http://fbcolumn.exblog.jp/10389939/


自然とは言えない、不法投棄物だらけの森」が60%を占め、その他の占有率は「10数社もある造園会社の土地」が20%、「土木・建築業者の資材置き場」が10%、 「住宅」10%と言ったところだろう。そして道路も無秩序。ただでさえ丘陵地帯は方向感覚が乱れるが、ここは標識も無く似たような景色が続き、かつ私有道路が多いため迷ってしまうことが多い



http://fbcolumn.exblog.jp/10454577/


とてつもない量の産業廃棄物がある場所に着いた。得体の知れない液体がしみ出しているのが気になる。


http://www005.upp.so-net.ne.jp/boso/s0212c.htm

「年間40万トン──公式に発表された不法投棄の年間発生量である(平成12年)。40万トンというと、いかにも多いように感じられるが、4億トンといわれる産廃の年間総排出量のわずか0.1%にすぎ ない。1日に換算すれば1000トン、10トンダンプにしてわずか100台。とても信じられない数字である。不法投棄問題がこんなに大きく報じられているのに、全国の不法投棄が1日100台ということは ありえない。1か所だけで、それ以上のダンプが集まる大規模現場がいくつもあるのだ」
http://homepage3.nifty.com/vampire~dreams/animal.htm

80万頭の犠牲・300億円の浪費
1年間に全国の管理センターで殺される犬・猫は約80万頭で、その諸経費に300億円の税金が使われています。
現代のアウシュビッツ
事故や病気で横たわった犬・猫は即日、捕獲された犬は3日後にガス室で二酸化炭素による殺処分 に、大きなゴミバケツに無造作に放り込まれ処理されます。ガス室のもがき苦しみ叫ぶその様子は地獄絵そのものです。殺処分の方法はガス室の処分の他に、内 臓破裂で殺す極めて残虐な真空殺、地方に多い薬殺、撲殺がおこなわれています。
死への道
保健所やマスコミ報道などで殺処分について「安楽死」という言葉が使われていますが、ガス室にた どり着くまでの過程でもさまざまな暴力や苦痛、恐怖があります。行政の唱える「動物愛護に基づいて」や「安楽死」などのまやかしのセリフは無責任な飼い主 を助長しています。また、管理センターによっては、処分に際して管理職員は立ち会わず、外部の皮革業者に委託している所もあるのが現状です。
処刑を他人に任せるシステム
日本における引取り、犬・猫の終末処理は衛生局の管轄なのでゴミ処理的な考えのもとに行われてい て、実際ゴミ処理のようなシステムで処分されています。行政は殺すことを業務とし、自ら飼い主を探すわずらわしさは行わない、捕まえておきながら、犬・猫 の運命には無関心です。また、殺すことが第一で、何の改善努力もしない。嫌なものに目をそらし、事実に目を向けない国民の無知の上にあぐらをかく役人の怠 慢の姿勢が現状にあり、これも問題のひとつにあるのではないでしょうか。本来自然を含め動物は人間の都合で扱うものではないこと、感情のはけ口ではなく、 共生していく上で学ぶものであること。犬や猫たちも人間と同じ重さの命を持ち懸命に生きていること。犬・猫の運命は飼う人間次第できまります。なんら罪の ない生命は邪魔ものとして見捨てられてしまいます。身勝手な人間には何の罪もないのでしょうか?動物に関しての先進国の欧米などの国との相違は動物を痛み や恐怖を感じる生き物として扱うか、日本のようにゴミ扱いするかの違いにあります。
手軽な実験材料

手軽な実験材料として毎日大量に使い捨てされる犬・猫をはじめ多くの動物たちが犠牲になっ ています。無責任な飼い主のおかげで成り立っている現代医学は、命を粗末にするだけではなく、人間の感覚をも麻痺させています。現在動物を実験に使わなく ても、実験する方法は複数方法あります。

山や川や町に毎日の様に安易に捨てられていますが、9割は事故や病気等で死んでしまうことを知ってください。人間も生きていくのは大変ですが、人 間社会に人間よりも弱い立場にある動物たちはもっと大変で、この社会で生きる人間は動物達を守る義務があること。動物と暮らせない社会は健全な社会ではな く、動物を大切にできないことは心が貧しいことです。(特に福岡は殺処分数ワースト1でこれは恥ずべきことです。)これ以上不幸な犬・猫を出さないために も、動物たちに目を向けてください。何ができるかを考えてみてください。犬や猫たちは無償の愛を与えてくれますが、人間は犬・猫たちにどういう扱いをして いるか今一度考え見直してください。