母は未だに「資格とったら安泰」「今の職場は安定していないのではないか」
と私に言ってくる。
しまいには成人した娘(母にとっては孫)にも
手に職(資格)をつけろ、今からでも学校(大学)へ行け、
安定した企業に勤めろと言ってくる。
(本人に言えずに私に言って来る。
そっか、次からそれは本人に言って、と伝えよう)
母の価値観なのだろう。
資格=高収入、仕事に困らない。
それが、幸せ。
でも・・・私は資格や学歴が必ずしも幸せに繋がるとは思っていない。
母の生育歴、時代背景なのだと思う。
母は中学を卒業したら高校に進学したかった。
学校の先生も親を説得しに来てくれた。
でも、親(私の祖父)が「女に学は必要ない」と言う理由で許されなかったらしい。
(伯父と叔父は高校に進学している)
そこでやむなく中学卒業後、親元離れて准看護学校に進学し、
その後更に親元から遠くの奨学金のもらえる高等看護学校へ行き
定時制高校に通い、苦労して高卒資格をとったらしい。
だから、私や姉には「行きたい大学へ行きなさい」と口すっぱく言っていた。
私も、いい高校、いい大学へ行き、いい就職先に就くことが幸せの道だと思っていた。
国家資格をとって安定の就職先を見つけること。
それが幸せだと信じていた。
色々あって、福祉系の大学へ入学し国家資格を取るコースにはいたものの
勉強はしなかった。福祉系の仕事に疑問を持ったのだ。
結局、1年プータローをした後に実家に戻り
大企業の事務職の仕事を見つけて就職した。
しかし、就職してみると、学歴=仕事ができる に疑問を持つ。
今となっては当たり前だけど、大学卒の自分より、
高卒で勉強ができるとか関係なく、めちゃくちゃ仕事ができる。
逆にいい大学を出ていても、仕事ができない人もいた。
勉強ができる、イコール仕事ができるとは別物だとわかった。
大企業から中小企業に転職してみると余計にその思いが強くなった。
決まったこと、ある程度までは卒なくできる私。
でも、自分のアイデアを出すとか、自分で企画を推し進めるとか、、
そういう自分で決めていくことが苦手。
能動的に動けてない。思考が固い。
上の人の判断を仰いでしまう。
地域で一番の高校を卒業し、
大学を出た自分のプライドはズタズタだった。
でも、それを認められず、プライドは高かったと思う。
どこか、親の価値観(学歴)の延長線で生きていかなければ
幸せになれない、と思っていたんだと思う。