こんにちは。


このブログを読んでくださっている皆さんは、この世は「性善説」をベースに成り立っていると思いますか??

 それとも逆の「性悪説」でしょうか?? 


 私は、どちらでもない、と思います…


こんなタイトルにしておきながら…笑笑 



 ただ、そこに、人がいて、社会が成り立っている。その社会の中で「善と悪」の価値観はコロコロ変わるものである。


 たとえば「たくさん食べる」という行為を1つ取ってみても、 

「たくさん食べれば、元気になるし、子どもは、たくさん栄養をとって、大きくなる。」

「美味しいものを、沢山食べられるのはしあわせだ。」

と思う人も居ろう。至極真っ当である。 


でも、ある人は「たくさん食べると太るし、太れば病気になりやすくなるから良くない。」

「たくさん食べることで、無駄な殺生を推進させてしまう。だから悪だ!!」

というかもしれない。これまた、至極真っ当である。


 …すなはち即時に、「これが善で…」「これが悪で…」とジャッジメントすることが、どれほど難しいことか。


 「殺生」ということを、一つ取ってみても…である。 

「…何を言っているんだ、人を殺すことは、犯罪だし、悪に決まっているじゃないか、サイコパスか…??」 

という意見も出ましょう。


でも、それは、「人」や「ペット」など、身近なものに限った話であって、

 「牛」や「豚」「鳥」、「サカナ」を殺すことで、私たちはタンパク質という栄養を得ています。


 さらに、「ゴキブリ」であったり「ハエ」などの害虫だったら…

それが家にでも出ようものなら、生殺与奪の判断と権限を、自らで即座に行使しているでは有りませんか。


 逃がす…という選択肢も有りましょうが、逃がせないほどすばしっこくて、それでも逃さずか殺めなければ、家中を這いつくばる、という状況であれば…??です。


 今は、人の街に「くま」が大量発生しているとのことで、この生物への瞬時な生殺与奪の権限の行使が問題になっておりますが、

 野放しにすることで、人命への危機を晒すか、それとも自らの手で自然生物の生態に手を下すか…その判断が、日本人に問われている段階まで来ています。



 話が大きく逸れましたが、それだけ善悪を瞬時に判断するということは、実は難しい、ということを言いたかったわけです。 


 …さて、そんな中で、人間社会、もっというと、日本社会の中で、「盗み」は犯罪ということをことわりつつも…


 例えば人が居らず、はたまた深夜、誰の目にも止まっていない(可能性が高い)状況下…


そうなれば、魔が差して、盗みをはたらく愚か者が出てきても、仕方がないのかも知れません。


 その状況下で、盗みを企て、実行させる輩が現れること…

結論から言えば、私は許しません。


 倫理的にも許しませんが、私は、1つの特別な居場所を奪われかねない…という私情も込めて。


 新型コロナが蔓延して、ソーシャルディスタンスを求められた頃、「無人施設」の設置がにわかに話題になりました。


そこでは、餃子やラーメン、食肉、パン…色んなものが売られていたようですが、基本的には餃子が売られていました。

 私はこの餃子の無人販売所が好きで、「特別な場所」とすら思えるのでした。


 仕事帰りの夜、疲れ果てた身体で、この真空で清潔なプレハブ小屋にふらっと立ち寄れること。

 餃子の味も然ることながら、元気になれる食材を、36個で1000円という、割とコストパフォーマンスも良く、 

しかもどこかの餃子店が本格的に出店しているので、市販の冷凍食品よりもクオリティが高い。


 そんな餃子を、整然とした異空間の中で手に入れるという、独特な感じ。


 殺菌・消毒を促すべく、テレビから絶えず流れているアナウンスの音楽、冷凍庫を開けた時から流れ出す冷気の感触、お賽銭箱を模して造られた入金箱…その全てが異色で、ここに入店すること自体が楽しみの一つと化しました。 


これと同様に、深夜のコインランドリーなんかも大好きなのです。 

…街の片隅にぽつんと潜むように存在している、あの一室… 

…周りの喧騒からは、「ちょっと距離を置かせてほしい」と隔絶させるためにつくられた、心の洗濯をさせてくれるような、不思議な不思議なコワーキングスペース…


 …そんな一室で、回る洗濯機の音とやわらかな匂いの中、雑然と置かれた雑誌を手に取るときの解放感は、 多少割高な金を払ってでも、惜しくはない気はしませんか。



 …話は戻って、「無人餃子店」は、コロナが5類にまで落ち着いて以降、続々と姿を消していきました… 


その理由はいくつかあるのでしょうが、最たる理由は、「無人販売所ゆえ、盗みをはたらく輩」の餌食にされたからでしょう。


 それゆえ、あの異色な無人販売所が無くなるのは、非常に残念です。


 しかし盗みをはたらかないと、私が、子どもが死んでしまう…

そうなれば、いや、そうなろうとも、「犯罪」であることは間違いないですが、絶対的に、これは「悪」なのか…!? といった議論は一旦置いといて、

ごく一部の人間の蛮行によって、あの異空間が次々と撤退していくことが、非常に残念です…(これを許せば、コンビニやスーパー、デパートでも、盗み放題になってしまいます…) 



 「悪貨が良貨を駆逐」してしまった故、透き通るものが、また1つ、この社会から奪われてしまった…

 たまには、独善的に、性善説の立場を取って怒ることも大事なのだ…


 そう思わずにはいられません。