税理士試験受験の二年め。7月に受験した簿記論と財務諸表論に合格できたとは到底思えない中で次の必修科目である法人税法の勉強を始めたのは8月。

 

その年12月の発表で無事に簿記論と財務諸表論に合格。年が明けて当時通学していたD校の職員(講師)だったY男先生と結婚することが決まり、D校の上司の勧めに従って別の受験校O校に転校。5月GW中に新居に引っ越し。GW明けに入籍。同じころその年の税理士試験受験申込みを済ませる。

 
私がY男先生の上司の薦めでD校を離れたころには、D校の運営方針が変化し始めていたらしい。受講生があまり増えない税理士受験部門を縮小し、もっと利益が見込める資格試験の受験部門を強化する方向へと変化していったようだ。税理士受験部門だけが小さなビル一棟を使って運営されたいたのが、近隣にあるビルのテナントで運営されていた他の部門と同じビル内に移転することになる。職員室が他の資格の受験コースと一緒の場所になる。
 
講師の先生方は試験問題を入手するために自分が教えている(多くの場合は自分はすでに合格している)科目の受験を申し込むことが多い。そして多くの先生は自分でも官報合格を目指して受験している。個人が受験する受験料は勤務先である学校ではなく本人の負担であって不思議ではない。当時、税理士試験は何科目申し込んでも受験料が同じだったので、自分の受験があってかつ問題入手のために会場入りする講師には学校から受験料の補助をしていない。しかしY男先生はD校に勤務した時点ですでに官報合格していたので、自分のための受験をする必要がない。だから、問題入手のためだけの受験申し込みだったため、この分の受験料は例年通り会社が負担した。そこで、Y男先生だけが受験料を会社に負担してもらっていることが他の資格試験の講師から問題にされた。問題にする方が不思議だと思ったのだが、後で思えば、問題にできるならどんなことでもよかったのかもしれない。ほかにもいろいろと、それまでと方針が変わってきて、Y男先生の悩みが深くなる。
 
その頃、O校で高校の先輩と出会った。その先輩はO校の責任者に近い立場になろうとしていた時期だった。税理士試験の受験指導もしていたその先生ならY男先生の悩みを理解できていい話し相手になるのではないか、単純にそう思って二人の間を取り持つことにした。地方都市とはいえ受験界は狭い。一応対立する立場にある受験校の職員同士なので、できるだけ人目に立たないように時間や場所を工夫した。
 
そして思わぬ話に発展する。当時O校で法人税法を担当していた講師は二人いて、先輩のM男先生とR子先生。R子先生がその年限りで退職することになっていたことを、私は知らなかった。先輩はY男先生をR子先生の後任になって欲しいと望み、Y男先生も新天地で教壇に立つことを望んだ。ライバル校への講師の「転校」は学校としては阻止したい出来事で、以前にも同じような形での「転校」話は例があり、事前に明らかになって壊れたこともあるらしい。話は慎重に進行していった。
 
しかし、受験生の情報網は驚くほど伝達が早い。R子先生が退職するといううわさが流れだす。誰が後任の先生になるのかに受験生の関心が集まる。本試験前の微妙な時期なので学校は公表していなかったが、ベテラン受験生の中で静かに別のうわさが流れだし、私がY男先生と結婚していることを知っている受験生の何人かがどうなっているのかを聞いてきた。知らない、と答えてはいたが私はポーカーフェイスが苦手なので「察した」人はいたかもしれない。
 
そしてまた、本試験の日が来る平成5年7月。
二日目、二時間目。
真夏なのに冷房がなくて暖房完備の受験会場。