りかこ~出会い~
以下転載。
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[件名]
井川です。勇気のいる告白ですが…。
[本文]
このメールアドレスが明日には使えなくなってしまうみたいなんです。
私、メールをしながら錯覚してしまったのかもしれませんが、以前はメールだけの関係と言ってましたが。
正直な意見として会ってみたい。そう思ってしまいました。
勇気がないので…直接伝える勇気の出ない言葉と私の写真を住んでる地域情報サイトに載せました。
サイトの「お相手検索」から「恋人募集」にして、私の血液型「O型」を入れたら検索できるはずです。
名前はそのまま「井川りかこ」で待っています。
http://www2.dear-angel.net/user.app?cmd=entrymail&asp=yj
このURLから見る事が出来ます。
インフォシークとかと同じで無料のサイトだったので確認してみてください。
もし、そういう出会いを求めてくれるのであれば私の携帯の番号を教えます。
私のフリーアドレスでも平気だったので簡単に使えました。
それでは、待っていますね。
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井川 りかこ
rikako_ikawa_tm@hotmail.co.jp
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久しぶりのりかこ。
『このメールアドレスが明日には使えなくなってしまうみたいなんです。』
ホットメールの規約に違反してしまったのでしょうか。でも、アカウントを消す時には通知してくれないと思うんだけど。そうする権限が向こうにはあるし。
『私、メールをしながら錯覚してしまったのかもしれませんが、以前はメールだけの関係と言ってましたが。正直な意見として会ってみたい。そう思ってしまいました。』
この流れはおかしい。句点じゃなくて読点であるべきだと思います。「~言っていましたが、正直な~」であるべきだと。
『勇気がないので…直接伝える勇気の出ない言葉と私の写真を住んでる地域情報サイトに載せました。』
その方がよっぽど勇気があると思うのですが。世界中に顔を晒しておいて、『勇気が無い』と仰るあなた。どこを目指している人なのだろうか。
『インフォシークとかと同じで無料のサイトだったので確認してみてください。』
出会いのサイトと同じにしていいものなのか。
"入会は"無料みたいですが、利用の際に料金が発生するのかどうかは規約に明記されていませんでした。
『もし、そういう出会いを求めてくれるのであれば私の携帯の番号を教えます。』
どういう出会いなのかよく分かりません。「メールから始まる"ドラマのような"恋の物語」?グーで打ってもいいですか?
『私のフリーアドレスでも平気だったので簡単に使えました。』
このホットメールのアドレスの事じゃないみたい。だって、明日には使えなくなるんですもの。
「出会い系サイト」が星の数ほど出来た為に、人と知り合う機会は増えているだろうけれど、ヘタに機会が増えた所為で、中身を掘り下げていくのが少し難しくなっているんじゃないかなーと思う。「どう発展させていくか」ってのは顔の見える、ネットの外の世界でも、なんだけど。
「出会い系サイト」というモノを非難せず、かと言って丸っきり肯定する訳でもない。というか、あんまり「出会い」というモノに興味が湧かないのな。人と人との。"無い"訳では無いのだけれど。
情報は変わりなくそこにあるのだけれど、人ってのは一刻毎に変わるもので、情報から何かを多角度的・多面的に捉えるのも結構大変だから、流れてる人間から何かを掴もうとするのはもっと大変なんだろう。だから面白いんだけど。でもやっぱり、だからしんどいんだろ。
逆に、流れているからこそ見えてくるモノもあるのだろうけれど。
どっこいどっこいと言うか、間くらいが丁度いいと思います。
りかこはコレで終わり。多分。
りかこかわいかったよりかこ。
クジンシー
アガレス大公!アガレス大公!
