まじめな話です
長くなります
ボランティア
法人
個人
色んな形で動物達の
保護活動をされている方々が
たくさん居られます
私のように寄付するくらい
しかできない
人も大勢、大勢
居られるはずです
SNSやブログなど
インターネットでは
募金や物資の援助
散歩やお世話などの援助を
求める投稿が溢れています
その中から
どこへ援助するのか
取捨選択をしなければ
私の生活が成り立たなくなります
今のところ会社を解雇される事は
多分ない
給料も今のまま行くと思う
多分
そこから考えた
寄付に回す年間の予算
既にオーバー
豪雨災害の支援金も
託した
あって欲しくないけど
災害はまた起こるかもしれない
収入が増える予定はない
どーする?
インターネットで
悲痛な叫びを
目にする機会を減らすか?
目にしなければ
胸は痛まない
見ないように生きる事は出来る
でも、知ってしまってる
知らなかった事にはもうできない
(前川喜平さんのと同じ心境
烏滸がましいけど)
毎日
SNSやブログで
資金が底をついた
医療費が〇〇万円/月
被災地はまだ水が出ない
保護犬達のお世話するボランティア求む
などなど
求めに応じて送金したり
物資を直ぐに送る事が
できない
心苦しい
私は誰に対して申し訳ないと
思っているのか
保護活動してる人?
災害救援してる人?
殺処分された動物達?
虐待された動物達?
保護された動物達?
被災者?
全部にですね
でも、これ
私が申し訳ないと思う必要は
無いと思うんです
国が命を大切にという
基本原則さえ守ろうとすれば
全ては解決するんだと思うんです
動愛法に基づき
むやみに殺さない
解釈ってどっち側から見るかによって
変わります
被災者への対応もそうです
基本的人権で保障された
衣食住
被災したからといって
蔑ろにするのは
おかしいです
国がどっちを見てるか
今までの状況から
よーく分かると思います
戦闘機買ったり
差別主義の議員報酬に当てたり
なんの罪もない動物達を殺しす事に
私たちの税金使ってます
愛護活動されてる人に
おんぶに抱っこ
被災地へ物資を送るのも
市民の善意
片付け手伝うのもボランティア
もちろん行政も政府も
動いている所もあります
各地で格差があります
それが問題なんだと思います
ふるさと納税活用
それも良いと思いますが
どこに生まれても
人も同じ扱いされたいですよね
動物も同じだと思います
日本国中どこで生まれても
野良の子で生まれても
生きたいですよ
市長や知事の資質によって
生きれたり
殺されたり
結論!
国が法律守るのは当然
動物愛護法は殺す事を前提に
書かれてはいない
戦闘機買ったり
アメリカの基地作るのに
税金使う前に
自国の民、動物の命を守る!
そうすれば
国の代わりに命を守る為に
身を削りながら
活動している人達の
悲痛な叫びは
なくなります
そして私も何もできない事への
罪悪感を感じなくて済みます
動物の事が出来るなら
人間の子ども達への
格差による機会不均等を
解消できるでしょう
人が先やという声もあるでしょうが
人も動物も
多分
当分は今のままだと思います