※画像は、最近上の子さんがよくTrader Joe’sの物を頂きます。なんでもハズレがなくて美味しいんですよね。
日本になぜないのかしら?
さて!今回は長文で少し暗いお話しです
いつか書こうと思いつつ、
特定層から反発がありそうなので、
書くことを控えておりましたが、
今日も色々と学校でありまして、
やはり気づいてもらえる方には気づいて頂き、
幸せなお子様を増やしてほしいという思いで書きます。
本日も登校時に、喚き叫ぶ生徒さん多数。。。
我が子はドン引き…。
この声のレベルなんですが、皆様が思うより酷く、
専門職に聞かせるために録音しましたが、
「お化け屋敷のお化けの悲鳴と客の悲鳴」が
合わさったくらいの声が、
1分も止まることなく続いているのです。
これ、まじ無理、という、普通校のお子様もいます。
地域の学校からきますと、
その異常な教育環境に恐怖を持つのも当然。
ただ、一部の知的部門の保護者様には伝わらず、
過去に「何が怖いんですか?」と聞かれたことも。
しゃがみ込んで泣いても喚いても、
頭や体を殴りつけて自傷し始めても、
先生も保護者も立ったままみてるだけ。
同部門のお友達のお子様が叫びながら自傷を始めても、
収まるまで見てるだけ。
切なくなります。
見守るだけで、それはよくなってるんですか?と。
今日も「それ」がありました。
当初校内でしゃがみ込んでわめいていた生徒さんが、
授業のための移動なのに、外に出ることができず、
校内昇降口でしゃがみ込み叫びまくっていましたが、
先生に引き連れられて、外に出されてきました。
が、当然、行為は収まらず、エスカレート。
悲しくも、その声が反響してしまう屋根のある下で、
しゃがみ込んで喚き、自傷が始まりました。
昇降口真横で起こっていた事柄なため、
我が子は「行きたくない」と拒否。
体が大きな生徒さんなので、そりゃそうだ…。。
学校へ登校させたついでに、
長らくお話に花が咲いていた知的の保護者さんたちは、
気にしつつもみてみぬふり。
誰も、何も、声をかけず。
これ、、いつも同じ。
担当の先生は真横に立ち、
生徒さんと視線を合わせず、収まるのを待ちながら、
離れていくクラスの集団を気にする様子が。
我が子は朝からこの声に強い恐怖心を持っていて、
精神安定剤を飲んで登校してましたが、
自傷行為と大声の様子をみて、さらに恐怖心…。
「中に入った方がマシだよ」と我が子に伝え、
朝に担当してくださる仲良くなった先生に子を任せ、
(これも私の「不登校回避」作戦)
私はそのわめきまくる子に歩み寄りました。
保護者さんたちの白い目が気になりつつ…。
ともにしゃがみ、その子の横にきて見ました。
両手が真っ赤になり、グーで頭を殴り続けるその子。
激しい打撲音に、切なさしかありません。
どうして、療育センターでは、
「収まるまで待つ」などと、残酷なことを教えるのでしょうか。
お母さんたちも、みてるだけ。
コントロールできないのです。
しようともしない。
みてるだけなら、いなくなればいいのに。
私、先生やお母様方に伝えたいのですが、
「障害児でも、心はある」と。
なぜ、障害だからその特性がある、とか、
やめられない、ときめつけるのですか。
憤りしかありません。
自傷行為があるということは、
何か不快なこと、不安があり、そうしている、
その不安や不快の原因を特定するのが大人の仕事では。
私はそう思うので、その生徒さんの横にしゃがみ、
話しかけました。
もちろん、低くてゆっくり、穏やかな声で。
「どうしたの、心配してるよ」
「何か辛いんだよね。わかるよ」
頭を激しく叩いていた手が止まり、
私の目をじっと見るその子。
その手が腫れて少し赤く、私も心が苦しくなります。
また叩き始める…。
「そっか、聞いてほしいのかな」
「大丈夫、だいじょうぶだよ。」
また少し手を止めて、ジーっと私を見つめるその子…。
「お名前なんて言うのかな」
私にはその子が発語がないとかあるとか関係ありません
私をまっすぐ見つめる生徒さん。
私を殴ろうとはしませんでした。
お名前くらい、呼ばれて生きているはずなので、
先生も名前で呼びかけてあげてほしい。
ただ、介入を続けたくとも、私はイチ保護者。
