「恐れを手離す」って本当に至難の業だなぁ ・・・。

気が付くと恐れから言葉を発している。

 

意見を求められ、答える。

よくよく見てみると、根本に恐れがある。

 

今日の夕食にこのおかずを食べる?

と聞かれた簡単な事にすら、

母から「食事の支度が面倒」 「あぁ疲れた。あぁえらい」

等々ぐちぐち聞かされたくないから、もう一品必要かと聞かれても

遠慮して「要らない」と言う。

 

その選択は、恐れからだ。

 

確かに、あっても無くてもどちらでも良い。

だったらそう答えれば良いのに

「明日のお昼にしたら?」「そんなに要らない」と答える。

 

使うお皿が増えるたら増えたで、洗い物がえらいだの何だの始まる。

 

そういった母のぐちぐちを聞かされたくないという恐れ。

 

母のどろどろ、じめじめ、ぐちぐちを恐れている私。

 

私の選択は自動反応。

恐れを元に思考回路が回り、自動で言葉が出る。