今日は、2月22日。
母が亡くなって20日が経った。我が家は神道なので、今日は20日祭を仕えた。
弟は祝詞で涙していた。
母は、2月2日に91歳で亡くなった。
今年のお正月は病院だったけど、三が日はお餅の入ったお雑煮を持って行くと美味しそうに食べ、おせちも楽しんでくれた。
毎年3段重のお節を作っていた母の姿を見て、私も年末はおせち作り。
お餅も毎年作ってくれていたのを思い出して、年末にパン焼き器で餅をついたら、母にぴったりの柔らかいお餅が出来た。
子どもたちも正月は揃って母を見舞い、笑顔で写真を撮っていた。
そんな1月5日に私たち家族がインフルエンザになり、10日間母に会えずにいた。
10日ぶりの母は、容体が変わり、食事が取れず、水分も不足した身体となり、意識が朦朧としており、点滴で水分を補給し、意識は戻ったものの、元に戻ることはなく、段々と体力が落ちていった。
幾度となく、危篤になりつつも、息を吹き返す母の姿を見て、これまでの母の生き方そのもの、粘り強く、辛抱強い母の姿を最後まで見せてくれた。
「もうそんなに頑張らんでいいよー」と何度母に伝えただろうか。。。きつそうな姿を見ると、楽になってもらいたいと思ってしまう反面、生きていて欲しいとも思う。
そんな時、私は母と離れて暮らした年月が長かったので、いつも『離れていても祈りは届く』と信じていた。互いに祈り合い、何処かテレパシーのようなもので繋がっている安心感を持っていた。
それを言葉にした時、母は目を開け、大きく頷いてくれた。
離れて暮らしていたとしても、亡くなって肉体が亡くなっても、いつでも話せる、いつでも会える、いつでも祈り合える、そんなことを確認した瞬間がとても嬉しくて、互いに安心したのを覚えている。
弟は、母が危篤の間よく泣いて、自分を責め、また泣いていた。亡くなってもまだ泣いている。
でも私、いつでも、「お母さん」と呼び、感謝をし話す。そばにいるのを感じる。そして母のメッセージを受け取る。
『生かされている間にやりたい事をやっておきなさい。いろんな体験をしてー楽しく幸せに」と聞こえてくる。
きっと亡くなったら、亡くなったところで時が止まる。
体験したくても出来なくなるのだろう。
今日は、母を連れて、娘と母の好きなお寿司を食べに行った。美味しかった。
そんな幸せな2月22日ももうすぐ終わろうとしている。
お母さん、ありがとう。
と伝えてー感謝を伝えます。