、です。
ある人にとっては忘れることが出来ないこと、でも他の人にとってはむしろ記憶から消し去りたいこと、誰しも意識的ではなく自然と何年も経つとその差が歴然と出て来ます。

逆に言うと、その差は決して潜在的な記憶力の違い、IQの差ではなく自分自身の意識によってコントロール出来るのではないか?と思っています。

例えば、私は大学受験の時には「なんでこんなに俺は記憶力が悪いのだろう!」と自分の頭の悪さに辟易していたほどですし、私生活でも、よく人のしてくれた話を覚えてなかったり(良く奥さんにも怒られますガーン)、一度した話を同じ人に何度も話したり、自分で「アルツハイマーか!?」と疑心暗鬼になるほどなのですが、一つだけ人より優れていると自負してしまう(少なくとも当社内では)のは、仕事上の、しかも営業活動の記憶です。

営業職の性格上、毎日いろんな人達と会い、日々様々な会話を交わしますが、私の場合、過去何年に渡っての営業活動や商談の内容などをほとんど覚えているのです。

今日、このブログを書こうと思って社内サーバーに残っている過去の予定表をランダムに見て行ったのですが、残っていた2004年からの自分の予定表にあった商談相手(会社)の内容のほとんどを思い出すことが出来ました。

これは、自分では特に意識もしていないんですが、前職から培ってきた営業職の職業病というか、行った商談内容、会話を何度も帰社の道中や帰宅途中に考え、「あそこでこう言ってしまったのは失敗」とか「あそこでなぜこう言えなかった?」「ちくしょー次は絶対こう言ってやる」とか思い起こしてるからではないか?と思います。

人の記憶は、そのアウトプットの量によって決まるそうです。
誰しも学生時代の勉強の時に経験があると思いますが、英単語を覚える時、歴史の年号を覚える時、口に出して言ったり、紙に何度も書いたり。
私の場合、一度の経験(商談)を何度も思い出し、頭の中で再シュミレーションして「今度はこうする!」みたいなアウトプットを繰り返して記憶に定着させてきたのだと思います。
皆さんも覚えておいた方が良いことは紙に書いたり、口に出して言ったり、無意識にしてると思います。

そして私の記憶術をもう一つ明らかにしておきます。

「空腹」状態を利用することです。

実は、アメリカのネイチャー誌で発表もされて、最近になって「その影響もあったんだ!」と思ったことなんですが、人間は空腹状態の時に分泌されるホルモンが脳内の記憶を司る海馬へ好影響し、記憶力が最大25%も良くなるそうです。この事実はあらゆる医学的見地からも検証され、実証されています。

そう言えば私は前職時代から寝坊症で出勤時間ギリギリまで寝て朝ごはんは食べたことが無く、また昼間は忙しすぎて昼食を抜かすことが多く、ほぼ空腹状態で夕方まで仕事していることが多かったのです!
前職時代から習慣になり(というより昼食を抜いても苦にならないので、することが多いとすぐ抜かす)、今でもよく昼食を抜かします。

決してこの事実は私の仕事上の記憶力と無縁ではなかったのではないか?と思っています。

皆さん、朝ごはんや昼ごはんを抜くことは、経済的にも、ダイエット中の人はもちろん、仕事の能率的にも良いとしたらやらない手はないですよね?

特に20代の人にはお薦めします。
多少食べなくても夜にドカ食い出来るし、食数を減らすのは経済的にも◎

世に言う食生活健康法とは逆行しますけど、私はこの朝食、昼食抜き生活を長年続けてきて、アラフォーにして社内随一の健康診断優良数値の持ち主です!
ざま~見ろべーっだ!

