【ラーメン屋でも行く?】

 

 しばらくの間、私は口を開くことはおろか、身動きを取ることさえ忘れたかのように、スマホを握りしめたまま立ち尽くしていた。“楓”と名乗った彼は、そんな私の様子をただ黙って見つめていた。

 

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。...体感的には数時間、実際は多分、数分か、数十分...

 

「とりあえず、俺の言うたことがほんまやって信用してくれたみたいやな」

 

 しびれを切らしたのだろうか、彼が先に口を開いた。

 その声を合図にして、私はやっと動くことができた。

 

「...完全に...信じた訳じゃないです......けど。でも、あなたの言ったことは確かに...でも、あの、すみません。なんだか混乱してて...」

「そうか...まあ、そやな。いきなりこんな話されても訳わからんわなあ。...紫苑ちゃん、すまんな」

「い、いえ...じゃあ、今日は、帰って──」

「よし、ほなラーメンでも行く?」

「.........へ?」

 

 彼...いや、楓さん...いやいや!関西弁の怪人は一体何を言い出すのか。ラーメン?なんで見ず知らずの変な人とラーメン食べに行かなくちゃいけないんだ?


 

「すいません、なんで私とラーメン食べに行こうなんていう発想になるんですか?どこからそんなバカみたいな考えが湧いてくるんですか。それに、私、別にお腹空いてないし。だから行きません」

 

 と、私はきっぱりと断った。...なのに、ああ、やっぱりそういうことになるんだよなあ...だって定番の展開だもの。この流れになったということは、この後は、ああなるってこと...

 

 ──ぐうう

 

 うん、分かってた。私、分かってた。だって、本当はものすごく、お腹空いてるんだもん。ラーメン、という単語を聞いただけで、ゴクリと唾を飲み込んだもの。

 

「お腹空いてるやんなあ?だって、ついさっき、コンビニの弁当温めようとしてたもんなあ?てなわけで、行こか。近所にラーメン屋ある?俺、この辺詳しくないから、案内してや」

「わ、分かりました......あ!でも、その前に!その奇妙なカッコ、何とかしてくださいよ!こんな夜遅くにタキシード着てマント着用で白い仮面つけた人がラーメン屋に行ったら、お店の人が怖がります。着替えとか持ってないんですか?」

「えー、この服、結構気に入ってんねんけどなあ。大体、この格好になったんは、俺の都合やないねんでー?それやのに...」

「変な言い訳はいいから着替えてください。着替えがないなら、一緒には行きませんから」

「はいはい、分かった分かった。ほなちょっと待っててやあ。すぐに服装チェンジするから」

 

 そう言うと楓...さん、は、トイレに入った。トイレで着替えるんだろうか?まあ確かに私の部屋はワンルームだから、個室と言えばトイレかお風呂しかないけど...でも、着替えなんて持ってなさそうだったのに、どうするつもりなんだろう。

 

「お待たせー!こんな感じでどう?いかにも深夜にラーメン食べそうなカッコにしてきたで」

「はあ...確かに...ですね」

 

 さっきとは打って変わって、ごく普通だ。ごくありきたりの黒いスウェット姿になっている。チッ...本当に着替えを持っていたとは...服装を理由にしてお帰りいただこうと思ったのに。

 

「行こ行こ。ラーメン、ラーメン!」

 

 仕方ない。行くか...私はスマホと財布を持ち、楓さんと一緒に部屋を後にした...