(ねむ・ω・ろぐ) -5ページ目

2月ですな!

2月ですね。月日の流れが本当に早い。
もうあけおめから1ヶ月経ったんですね…。どうもねむたし@です。


新年迎えて早々に顎関節症・インフルエンザA型という災難続きで




「今年は厄年かッ!!!!」




と思いましたが、そんなこともなく後は普段通り作業・卒論に追われる毎日でございました。



そうなんです。



卒論に追われているんです…。



2月16日が卒論発表会なんですが、まだ計算もまとめも終わってないんです…。



ようやく終わりが見えてきたって感じでしょうか。




そういえば1月の目標があったんです。

・所有しているC言語の教科書をひと通りやる
・卒業研究の目処を立て1月中にスライド・論文打ち込む

この2つが目標だったのですが、両方未達成なのです…。



とりあえず2月の目標としては

・卒論発表会の日までに論文の打ち込みを終わらせる
・所有しているC言語の教科書をひと通りやる
・在宅でやってる仕事の継続案件を取り、業務開始する


この3つです。
達成できるかわからないですが、とりあえず8割達成を合格ラインに設定してやってみます…。




Twitterでも最近心配される事が多いのですが。
とりあえず卒論が終わったら目標があるとしても2、3日は休みを取ろうと思ってます。
ご心配お掛けして申し訳ない!!(`・ω・´)ゞ



日常的に考えることが多すぎて本当に心身ともに参っているっていうのが現状ですが(汗)




とりあえず卒論発表まではその他の作業をストップして、卒論に徹することにします!




今年も残り11ヶ月。目標を設定して着実に達成していきたいですね!







当たり前(常識)に関する記事の続きはまた後日。

当たり前の安心感と恐怖(1)

ねむたし@ですの。こんな語尾のアニメのキャラが居ましたね!ちっすちっす。



さて今回は真面目系記事でございまする。長文になるかもしれませんが、お付き合い宜しくお願い致します。



今回のテーマは”当たり前(常識)の安心感と恐怖(危険性)”についてです。




まずは当たり前(常識/個人の持つ価値観)について定義しておきます。


常識とは…

一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力。(抜粋:goo辞書)


となっております。つまりこれは世間体的に認められている価値観というものなのでしょうか?


ここでの記事では常識を各個人が持ち合わせる価値観と定義しておきます。


ややこしくて申し訳ありませんが、これも私の常識であり価値観に基づいて定義しております。ねむたしワールド(?)にお付き合いくださいwww



わかりやすく説明するために、一つ例を出しましょう。

例えば、街中でこういう場面に遭遇したことはありませんか?


交通量が多い、例えば国道の歩道を歩いていたら、前や後ろから自転車がベルを鳴らしながら物凄い勢いで駆け抜けていった。自分は危ないなぁ…と思った。


自転車のスピードや交通量の違い、都会・田舎の違いはあれど、こういう場面に遭遇した人は少なからずいらっしゃるのではないでしょうか?



例えば、歩道を自転車で走ってる人の言い分としては


「車道を自転車で走るだなんてありえない!!すぐ真横をトラックや車が物凄い通ってるじゃないか!!危ないだろう!!」


恐らくこんなもんだと思います。


とある、ホームページにはこのような情報がございます。

歩道が設けられている道路においては、基本的に車道を通行しなければならないが、法で定められた条件を満たしている場合に限り、歩道を通行することもできる。

(http://law.jablaw.org/sw_swtcより抜粋)


市区町村の条例によって自転車が通行してもよい歩道が定められているようです。しかし基本的には車道を通行しなければいけないとされています。


どの道が条例で定められている道かわからないなら、自転車で車道を走るほうが無難といえるでしょう。


我々、私や私のフォロワーさん、リスナーさんの中には私の同年代の方たちが殆どだと思いますので、仮に歩道で自転車と接触したとしても重症を負う可能性は低いと思いますが、これが高齢者の方、妊婦さん小さい子どもだったらどうでしょうか?大変危険ですよね?