P.S
しかし脳内のブドウ糖が減ると機能低下するので風邪予防を兼ねて喉飴を舐めるとか、空腹のイライラも紛らわしつつ必要成分は接種出来る「ウィダーinゼリー」などのゼリー飲料はお薦めです。
更新をずっとサボっていてすみません。。。

来週から本格的に忘年会シーズンですね。
私は人生始めての2週間で忘年会5回という強行スケジュールに突入します。

お誘いがあることは本当に有難いことですし、業務上の打合せ以外にも懇親を深めたい取引先があることは感謝の至りです。

しかし・・・

アラフォーにもなると、いささか体力的な不安が募ります・・・
最近少し飲んだぐらいで翌日頭痛いし、お酒が弱くなってきたような気がしています。
20代の頃ならいざ知らず(毎日飲みに行きたかったもんな。。。)、自分の体力の劣化に辟易してきます。
数多の営業職の中には毎年このシーズンは毎日のように忘年会って大変な方も多くいると思いますが、最近管理系の仕事が多くなってきたせいか、どうも営業職本来の「営業体力」がなまってきているようにも思います。

少なくともまた以前のように粗相をしないよう、ちゃんと自制してお相手さんにも自分にも有益な時間になるよう、気を引き締めて臨みたいと思います。(飲み会に向かう心境としては変な言い方ですが・・・)

よし。
来年は「営業体力」を取り戻すべく、営業職本来の業務を全うできるよう、社内の体制を整備するぞ!

しかし社内の皆さん、東京、大阪それぞれの忘年会については至って楽しみ以外の何物でもないのでご安心を!!

サッカー日本代表、W杯初のアウェーでの決勝トーナメント進出おめでとう!

そして国民サポーターの皆様、本当におめでとうございます!

銀座で働く電報屋のブログ-ナショナリズム

私が少しびっくりしたのは、今回の決勝進出を決めるデンマーク戦、AM3:30というキックオフ、テレビ放映時間にも関わらず30%以上もの視聴率。瞬間最高視聴率40%以上もの国民が生で観戦していたと言います。
(人ごとみたいですが私もちゃんと3:00には起きて万全の態勢でスタンバって歓喜に酔い痴れましたグッド!

既に日本国民の風物詩、紅白歌合戦以上ではないでしょうか?
野球のWBCやオリンピックの注目種目以上ですよね。

このサッカーというスポーツは如何に国民のナショナリズムを煽るものであるのかを良く表しています。
世界的には随分前からそういう状態であるので日本国民もついにサッカー熱においての世界標準ぐらいにはなりましたね。
(もっとも、強豪国では試合の日はみんな仕事も休んだりして国内がサッカー一色になるようで、まだまだそこまでは行ってませんが)

これってでも昔の力道山の活躍をテレビで観ていた国民の熱狂に似てませんか?
(当然私は生まれてませんのでその熱狂が「三丁目の夕陽」に出てきたシーンのようなものと考えると、ですが)

正に日本人が日本人のプライドを持って国の代表を応援し、他国の選手に、他国に勝って欲しい、勝ちたいという思いがその熱狂を呼んでいます。ナショナリズム以外の何物でも無いように思います。

太平洋戦争以来、日本はアメリカの国策によって、またそのナショナリズムを高揚させないように「骨抜き」にされるべくプロパガンダ教育をされてきました。

しかし!

残念ながら日本国民は老若男女問わず、全くそのナショナリズムを忘れてはいないようです。

WBCに歓喜し、オリンピックでの北島に称賛の嵐、W杯の勝利に狂喜乱舞するのです。
どう考えたって日本国民は日本を愛し、日本人であることに誇りを持ち、日本が世界で勝利し優位に立つことを欲しているのです。

代表の選手達が肩を組んで国歌斉唱していたり、サポーターが国旗を振り回し顔にもペインティング、また渋谷の若人が「日本人に生まれて良かった~!」なんて叫んでいるのはその象徴。

第二次世界大戦当時の日本が国辱のように言われて久しく(というよりアメリカの戦略によって日本人が自分で勝手に卑下しているだけですが)、都合の良いグローバリズムを旗頭に国旗掲揚や国歌斉唱を非難する共産主義者どもは未だに喚いていますが、日本人のサムライスピリットはまだまだ健在!今後も大丈夫!!ということを感じさせてくれる今回のW杯です。


先日東京駅前で左翼の大行列のデモがあり、「国旗掲揚を強要するな~!」などどシュプレヒコールしていましたが、彼らは今のW杯での興奮を全く覚えないのでしょうか?
そして彼らはお正月にお節も食べず、初詣もお彼岸のお墓参りも行かず、お盆休みも取らないのでしょうか?(全て日本特有の文化であり、日本固有の宗教「神道」のしきたりです)