という事なんですが、オカルト系のまとめサイトを見ていて寝ていないのが日曜から月曜。寝ないままで授業に行ったけど思ったより意識がはっきり、いや、いつもよりはっきりしていたような気がするのが月曜。でもやっぱり眠たくて、午後3時ごろに帰宅し目覚ましを午後7時にセットしたのが月曜。起きてみたら11時半だったのが月曜。月曜終わり。
ELLEGARDENの「Snake Fighting」の入りがSEX MACHINEGUNSの「S.H.R」となんとなく似ている気がしたのは僕だけでは無い筈。だからどうこうと、文句を付けたりとかそういう事では無いです。なんか懐かしかっただけで。
本日は寝てない&寝すぎの所為か、先週の穏やかさを失っているように思う。かと言って何かに焦っていたりするわけでは無い。あれかな?癇癪?確かに持病みたいなものだからな。胸が苦しくなるモノではなく、星一徹みたいになる方。
「アガレス大公!」の入りを使いたくて仕方が無かったのです。「アガレス」は魔王か悪魔か魔物か何か。ソロモンの48(?)柱がどうとかの話に出てくのだと記憶しているけれど、確かな事は言えません。ファンタジー系のゲームをやった事のある人なら耳にした事はある名前だと思います。神話とか聖書とかの取っ掛かりとして、ゲームってのはちょこっと役に立つと思う。ゲーム内では色々な神話やらなんやらが混ざってるので、本当に「取っ掛かり」にしかならないけれど。なんて言っておいて、そんなに神話に親しい人間ではないのだけれど。誰向けの話ですかこれは。
「ゲームなんて子供のするものだ」と宣う方がいらっしゃいますけれども、斯様な考えは些か愚かしいものではないかと思います。変な日本語の使い方をしました。平仮名で書いたほうがよかったかしら。
『「げーむなんてこどものするものだ」とのたまうかたがいらっしゃいますけれども、かようなかんがえはいささかおろかしいものではないかとおもいます』
でした。古い言い回しに徹せていない所が僕なんです。
で、上記のような意見を持つ人は、ゲームをやっていない。若しくは、やっていたとしても、ゲームをゲームとしてしか捉える事が出来ていない。それじゃあ「子供の遊び」でしかないわ。
何に対しても、「その上」を探してみない事にはどうにもならないもの。「上」っていう書き方も語弊があるかも。「こじつけ」のレベルまで発展させてみないと、「一体ソレは何なのか」を掴む事は不可能だと思うけどな。「木を見て森を見ず」ではないけれど、森を見たとしても、その外にある「世界」の事も考えてみないと。とは言ったものの、ここで「木を見て~」を出すのはこの諺に悪かったな。限られた範囲内の外側の話をしてしまったから。
全ての事柄を無理やりにでも世界とこじつけて生きていますけども、間違っていると思った事は無い。
「考え方」を書くようになってしまったのは、どうなんだろうか。書くまでも無く当たり前の事だとは思うんだけど、今まで生きてきた中での思考の整理をしているのかな。土台作りなのかな。
終わり。
開口
TARUさん今何してるのかと思ったら、ブードゥー・マーダーズってユニットでご活躍のようで。近藤修司と“brother”YASSHIと共に。TARUさんは登龍門を退職されたんですが、後述の2人は2005年になってみたら解雇されてました。12月の月末付けだったっけ。悪役レスラーなんだけど、登龍門では持て余していたな。悪く言えば「やりすぎ」なんだけど。YASSHIがどうなるかわからないけれど、近藤修司は体型がよく見えたので全日で揉まれて上へ上へ行って欲しいな。と思ったけれど、登龍門の中ではデカイけども全日の選手の中ではどれくらいなんだろう。YASSHIは、口が悪い。それがすごくよい。「よい」って書くとなんだか殿上人のような高貴感を感じるのは僕だけか。大鷲はどうしたんだ?彼こそヘビーの中でやったらいいのに。でもイマイチ自己主張出来ていなかったように思う。ヘビー云々言った後に気付いたんだけど、6月14日の相手が「NOSAWA論外、カズ・ハヤシ、TAKAみちのく」って、ジュニアやんか。TAKAみちのくも長いことやってますね。ジャスト・フェイス・ロック。DJニラはまだオフネにやられているんだろうか。
えーと、よくわかんないプロレスの話でした。
「ニーメラー」は、マルチン・ニーメラーだ。第二次大戦中(多分)の、ドイツかポーランドの牧師さん。多分ポーランド。『立ち上がるのが遅すぎた』って歎いた人。
