猫の墨壺(仮名書道)

猫の墨壺(仮名書道)

仮名の深みに首まで浸かっております。

ともかく 道展に出品したくてその一念で我慢に我慢を重ねて書いていた
1月2月 18日に作品を投函して病院へ電話。

即!入院になりますので救急車で来てください と言われ2月18日入院
ストレッチャーで搬送される 酸素6リットル酸素濃度83%顔面蒼白
そのままHCUに担ぎ込まれ、身体中管つなぎになる。(オムツあてがわれたわ)
高圧で強制的に酸素を送るアクアラングみたいなの装着。最初は慣れなくて
苦しかった(ジェットコースターで酸欠になる見たいな感じ、息吸ったら吐けない!)
それでも 酸素濃度が上がらず85% 人工呼吸器を装着するか?否か決断を
せまられ、家族会議。私の意志で 人工呼吸器は使わない決定をした。
悪化しても「延命しません」と。
自力での寝返りも不可能で1週間HCUにいました。

個室に移って4人部屋に移って 昨日退院です。
5キロ痩せました。浮腫んでパンパンだった脚が痩せて ふらはぎがシワシワ
干した大根みたいですヾ(≧▽≦*)o


風呂が不可だったので 帰宅してすぐにお風呂にはいりました。
身体を全部 新調したみたいです。自分の動かしたい様に身体が動く!軽い!
いままで、身体に流れていたのは鉛だったに違いない。 まさしく生き返りました。


人工呼吸器を装着するということは今後悪化しても脳死しても、外せない
説明をうけた。つけちゃうと延命を目指すしかない。
そうして、多く肺疾患の患者は治癒することなく死ぬまで苦しむ。
死を目前に苦しむのは覚悟の上だけど、助からない治療より緩和ケアを
私は望んだ。今回はギリギリでセーフだったけれど、次回は無いかもしれませんと
宣告もされた。

今、考えれば そこまで道展に固執したのはなんだったのか?
そんなへろへろ状態で書いたものなんか、マトモなはずない。
「病に負けたくない」「こんな位 乗り越えてみせる」生への執着だったの
かもしれない。
今がダメなら次までに稽古していればいいのだ。そういう風に考えることすら
出来ないまで自分を追いこんでいた。脳に酸素足りてなかったんだわ(;'∀')

家族会議が出来て、自分の思いも話ができて、家人の考え方もちょっと前進
目の前で私が出来てるように見えていることが当たり前ではない、
と気が付いたようす。(無理して必死にやってるのかもしれない・・・・)
ベットシーツから毛布まで洗濯がしてあってきれいにベットメイクしてあった。
私も体力を復活させるために、出来る事はしようと思う。
沢山の人の手を借りるけれど、そこはま、先短い病人だしね。(笑)