日本人が日本の文化や宗教を愛し国家に対しナショナリズムを持つことがなぜいけないことなのか?全く意味不明です。

日本に巣食う左翼の皆さん、大マスコミに潜入し未だに無理くりプロパガンダしようとしている共産主義の人達、そろそろ素直に認めて、無理な理屈をこねず楽になりましょう。

今日は東京での一人の日曜日。

近くの打ちっぱなしに行ってきました。


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この「ゴルフ」というスポーツ、社会人には「嗜み」というか、特に経営者層には必須の感があるのに、私はずっと「見て見ぬふり」をしてきました。

『ソフトバンクの孫さんの右腕と言われる北尾さんもずっとやってない』
『私は何事も没頭する性格なので一度やり出すと仕事が疎かになるかも』
なんて訳の解らない理由を言いつつ、ただ逃げてただけのような気もしています。

それが会社でのゴルフコンペ開催をきっかけに意を決し、昨年秋頃からやり始めたのですが、これが難しいのなんの!
この8年、仕事、特に電報サービスに関しては社内はおろか国内の誰よりも精通している自信を持ち、自分の分野である営業関連において教えることは有っても教えられることなんて無いぐらいに思っていたのに、この「ゴルフ」ってやつは!自分より上手い人、知ってる人、すごい人が居まくるどころかゴルフランキングでは最下位ぐらいの自分に気付きまくり。自分の「出来無さ加減」に辟易するほどです。。。

はっきり言って自分が一番下手なんて環境はこの何十年もなかった気がします。
スポーツでもゲームでも、しゃべくりでも仕事でも、何でもすぐに平均以上には出来てきた私の人生。
(かと言ってこれといった秀でたものがあるわけでもないのは、それはそれでコンプレックス)
改めて謙虚な姿勢、教えてもらう姿勢、初心ってものをアラフォーにして久しぶりに体験。

これは自分の人生にとって、当社で仕事に邁進する自分にとってとても良かったことだと思っています。


さて、私は「負けず嫌い」です。
どのくらい「負けず嫌い」かと言うと、「負けず嫌い」では誰にも負けたくないほど「負けず嫌い」です。
(なんのこっちゃ)

何をやっても負けず嫌いな私が、圧倒的に負けを認めざるを得ない、しかもそう簡単には勝てないと自覚してしまう心境ってどういうものか分かりますか?

会社では「やるからには真剣にやる!」なんて言いつつ、内心「もうやらなくても良くなる言い訳ないかな・・・」なんてチラッと考えてしまう卑怯者の自分が居たりします。

しかし!

やはり負けたくないのです。

とりあえず自分と似たようなキャリアの人間、現在自分とスコアが近い人間にはあと半年で、ぶっちぎりで違う世界に行ってやるつもりです。
キャリアは長いがメタボが気になるIさん、昔やっていて最近またやり始め、密かに練習しているMさん、生半可な好奇心でやり始めたH君・・・君達!私は既に違う世界に足を踏み入れているよ。
Mさんがいくら人に悟られないように飄々としていながら陰で会社を休んで練習をしていても、どんどん差は開いていくでしょう。

今日も練習場の15分レッスンで、二つも三つも「コツ」を掴みました。
学生時代に比べ体力は落ちているが、仕事で培った創造力と論理性(イメージと理論を具現化→体で表現)を武器に、着々と上達している自分を実感しています。
始めてから6ラウンド、未だに「プレイすればベストスコア」は続いています。
アラフォーにしてこの「上達している」感覚を感じられることも新鮮です。

ゴルフよ。ありがとう。

昨年ゴルフをやり始めるときに酔って暴言を吐きました。
「2010年中に100を切る!」と。。。ガーン
本当にごめんなさい。そう簡単に出来るものではありませんでした。
数多のゴルファーの大きな関門である「100」を、やったことも無い人間が分を弁えない物言い、申し訳ありませんでしたm(__)m

しかし、密かに、まだ「年内100切り」は諦めていません。

来週も練習行くぞ!グー

どんなサラリーマン、OLでもどこかの「業界」に属しています。

証券業界、食品業界、IT業界。。。
世の中には数多の「業界」がありますが、当社が創業した「電報」には「電報業界」というものがありませんでした。

なぜかと言うと、公的独占市場だったからです。


銀座で働く電報屋のブログ-電報


電話がまだ無い時代の通信手段として国策でインフラ整備された電報(歴史についてはウィキペディア「電報」 参照)。逓信省→電気通信省→電電公社(日本電信電話公社)→NTTと連綿と受け継がれ、通信手段から慶弔電報へとその姿を変えただけで、元々お上の事業だったわけです。