にも関わらず、自転車で歩道を走っている人たちの言い分としては以上の場合が殆どだと思います。なんとも自分勝手に思えます。


話が大きく逸れてしまいましたが私が言いたのは交通ルールに関する話ではありません。あくまで常識の話です。交通ルールというルールの下で判断するなら(私がそうなのですが)、歩道を自転車で通行するだなんてもっての外だ!と言えますが。


主な移動手段が自転車である人としての常識は、車道を走るだなんてもってのほか!危ないじゃないか!というのが彼らの常識のようです。


これはあくまで私の推測であり、必ずしもこの場合に限った話でも無いと思いますが…。



社会的な常識・マナー・ルールとしては前者が正しい常識かもしれませんが、各個人によってはこのような非社会的な常識を掲げている人がいるのもこれまた事実。


ブログタイトルにある当たり前の恐怖とはこのことです。ここで対人事故などを起こしてしまうと罰せられてしまいますよね。高齢者の方に後遺症などを残してしまうと賠償責任問題にも繋がりかねません。ですが、彼らには彼らの常識があります。私としてはありえないことですが、これも事実です。受け入れるほかない。我が常識が我が身を滅ぼす可能性があるということです。恐怖ですね。



順番が前後してしまいますが、当たり前・常識の安心感については次回の記事で述べようと思います。

長文になってしまいましたので、今日はこれくらいで。





てか祝い事の時のクラッカー(?)というものを初めて購入して使ったのですが、あれってスゴイ大きな音するんですねwwwww初めてだったのでビックリしましたwwwwww



ねむたし@

移動手段

ブログって僕は大体10年程前からあれやこれやとやってた記憶があるんだけど…。
Twitterが普及して本当に触る機会が無くなったよね\(^o^)/


でもこうやって日常生活からブログネタを作って実際に記事を執筆するのって
なんか10年前はやってたんだよなーって思うと何か哀愁漂っちゃうよね!



というわけでどうもねむたし@です。加齢臭が漂うのはまだ数十年後だと信じたいですね。



というわけで最近移動手段に困っている訳でありますよ。



都会なら電車が普及してますが、私の周りだと駅に向かうまでに一苦労。
時間を掛けるかお金を掛けるかっていう問題ががが。


大学入学当初は折りたたみの自転車を利用しており重宝しておりましたが、長年利用しているとチューブがいよいよお釈迦になってしまい、近くのホームセンター・自転車屋にもチューブの在庫がなく購入するなら取り寄せらしい。チューブさえ手に入れば自分で修理出来るのにッ!っていうことでその自転車は駐輪場に放置なうです\(^o^)/

そして実家から戦闘車両(ロードバイク)を持ってきましたが、これは荷物が積めないということで、結局駐輪場に放置。値段にすると数十万する高価なバイクにも関わらず、駐輪場で雨ざらし状態\(^o^)/宝の持ち腐れとは本当にこの事ですね。腐食してしまいますよ…((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


そして昨年10月には自転車を漕ぐのすらダルくなり、バイク屋さんで中古の原付を購入。これが80年代の原付きらしく、購入当初から色々と不具合があり、ローン返済終わるまでに何度バイク屋さんのお世話になったことか\(^o^)/


まぁその故障の修理にも、勿論部品が必要な訳で、古いバイクだから故に部品の在庫が無い→代替の部品も無い→修理不可→廃車 ってな感じで廃車になっちゃいまして。



現在、移動手段としては”徒歩”安定で御座います。健康だねやったね!




とりあえず私カフェで働いているのですが、そのカフェが少し小高い丘の上に有りまして、一週間に数回丘上りというか山登りをしているわけでございます。脚に筋肉つけばいいなーとか想いを馳せながら毎回登ってますよ\(^o^)/



いやー、田舎は移動手段に車が必須ですからね(汗)
今、金銭面的に生活が非常に危うい緊迫した状態ですので、不可能ですが、

お世話になっているバイク屋さんのご好意で安く中古のバイクを売ってくれるらしいので、
生活が安定してきたら購入も検討してみましょうかね\(^o^)/




しかし、まぁ中古のバイクは修理必須というイメージになってしまいまして、これもまたバイク屋さんの策略なのでは?と疑心暗鬼になってしまってるのもまた事実!



孔明の罠かッ!


ってならないと良いですね。




結論:田舎不便( ・´ー・`)





もっとこう面白いネタ探さないとっとっと。もっと文章スキル上げたい2015年。




ねむたし@