蛇についてはさまざまな性質が語られていますが、まず、水神としての蛇をみてみましょう。

水神としての といえば、「八岐大蛇(やまたのおろち)」の話が日本神話の中でも特に知られています。

八岐大蛇といえば、現代の私たちからすると、怪獣のようなものというイメージが強いのではないかと思いますが、これも立派な蛇の神だったのです。

しかし、こういった蛇神は、最後には退治されたり追い払われたりしていることがあります。

洪水など自然の猛威に脅かされてきた人間は、ある時期から治水工事といった、自然をコントロールする術を持つようになりました。

神話や伝説研究家たちの間では、水神を退治するということは、人間の技術の進歩を物語ったものではないか、とする見方もあるようです。

河川の氾濫などの自然災害は神の怒りによるものという考え方は、昔の人たちだけでなく、現代の私たちでさえも、漠然と感じていることではないでしょうか。

いくら自然災害を防ぐ技術が発達したとしても、自然の力にはかなわないことを人間は知っていました。

そのため、退治したり追い払ってからも神として祀り、その怒りを鎮めてきたのです。全国に、水神としての を祀った神社は多数あります。


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日本の蛇には陸に棲息する種がおよそ33種、海に棲息するいわゆる海蛇の類が9種いるといいます。

なかでもマムシ、青大将、縞蛇、山カガシ、ハブ、ジムグリといった蛇が一般によく知られている蛇です。

主に山野で見かけますが、こんなところにいるはずないと思うような住宅地などに出没する場合もあります。

どんな小さな蛇でも、たいていの人は蛇に対して「怖い」や「気持ち悪い」と感じることが多いでしょう。

その反面、「蛇は神様の使いだから殺してはいけない」といって霊的な動物とも考えています。

人間にとって蛇はかなり古い時代から気になる存在であったらしく、日本に限らず世界の国々の神話にはよく蛇が登場します。

人頭蛇身の女媧(じょか)が黄土をこねて人間を作ったという中国の人類起源神話や、エデンの園でアダムとイヴに“禁断の木の実”を言葉巧みに食べさせる「旧約聖書」の蛇など、例をあげればきりがないほどです。

大地を這い、脱皮を繰り返して成長し、寒い時期は冬眠して春に地中から出てくるという蛇の生態は、地上の豊穣と地下の死の国を司る地母神的な信仰や、不老不死、死と再生といったさまざまな観念に結びつき、また水辺に多く棲息することから、水を司る神としても信仰されました。



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虎の伝承に関して興味深い事として、京都の鞍馬寺や東京の神楽坂にある善国寺には狛犬のかわりに虎像がおいてあります。

これは、毘沙門天の使いが虎とされているためです。

鞍馬寺においては創建のエピソードがあります。

昔、唐招提寺の鑑真和上の高弟・鑑禎上人が、宝亀元年(770年)正月4日寅の夜、夢のお告げにより、鞍馬山へ登山したところ、鬼女に襲われましたが、毘沙門天に助けてもらいました。

これを仏法を守護する毘沙門天が鞍馬山に降臨したとして、上人はそこに草庵を結んだということです。

この毘沙門天が出現したのが寅の月、寅の日、寅の刻だったことから、毘沙門天のお使いは寅だということになったのだそうです。

同じように毘沙門天を祀る奈良県の信貴山朝護孫子寺では聖徳太子が毘沙門天の出現を得て創建したと伝えられ、ここでも毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の時に出現したので、寅が毘沙門天の使いとなったと伝えています。

虎は日本に生息しない動物ではありますが、干支として月日や時刻を数えるのに使われ、人々の間に浸透していたことが、さらに虎への信仰を深め、毘沙門天とされるまでになり、日本人の暮らしの中で生き続けることになったのかもしれませんね。


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虎に関する昔の記録として、紫式部の「紫式部日記」に、寛弘5年(1008年)9月、敦成親王の誕生の際に御湯殿に参るところで、虎の頭についての記述があります。

これは紙で作った虎の頭を湯に映し、その湯を浴びることで邪気や災難を避けるという俗信を伝えたものといわれており、もともとこれは中国で行われていたことでした。

中国の書物には、虎の頭蓋骨および頭骨を浸けた湯を子どもが浴びると、悪鬼を除け病気を除去するなどと書かれています。

日本には虎はいないので、作り物を虎としていたところに、その当時の信仰の深さがうかがえますね。

また、実際に見たことがない動物であるが故に、一層神秘的な霊獣としての想像が膨らみ、人々の信仰をかきたてたのかもしれませんね。

また、日本の郷土玩具の張り子の虎も、今では弱いくせに虚勢を張る人間や、ただうなずくだけで主体性のない人物を例える言葉として使われますが、玩具としての張り子の虎は病気を払ういわばお守りとしての意味がありました。

その他、虎は一日の間に千里を行って帰ってくるという諺から、戦時中は千人針を虎の形に縫って、無事に帰還することを願ったそうです。

このように、見たこともない虎という動物に対するいろいろな伝承は、強いものに対する憧れや、強いものに守ってもらいたいという昔の人々の願いがあったのでしょう。


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十二支にあてられた動物の中には、日本に、もともといない動物もいくつか含まれており、その一つが虎です。

しかし、正確にいえば二万年以上の昔には存在していました。

静岡県浜北市や引佐郡三ヶ日町の洪積世後期の地層から、人骨や象の骨とともに虎の骨が発掘されています。

しかし、それはまだ日本と大陸との境がなかった時代のことなので、日本の虎とすることはできないでしょう。

日本に虎はいないものの、虎の話は中国や朝鮮半島からもたらされていました。

その話に基づいて日本独自の信仰となったようです。魔除けとしての意味が大きかったようです。

平安京は、中国の陰陽五行説に基づき、四神相応の思想を考慮して設計された都だといわれています。

この四神相応とは、北の山が玄武、南の池や湖が朱雀、東の大河が青龍、西の大きい道が白虎というように、四方に聖獣を配した土地の都は栄えるという思想です。

この中で西の守護をするのが白虎でした。

中国の書物には、虎は山獣の君主で、形は猫に似ており、大きさは牛ぐらい、吼える声は雷のようで、その声に従って風が起こり、百獣は震い恐れ、虎が五百年を経ると白虎になる、と記されています。

中国では、虎は人を襲う恐ろしい獣であるとともに、魔さえも恐れる霊獣であると、古くから思われていたようです。

そして、正月を迎える時には門に虎を描いて百鬼を払うということも行われていたようです。

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