郵便局に「レタックス」というサービスがありますが、これも逓信省が電気通信省と郵政省に分かれた後、電電公社時代のインフラを担っていた郵政が電電公社の民営化に伴い独自にサービスを開始したもので、元々お上の事業です。

電電公社がNTTとして民営化されたことで通信事業は完全に民間に委ねられ、航空事業(JAL)、鉄道(JR)やたばこ(JT)などもとっくに民間に委ねられているのに、電報だけはなぜか相変わらずお上の独占だったわけです。

そこに当社が2002年2月に参入。
当時の小泉内閣による郵政民営化などの規制緩和の方向性だけは分かっていましたが、確たる法的な後ろ盾も無く半ばグレーな状態でサービスインしました。今思えば何も怖いものが無い、守るものが無いベンチャーだったからこそ出来たことです。

その後、思惑通り郵政省が民営化を前提とした郵政公社となり、信書便法(「民間事業者による信書の送達に関する法律」)が施行。従来郵便局だけに配達が認められていた「信書」が民間に開放されたのを機に当社も事業許可を取得し「電報」を信書便事業者として配達する公的認可を受けたわけです。

実は創業から認可取得までの間の理論構築は、「信書」の定義の曖昧さという盲点を突き「カードを通信販売して届け、メッセージは添え状であり信書ではない」という無理くりな理屈でサービスを行っていたのですが、認可取得に当たり「電報は信書」とあっさり理論転換しました。これもベンチャーならではだったと思います。


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その後の当社の着実な成長は「その筋」には周知の通りですが、その間、当社の堅調な成長を目の当たりにした(きっとそうだと思うむっ)、雨後の筍のように電報サービスを行う会社が出てきました。

この頃から総務省信書便課からは「郵政事業規制緩和の旗手」のように期待されていたのも実感していましたが、その後の当社の成長が当局にとっても規制緩和によって育ったベンチャーの一里塚となった自負はあります。

そして一昨年のKDDI、今年のソフトバンクの参入となるわけですが、この通信大手2社も事業の形態は当社と同じ信書便事業です。実はこの大手通信会社2社の参入にも当社が関わっています。

KDDIは、電気通信事業法で「国際電報」を役務とすることが定められていますが、国際的な通信手段としてはその役割を終えていただけに、その赤字体質には四苦八苦していたと思います。この国際電報の運営会社であるKDDIエボルバという会社は当社の電報をご利用頂いていたので、当社の法人ユーザーに国際電報を使ってもらえないか?という事業連携の相談もあったほどです。その赤字を補うべく始められたのが国内での信書便による電報サービスであることは明白です。
実はKDDI本体も当社の電報サービスを全社導入しておりましたので当然当社の成長や利益を出していることも知っており、民間でも電報サービスが出来て利益も出せることは肌で知っていたことになります。
現在の同社のサービスにも随所に当社サービスを研究した形跡があります。

そしてそれら「電報業界」が形成されつつあったことが新たな規制緩和を進ませます。
従来からNTT電報の電話での受付番号であった「115」番が民間に開放されたのです。
これを機に固定電話回線サービスを有するソフトバンクの参入になるわけですが、この規制緩和の是非を問う総務省での「検討会」なるものに私がずっと出ていました。私としては信書便事業者電報サービスの先駆けとしての自負もあり、かなり喧々諤々させてもらったつもりですが、結局NTT以外の通信事業者の参入を目論んだ予定調和のような形で終わったのは少し残念です。

この大手通信事業者2社が参入したことで、国内通信大手3社が電報サービスに揃い踏み、郵政のレタックスも合わせてようやく「電報業界」が形成されたと言ってよいと思います。
最近ではあるシンクタンクが「電報業界」の実態調査のため当社にもヒアリングに来てくれました。

紛れも無く当社が独占市場を切り開き、業界を形成する旗手を担っていたことは自負して良いと思います。
当社の着実な成長なくして、数多の電報サービスの出現、KDDIの参入や115番の解放は無かったでしょう。

