何か自分以外の誰かと戦う必要は出てくる。
相手と戦うことは相手に投影しているだけで、
本当は自分の中のある自分と向き合うもの。

そもそも戦うこと、相手を攻撃するのは、
その対象に恐怖を抱き、自分が脅かされていると感じている。
逆に言えば、相手に脅かされてると感じなければ、
相手の攻撃や戦いは問題ではなく、相手にする感じではない。

相手と戦うのであれば、自分の中を見て戦うのではなく、
自分の中のある自分と向きあう必要がある。
戦うこと、攻撃すること、恐怖を感じていることは、
大切なもの、存在や存在理由が脅かされていたり、
何かを訴えていたりすることが多い。
そのサイン、声をちゃんと沿って聞く必要がある。

自分にも相手にも生存がかかっている。
自分も相手も不用意に傷つけたり、殺すこともないだろう。
本当にケアしてあげる対象に、ケアしてあげるのが適切ではなかろうか。
自分には遠回りだし、相手もいい迷惑をする。
今。この夜の気分。

この音楽が自分にしみる。


” Just The Two Of Us "

" ふたりきり "

久保田がいい。
Caron Wheelerが声がまたすんごくいい。


前回から1年近く経つ。

なかなか自分のことを書くのは難しい。

頑張ってきて、結果が実ってきていて、順調。

なのに、何か強烈にさみしい。

ぽっかり穴が開いているみたい。

周りから頼られるけど、頼れる人がほしい。

とくに頼れるひと(女)が。

めっちゃ、久しぶりに書く。


あー、今日はみんなの前で、自分をプレゼンしないといけない。

そのこと自体はいいんやけど。


この1年間やってきたことは、ほんの少しで。

今の自分は、空虚な感じというのか、自分の中が無風な感じというか。

自己肯定感がないと言うと、その表現はなんか腹が立つ。

自分の中にずーっと空虚なものがあることに、
より気づいてきたというと非常に、うなづける。



今日は、ほんまによう、がんばった。

えっ!?

おれ、がんばってたんかな?

微妙に違うような気がする。


(-_-;)うーん、・・・(自分と交信中)。


がんばろうと意識してそうしたんじゃなく、
結果的にがんばったからや。

だから、なんか、おれ、違った気がしたんや。


しかも、おれは、がんばりたくない。特に意識してするのは。
なんか自分を酷使してるような気がする。
自分にムチ打ってるような。


何か出来なくても、それはがんばっている。

それは、何かしようとして、
でもそうできない何かがあるから、出来ない。
よって、これは、がんばっている。


何もしないのは、がんばったのでは、ないのかもしれないけど。


・・・(感覚浮上!)


いや、がんばったというより、

「疲れた~。」

そのほうが、しっくり、くる。