なんだか訪問者が増えていますけども、この理由は十中八九、5月の検索ワードを載せたせいです。うん。検索ってのはどういう基準で上のほうに表示されるんだ?よくわかんないけど、求めている情報を得られない、しかも重たい僕のブログへ迷い込んでしまった方々には本当に申し訳無いと思う。でも、6月分の検索ワードも載せる気満々です。やりたいように。迷惑だろうけど。
UA(User Agent:アクセス解析でブラウザの名前やバージョンが出るところ)を偽装してココを宣伝してみているのですが、一体どれ位の人がそんなチンケなものに気付き、且つココを訪れているのか。大体、UA弄くってからネットサーフィンをしていない気がする。「ネットサーフィン」なんてこれまた古い言葉を、と思ったけれど、なんと言えばいいものか浮かばなかった。「偽装」ってのは大袈裟な物言いだけれど、「UA偽装」という語句が一般に普及しているみたいなので使った。一般というか、ネットで。ネット一般。佐世保の通販会社。
珍しく更新しなかったのは、下2つの「方向」って記事を書いてから色々考えたりしたりなんやらかんやらだったので。言えてない。
何を書いても、「下らない」と書き終わった後しばらくしていつも思っていたんですが、いつもの冷笑的な「下らない」を通り越し、ぐーっと外から眺めた時の「下らない」を感じ、じゃあこれからどうしたらいいんだろうと考え、考える毎に分からなくなっていって、それならいっそ何にも考えないで今まで通りやっていこう、という結論に至った。結局何が変わったのか文面じゃ全く分からないんだろうけれど、何か変わったのです。多分。厳密には「今まで通り」の「何も考えない」とは違った「何も考えない」なんだけど、これは僕にしかわからんわな。
正直あれよ、TARUさんの話しが無かったら、今日も更新しないつもりだった。
当たり前なんだろうけれど、何に対しても、深く考えれば考えるほど、口にしたり書いたりする事が難しくなる。『今まで深く考えてなかったのか』という問いには「そんなことはない」と返しますけれど、どこが深くてどこが浅いのかよくわからん部分も確かにあるな。その時に思った事をどれだけ如実に表せているのかの自信も無いし。言葉の難しさってのをこれまでよりも感じた。かと言って、この記事で向上しているとも思わない。
なんだか、今まで見てきたモノの外にあるもっと大きなものが見えてきた気がする。だけど、まだハッキリとは見えないな。今はまだ、意識していないとソレが消えていってしまいそうな状態。徐々にソレを掴む事ができますように。
僕は妄想家ですよ。宗教家や思想家とは違いますよ。でも似たり寄ったりじゃない?って言うと怒られるか。老荘。
終わり。
頼まれてもいないのに勝手に
荷物が届いた。何故かコアラのマーチが入っていた。好きだから構わないのだけれど。
内訳は、コアラのマーチが沢山、ハンドタオルが4枚、ハンカチ3枚、クレジットカードが2枚、小説が10冊、そしてザマギのアルバム。あ、あとあれ。荷物用のプチプチ。正式名称は知らない。頭3つとプチプチは頼んだわけでは無いけれど。
ザマギのアルバム、「all bonus tracks」がようやく手元に来た。最初から僕宛で頼んだらよかったのかもしれないけれど、これだけを頼んで送料を払うのもなんだか嫌だったので、「本と一緒に」という流れになっていたのだ。いやしかし、ようやく来たよ。
昨冬に帰国してザマギを知った時には無かった気がするんだけど、どうも公式サイトが出来ているようだ。スペシャ列伝に参加したりしているみたいなので、そこそこの知名度はあると思いますが、なんてことを言う権利は無いな僕には。
兎に角あれさ、「こんな人らいますよー」みたいな。みたいな。と言っておいて公式のURLを載せるわけでもない僕は何なんだろうな。
「ようやく来たよやっほー」みたいな日記かな。
本はあれだね。平積みにしてみると、それだけで何かうっとりする。ハードカバーの方がもっとうっとり可能なんだろうけれど、読むことを考えると文庫の方が好ましいかな。
