『憑き物が落ちた』
確かにそうかもしれない。
仕事をというか全ての物が初めて見るみたい。
ボクは斜に構えて穿った見方をしてた。
『どうせたきざわに可愛がられてここまで来たんだろ』
『実力も何もないくせにドラマかよ』
『たきざわだけじゃなく監督と、さ。枕営業なんて汚えよな』
周りの人がみんなそう言ってるんだと思ってたんだ。本当にそう言っていた人はいたかもしれない。けど、みんながみんなじゃない。
現に、
「あのさ、話があるんだけど」
この男はそんな目をしてないじゃん。
「何?」
「こないだのこと。オレのことつまんねぇ奴って」
「俺、間違ったこと言ってねぇよ」
そう言うとボクから距離をとる。でも、ちゃんと話をしたいんだ。
この男…小栗にとってつまんない奴ってのがどういう奴のことを言ってるのか。
それはつまりボク自身のことだ。
「話がしたいって言っただろ!逃げんなよ!」
つい口調が荒くなり、しまったと思ったときには学ランの胸元を捻りあげられていた。
「てめえ何様のつもりだ。ジャニーズさんがそんなに偉いのか。お前なんかよりもっと真剣に芝居に取り組んでいい演技をする奴がほんの端役ですらもらうのに苦労してんのに、バックボーンだけで主役もらってさ。そういうの虫酸が走んだよ。
やるなら真剣に取り組め!」
何も言えなかった。
スタッフが二人を引き剥がして。でも、他の演者の人達の目も監督の目も【その通りだ】と言ってる。
ボクは…、
「騒ぎの原因を作ったのはオレです。すみませんでした…小栗も…ごめん」
そう言ってロケ車の中に戻るしかできない。
カタカタと震える手。
『やるなら真剣に取り組め』
ボクは恥ずかしい。
中途半端なボクのせいで泣いてる人がいる。
一から出直そう。認められるまで時間がかかる。ううん、認められることなんてないのかもしれない。
それでも…。
「松本さん、今日の撮影は中止になりました」
マネージャーが入口から声をかける。
「え?でも」
「小栗さんがキレて物に当たったあげく足首を捻挫したみたいです。当分乱闘シーンは無理なのでこの廃工場で撮れるシーンは無いそうです。
車を回してきます」
もう、マネージャーの声は聞こえなかった。小栗が怪我をしたのは明らかにボクのせいだ。
「小栗!」
ボクはロケ車を飛び出した。