Nestの会員さんでもありませんし。
以前にも私に喧嘩腰で体当たりしそうだった、
とある知的部門の保護者が白い目を私に向け、
(怖いなら肢体不自由は別な学校に行けと言った方)
すぐ後ろで私をみながら先生に何か話す様子があり…
いつもなら背中をさすったり、
その子の心が安心する何か方法を探すのですが、
知的障害生徒さんの保護者が怖くてやめました。
担当の先生には、
声が反響するこの場所ではなく、
この子が落ち着くように一旦部屋に移動してください、
と話しましたが…。
(どうやらその後専門職がそうしてくれたそうです。)
私の意見は間違えてないですね。
他にも今朝は荒れた子があまりに多くて、
登校を渋る生徒さんを多数お見かけしました。
息子の話によると、先週末から酷くて、
私が見る限りの変化といえば、
文化祭に向けて行われている発表のための爆音の音楽。
聴覚過敏でイヤーマフをつけている生徒さん多数なのに
音があまりに大きくて、
練習の後、生徒が大声をあげているのに…
なぜ生徒が荒れ始めたか、わからない先生が多数で。
私にもうるさい、耳障りな音。
安っぽい、手作り??ドラムを叩く金属音だったり、綺麗な音ではないのですよ。
みなさん、大人が子供に対して観察力がないんです。
子供に愛情があれば、そうはならない。
登校時に渋る他の生徒さんがいて、
お母様が困っておられ、
お子様が昇降口のガラスを叩こうが、放置。
たまに「だめ」といいますが、
いけない躾方なんですよね、その行為をいつもやめさせないので。
何がダメで何がいいのか理解不能です、お子様には。
お母さんは次第にイラついて、
お子様をおいて車に戻ろうとしまして。
思わず私が我が子の先生に、その方のヘルプをお願いしました。
他のベテラン先生も名前を呼び、明るく声かけしてくれまして。
私がお母さまに、今朝はそういう子が多いことや、
文化祭に向けての爆音の話をしまして、
そんな大きな音が嫌かもしれない、と伝えた上で、
そのお子様に、「一緒に行こうか」と声をかけますと、
靴を履き替え始めました。
するとお母さんが、
「自分でやって」と、冷たくボソリ。
気分が乗り始めたところで、厳しい声かけは…。
せめて目線を合わせて、えらいね、次はこうしよう、と
具体的に声で支援したほうがよいのですが、
冷たく一言いいますと、気分も乗らなくなり、
また一悶着始まりました。
その後、呼ばれた担任が来ましたが、
先生の顔を見たらその子は暴れ出しまして…
大人がオトナになろうよ!と言いたい気分でしたよ
私、校内でその先生が生徒の腕を引っ張る姿や、
リュックを引っ張る姿をみてきたので、
生徒さんが嫌がる気持ちもわかりました…。。。
お母様にはいえませんが。。
発達に問題があるお子様の多くは
療育センターに行くこともあると思いますが、
ご自身に指導してくださる専門職の子育てが
うまく行ったのがどうか、ぜひ確認してください。
また、障害があってもご自身の子供ですし、
障害があっても、学ぶ機会を得なければできない。
2次障害です。
できないと決めつけて欲しくないです。
また、声かけは、一貫してしてください。
その行為をしたら、いつでもやめさせる。
怒るのではなく、やめさせる。
躾=怒ると勘違いしてる方も、この世界あるある。
愛情表現について、
小さい頃に抱っこはダメとか言われた方もいて、
知的に重いお子様の保護者さんの中には、
ハグもせず、自分から離すことがベストと学ぶ方も。
これには小学校の先生と共に驚いたものです。
小学一年生の時点ですでに、
失敗しても自分でやらせろと「放置」され、
忘れ物多数、調子が狂い、自己肯定感ゼロになるこも。
手順やスケジュールの事前周知や可視化についても習わない。
本来あるべきなのに。
本来、私の周りの定型発達の教育ママの中では、
「忘れ物をしないように、事前に準備させる」
「持ち物を質問する」
「明日の予定を確認する」などして、
最終的に「自分でできたと思い込ませる」ので、
全て子供任せにせず、
しっかり子供の様子を観察しながら、
できているかの確認をしています。
定型発達の子供でも、伸びる子は
OT、STのようなことは幼児期にします。