創元推理文庫・日本探偵小説全集の4巻と6巻が届いた。背表紙に載ってる絵を見て思い出したのだけれど、これはアレだ、小さい頃になんだか怖くて仕方が無かった本だ。フランス人形みたいな絵が描かれているのです。5巻が無いと繋がらないのだけれど。この本は祖父母の家にあったものだろうな。持ち主は叔母だろうけど。4巻が84年、6巻が87年。共に初版のよう。熟成された本のにおいがするよ。匂いとは書けないけれど、臭いと書くのもなんだか嫌。このシリーズは全て揃っているみたいなのでいつか全部読んでみよう。
本とかCDとか、縦向きにキチッと揃えるよりも、平積みにして何処かにまとめておく方が好き。取り出しにくいんだけど。堆積していくのが好きなのかな。地層が好きという訳ではないし、バベルの塔を建てている訳でも無いけれど。積み重ねることによって生まれる不安定な感じが好きなのかな。どうなんだろう。でも、あんまり重ねると本当に取り出せなくなるので、なんとか取り出せる範囲での平積みに納まっている。
古本屋が好き。古くなった本の匂いが結構好きなのかもしれない。古本屋に行って何か買うって訳じゃないからな。「なんだこれ」みたいな専門書が沢山あったりして楽しいよ。中身を読んでもさっぱりだったりするけれど。鶴舞のゲオのある通りには何件か古本屋があった筈。そのまままっすぐ行くと中警察があるかな。すごくローカルトークだし、僕のホームでは無いので、穴があるかもしれない。どこが僕のホームグラウンドなのかわからないんだけど。東京の神田や神保町は、歩いた事はあるけれど、本屋に入った事は無いんだ。一度ウロウロしてみたい。
中古のCDは嫌い。傷がどうこうじゃないけれど、何だか嫌だ。中古のCDには何故だか愛着が湧かない。モノに対して愛着を持っても、何にもならないんだけどな。他人や他動物に対してもそうだけれど。どれだけ探しても中古しか無い時には買うだろうけれど、まだそういった状況を経験していないから何とも言えないかも。じゃあ言うな、だな。あんまり"シングル"を買わないな、僕は。だって高いんだもの。シングル限定の曲やミックスがあっても、「でもコレで漱石が無くなるのか」と思ってしまう。今は野口英世か。アルバム3枚で1万円が無くなるなんて信じられないよ。もうちょっと安くならないモンですかね。1万円あったら結構食べれますね。今更気付いた。こんな事書いたからお腹減ってきた。困る。
スーパーバタードッグ好きなんだけど、CDを1枚も持っていないのよ。どういう事なんだろう。P2Pで落としたとかでもなく、全く持ってないの。マッケンローとかファンキー烏龍茶とかコミュニケーションブレイクダンスとか、メジャーな所しか知らないのはきっとその所為。あとはサヨナラCOLORSとか?あれは何だっけ。ラバーズ法?まだみなさんソロ活動中なんでしょうか。ソロだけどソロではないな。うん。
唐突だけど、誰か銀英伝のDVDセットを貸してください。誰も持ってないか。あれはどうなってるの?ヤンは富山敬さんなの?あと、小説のほうも読みたい。4年ぶりか。いやー、年を取っているのな。偶然見つけた「こんなユリアンは嫌だ」のスレッドが何故か一貫してオナニースレになっていたのが少し悲しくも面白かった。ユリアンはあんまりどうでもいい。「疾風ウォルフはベッドの中でも・・・」ってのはCDドラマのネタだっけ?
でもあれね。自分が楽しんでいたアニメの声の人が亡くなるのはなんだか悲しいね。塩沢兼人さんももういないし。大塚明夫か若本規夫が亡くなったらかなり凹むかもしれない。まだ存命なんだから、こういう事を言うのは不謹慎だったな。知らない人のために言っておくと、大塚さんはセガール、若本さんはアナゴさん。妥当な例だと思うけど、どうだろうか。大塚さんはERのベントン。ベントン、もういないか?若本さんは家族計画の・・・と言っても僕もよく知らん。ホントに。知らなくてもいいと思う。クレジットされてる名前も違うし。あ、あれ。若本規夫=ドラゴンボールのセル。
思い返してみると、銀英伝の声優陣って結構凄くないですか。男ばっかだけど。シェーンコップ、普通にカッコイイおっさんだよ。いや、うん、かっこいい。みんないいですけど。帝国貴族がちょっと負け犬根性丸出しというか、「ダメ貴族」でよかった。「よかった」ってのは何だか違うかな。
あー、僕、外伝を読んでいない気がするぞ。どうだったっけな。