現在、年間でNTT1500万通、レタックス400万通(いずれも推計)、当社は100万通の取り扱いがあり、当社は電報業界において3位です。今年115ユーザーを取り込んだソフトバンクが40~50万通程で4位となるでしょう。
上位2社とは開きがありますが、先に書いたように「お上」であり、民間発のサービスとしてはダントツの首位です。

上位2社に追い付け追い越せはもちろんですが、既に当社は業界のリーダー的存在であり、競合他社からも常に注視される存在であり、現実に競合他社は当社サービスを随所にパクリまくっています。

その現実を忘れることなく、業界の旗手としての自覚を持って今後ともサービスの向上に邁進し「電報サービスにおいてヒューモニーに死角無し」という状態に持って行かなければなりません(残念ながら現状は違います)。

またその自覚において、新たな電報需要の創造から新たなメッセージ文化の創造へと昇華していけるよう、日々努力を怠らないつもりです。

少し自社の自慢が過ぎましたかね。。。得意げ
先週4月18日夜~22日までは社員全員での慰安旅行でした。
昨年はグアムで設立以来始めて慰安旅行を決行、今年は予算もUPしオーストラリアのケアンズで、正に「進化」した慰安旅行を決行出来ました。

これも一重に日常弊社を支援して下さる物流会社の皆様、販売協力を頂いている代理店他の皆様、などなど当社に関わる全ての皆様のお陰であることは言うまでもありません。

そして縁有って当社で勤務してもらっている従業員の皆様一人一人の努力の賜物であることも言を待ちません。
本当にみんな、いつもありがとう!!

さて、なぜ今回の題名が「進化」なのか。


銀座で働く電報屋のブログ


当然昨年のグアムにも増して予算UPしオーストラリアに行けたことも進化です。
業務上「その時期は社員旅行なので・・・」と予定を順延依頼した方々に「どちらへ?」の後に昨年の「グアム」というのと今年の「オーストラリア」と言うのとでは明らかな先方の驚きの反応が違ったのは営業の連中は実感していたはずです。

そして、旅行中の内容。
昨年はリゾート地にも関わらず暇を持て余したり、事前準備が至らず仕事に費やす時間が出来てしまった人が居たり、「もっとこうしておけば」という部分が何かと散見されましたが、今回はほぼ全員、事前のオプショナルツアーの申込や時間の使い方など、思い思いの余暇を過ごせたと思います。正に進化です。

そして、昨年のグアムでは前年忘年会でのクイズ大会の出来に業を煮やした社長自らMCを務め、楽しいクイズ大会を実施、それに触発された私が昨年忘年会では営業課員とプロジェクトを組み趣向を凝らしたクイズ大会を行い、手前味噌ですが皆さんに楽しんで頂きました。そして今回の慰安旅行では大阪社員が一致団結しとんでもないことを!!
これも余興の進化です。


思えば当社にとって「進化」はキーワードでした。
無謀にも社長含めた4人のスタッフで果敢に電報事業に参入し、その後は進化の連続。
そうしなくてはサービスが立ち行きませんでした。踏み出した一歩を、スピードを速めて走り出すしかなかった。
稚拙でも何でも、まずは一歩を踏み出すことです。

普通は「ちゃんと出来ないと」、ということでまずは一歩、「やってみる」ことを尻込みするものです。
それを我らド素人集団、果敢に何でもやってきたのです。
「やってみた」結果、分かること、勉強することがたくさんあり、その後の進化で「いっちょ前」になってきたのです。

上記に触れた最初の忘年会を企画したT君にも感謝しています。
その後の進化した企画には見劣りしてしまいますが、まずは「クイズ大会をやってみる」ことは何よりも重要です。

1を2にすることよりも、0から1を産み出すことがどんなに難しいことか。
地球の生物の進化の歴史においても、脊椎動物が生まれてから現在の人類に進化するまでの歴史よりも、何にも無い地球からささやかな生命が生まれるまでの歴史の方が遥かに長いのです。

当社は株主も、競合他社も、あらゆる外部要因も恐れない果敢な勇者達が集う「ド素人」ベンチャーです。
今後も後の「進化」を期待して、何事にも一歩を踏み出す開拓者であろうではないか!