多くの経験をさせるのです。
でも、知的な発達に障害ある保護者さんのなかには
全て子供任せ、療育任せで、評価もご自身でできない。
私は私がしています。
親が子供のことを知るプロなので。
療育のわずかな時間で判断できることは少ないです。
(もちろん参考にする部分もあります)
いつかなんとかなる、
もうみてられないからいつか自分から離せばいい、
私だってイライラするから、関わるのをやめる、
子供に暴言吐いて関係悪化しても修正の方法がわからない、
子供がなぜ荒れているのか理解できない、
子供が落ち着く方法がわからない、
施設に預けてしまう、
という方々があまりに多いです。
特別支援学校には、施設から登校する子もいて。
お子様の小さな変化に気付けない方が本当に多いんです。
ダメな行為は絶対させない、(怒らず、促す)
その行為をやめるまで、介入する。
愛情を持って接する。
お母さんはやめるまで関わってくる、
本当にぼく、私のことを心配してくれている。
そのように徹底して理解させないと、
言うことを聞きませんし、
結局子供に振り回されて、子育てはうまくできません。
発達に問題ある方の保護者と
中高一貫校や医学科保護者の方の違いは、
子供より、ご自身優先、ということでしょうか。
中高一貫校の上位層のお母さまに共通するのが、
高い観察力と、子供の精神状態悪化への対応力、
そして、子供への愛情。
我が身より、子供、
自分のためにお金は使えないわ、学費が高いから。
仕事も趣味も子供のために調整する、
家のルールを守らせる、
そんな方が多いです。
成人までにどれだけ子供に向き合ったか。
それで子育てが決まります。
それまでが大変でも、結果が全てで、
いつまでも自立できない子にするのか、
全て自立した子にするのか。
前者の場合、いつまで経っても親の金銭的支援が必要で
パートのお金が子供や孫に持って行かれる、
そんな話をよく聞きます。
ずーっと親の脛(お金)をかじって生きる子に…。
そうでない方がいいのに。
障害ある子の場合、
保護者の声のトーンを抑える、
親を演じると決めて、心を切り替えること、
一度教えても寝たら忘れる、と割り切ること、
障害に関係なく、協調性を養うこと、
子供の声のトーンをしっかりしつけること、
不快な行為を抑えること、
どんなことが子に不快か理解してあげること、
親の愛情をしっかりと伝えること、
(あなたの存在が大事だと理解してもらうこと)
子供とケンカするなんてことはやめること、
(もししたとしたら、親でもすぐに謝ること)
子供が苦しい場合、手を握ったりハグしたりして、
対話の時間でしっかりと安心させてあげること、
頑張ったときは、しっかりと「心から」褒めること
何かして欲しいときは、
具体的にやる内容と手順を伝えること
そして一番大事なのが、繰り返しますが、
「大きな声で対応しないこと」
静かでゆったりとした声を意識して声かけしてください
※思いつく限りで記しました。
我が家では、小さな頃からお茶の時間を設けていまして
これは、上2人が幼稚園の頃、園長先生のお母様の、
おばあちゃま先生が、
「子供に何をしたか、あれこれ聞かないでください」
と言った一言。
※人から子育ての方法を学ぶ、と決めていたので、
いいとこ取りをして育ててきました。
幼稚園から帰り、いつも
「今日何したのー?」と聞いていた私は反省し、
それ以降、帰宅したらお茶と手作りお菓子を出しながら
「今日は楽しかった?」と聞きました。
普通!と言えば、
ふつうならいいことだね!
つまんなかったと言えば、
どうしたの〜、話せそうなら言ってね
そんなふうに会話を引き出しました。
黙り具合で深刻さが見え、いじめを見つけたことも。
顔色を見るための時間でした。
大きくなるにつれて、
「お疲れさま」とお茶の時間。
今もそれはあります。
母からしかあげられない、思いやりと愛情。
母であるからこそ、
精一杯、母役を演じ切りたいと思います。
我が子は自分のものではなく、1人の個人なので、
その子の思いは尊重されるべきという信念のもとで
自傷行為を放置されている様子が
いつもあまりにショックで…、長文になり、
失礼いたしました。