兎に角だ、なんのこっちゃよく分からなくなっているけれど、銀英伝が好きなんだよ。登場人物の数がバカみたいに多いけれど。これは面白いですよ。うん。所謂「ライトノベル」なんでしょうが、おすすめ。確かに人物の数は多いけれど、それぞれがそれぞれの信念を貫いているように思う。もーあれよ、好き過ぎてどう表したらいいのかよくわかんないわ。読んでみてください。でもあんまり期待を持たせるのもよくないね。うん。アニメはそこいらのツタヤでレンタル可能みたいですよ。本先でも、アニメ先でもどっちでもいいと思う。どっちも面白い。やってる事は同じ。あれは本当に好きだわ。4年ぶりに熱がぶり返してきたかもしれない。屋良有作さんのナレーションもいい味を出しています。この人は、夕方のニュース番組で映像に声を付けている筈。どこの局だったかは失念。
すっかり忘れていましたけども、作者は田中芳樹、徳間書店から文庫が出ていると思います。立憲君主制がどうとか民主共和制がどうとか出てきます。でもそれよりも人間ドラマの部分が大きいかな。且つ、作中にもしばしば出てくる『後世の歴史家』的な視点からのシニカルな描写で書かれているかな。「シニカルな」ってのは「皮肉的なな」になっちゃうけど、日本語英語としては別にいいか。「スペースオペラ」です。OVAだと、戦場でボレロが流れたりします。
どこまで「主要人物」と言っていいのかわからないけど、みんながみんな、いい味を出していますよ。あ、そうだ、フルタイトルは「銀河英雄伝説」です。
止まんないから終わる。
終わり。
*追記*
銀河帝国は「立憲君主制」じゃなくて「専制君主制」だったみたいだ。今、銀英伝関連のサイトを見て判明。確かに憲法もった英国みたいな国ではなかったな。君主ありき、だったな。自由惑星同盟は一応、「民主共和制」です。名ばかりになってはいましたが。ネタバレはよくないよねー。ごめんなさい。
方向
「チェス・将棋から見えてくる戦争と社会の様相」と書くと何だか大事のようだけれど、それを書いてみようかなと思った。けれどグルグル回ってる感じなので延期。延期なのか中止なのか不明。だったら言うな、ですか。
「ゼロと無限大」について凄く考えていて、いい感じにまとまっていたのだけれど、どうやらそれは夢の中での事だったようで、今頑張ってみてもあまり思い出せない。何かつかめた気がするんだけどなー。夢オチは酷いよ。起きた時にショックを受けたもの。
個人主義としての無為自然は何となくわかるのだけれど、それを「全体」の中で如何に実践したらいいものなのだろうか。それを解決する為にも老子を読んでみたい。大上老君。荘子も合わせて読んだ方がよいのかしら。
「個人主義」って言うと安っぽくなるような感じがして何だかなぁ。あとうかい。
個のサンプリングを繰り返したら全が見えてくるのかもしれないけれど、その全はまた別の全の内容物であるから何時まで経ってもどうにもならないんじゃないのか。ってのは前にも書いたな。だから創生以来「真理」を探し続けているんだろ。
で、知恵の実を食べたにも関わらず、その力をフルに使えていない人間が生命の実を食べてみた所で、「神」にはなれないのではないか。と思うのだけれど。結局は神へと近づく力が上がると言うか、神様という絶対の存在へどんどん近づきはするのだけれどそれと同地に辿り着く事は不可能なのではないかという極限の話し?
でも、生命の実を食べてみた所で、人間の根本に「怠惰」があるのであれば今以上に真理に着くのが遅れるのではないかという懸念が生まれるわけだけども、どうなんでしょうか。
「真理が"ある"と思っているのか」と聞かれたら何とも答え難いのだけれど、それが無いとこの不安定で不可解な世界を生きていくのはしんどいので、宗教ってのは上手い事役にたっているなぁと思う。けどこれは問いに回答してない。ゼロと無限大の夢をもう一度見たい。
「サブカルチャーからカルチャーへの昇華」を書こうとしたけれど、「昇華」という言葉は僕の考えているものとしては不適当な気がする。それに、何の統計も確証も無い、いつも通りの妄想文になるだろうし。大体、サブカルの定義がよく出来ていないんだよ。
旺文社の国語辞典によりますと『文化:③人間が社会の成員としてつくり出していく、物質的・精神的成果のすべて。』なわけですが。ジーニアス英和辞典によると『subculture:福次[下位]文化』という事で、主流ではなくそれに付随する二次的なものなのだけれど。
僕の中では、一方が他方を完全に内包しているのではなく、重なる要素はあるけれども、それを除くと異なった集合体である、と思うのだけれどどうなのだろうか。となると、双方を内包する集合ってのは何だろう。社会ってやつ?
ここまで書いていて思うのは、どうやら僕は「全体」を掴もうと躍起になっている気がする。限られた範囲に線引きをしない、全体。そしたら「そんなあるのかどうかわかんないモノを探してどうすんだ」という事になるのだけれど。その全体の次元を上げていくことが人間の進歩で、進化であると思うからいいか。次元という単語を使いたくなかったのだけれど、他に思いつかなかった。水準ではないし。何かよくわからないものを「わからない」と言って見ないのは罪であると思うし。気付いてしまったのに気付かないフリをするのは悪い事だ、と思う。そうすると、「知らぬが仏」という諺のありがたさがよく分かる気がする。
人によってそのカタチは違うだろうけれど、みんな「全体」が何なのかを掴もうとしているように思う。面白いね。全体を掴む為に切り取った事象を分析するのはひょっとすると無駄になるのだけれど、何もせずにいるよりは有意義だと思うけれどどうなのだろうか。
1000年後の人間の思考を覗き見たいと思ったのでやっぱり生命の実を食べたいけれど、食べちゃったら何にも変わってないような気がするので輪廻転生がいい。記憶や思考を踏まえての。でもそうしたら転生した僕は今の僕ではなく別個の"ヒト"であるなぁ、と思ったら不意に攻殻機動隊を思い出した。漫画と映画の。それが"人"であるかはわからないけどね。
ひょっとしたら今アメーバブログは工事中なのかな。だとしたら久しぶりに避難所が使えるな。
と思っていたのだけれど、どうやら延期したらしい。なんだいなんだい。
とりあえず、自分の意思下というか、納得できる範囲というか、意識の及ぶ形而上内での「全体」を数年内にどうにか纏め上げたいと思う。けれどそれもどんどん広がっていくんだろうな。願わくばその広がり方が対数時間的でも線形時間的でも無く、n^n時間的になりますように。「対数時間」という書き方は正しいですかね?「logarithmic」の訳し方は合ってるのかな。兎に角、nが大きなn^nを目指していきたい。
と書いたところでふと思ったのだけれど、これも全体を掴む活動の中の一環であるように考えられる。意識下でも物事は繋がっている、という一つの例なのかな。
「意識の及ぶ形而上内」ってのは既に"形而上"では無いと思うけれど、なんとなくで掴み取る事の出来る表現ではないか、と思ったので書いた。
こう、何て言うか、超感覚的というか、そういうものを言い表す事は可能なのであろうか。それこそ「セブンセンシズ」だよ。こんな所で聖闘士星矢が役に立つとは思ってなかった。
何をしようとしとるのだろうか。解脱?こうして考えている事がすでに煩悩によるモノであると捉えることも出来るから、無理かもしれないな。かと言ってみても、これが煩悩であるのかどうなのかよくわからない自分もここにいるんだよ。でもやっぱり解脱とか涅槃に至るってのは「究極」なのかな。仏教的な考えってのは、0に近づく事によって無限大へ辿り着くって事?とすると、僕がしようとしているのは逆なんだけれど、方向が違うだけで最終的な目的はそう違ったものでは無いと思う。
なんだか「イッチャッテルヒト」と見られる気がしなくもないけれど、こういう事なんじゃないの?と思う。
感覚で生きていて、感覚でものを言う人間だからな。もし掴めたとしても、全体を体系化することは僕には出来ないだろう。いやだから掴んだらまたその上が出てくるから線引き無しで掴む事は不可能なんじゃないかと書いたじゃないか。
それはそれとして、全体から得たモノを還元するのがヒトの責務であるのならば、僕にはそれを遂行する力は無いね。
ここまで僕以外にとっての妄言を書いてきたけれど、まとめちゃうと「森羅万象の探究」といったところでしょうか。この字面だと大袈裟かもしれないけれど、間違っちゃいないとも思う。折角、本能以外で使える脳みそを持っているんだから、それをしてみないのは損と言うか、勿体無いと思うよ。何か偉そうな物言いですが。
本当に読み手の感覚に頼る部分が多いですが。感覚上の感覚、かな。何と言えばよいものかよくわからないけれど、一つ確かなのは、僕は大マジだ、ということ。具体的にどうするのかと聞かれても答えられないんだけど。どういう事なのかね。それこそ感覚上の感覚で動いているわ。王道は無いだろうから、とりあえず足掻いてみるよ。
一々書く必要も無かったのかもしれないけれど。
終わり。