ж 51 ж 腐ってる鯛 



 昔々のその昔。私が住んでいた近所には野良猫が結構いました。中には愛想のいいのもいましたが、ほとんどは人を見ると逃げて行くのばかり。
 なぜかって?
 はい。それは私達子供が追いかけまわしたからです。
 当時住んでいたのはペット不可の市営団地。身近に犬猫はいなくて、だからかみんな猫に触ってみたかったのですね。(野良犬はいませんでした。いても怖くて触ってみようという気にはならなかったでしょう)
 ある日。数いる野良猫の中でも別格の体格をしたボス(そう呼んでいただけで野良猫たちが徒党を組んでいた訳ではありません)を発見して追いかけまわし、丁字路側溝の中に追い込みました。側溝は交わる狭い道路の部分だけに蓋があって、ボスはその中間で両側を子供たちに塞がれ窮地。
 やがて誰かが頑丈そうな魚取りの網を持ってきたのでそれを片側の出口に押し当て、かわるがわる覗き込みながら反対側からは棒で追いたて始めたのです。
 すると彼が徐々に網に近づいてきたのでそれを支える子がぐっと身がまえた直後すごい勢いで突進してきてズボッという音とともにボスは網の底を突き破ると逃げ去って行きました。
 ちょっとの間、一同ポカン。すぐ大笑い。めでたしめでたし。?
 それにしても、野良猫たちは何を食べてそんな体格と体力を保持していたのでしょうか。当時は餌をあげている人なんていませんでしたし、獲物としては子猫ほどのドブ鼠がいるにはいましたけどねー。
 はい。答えは生ごみです。
 この一件よりまた更にちょい昔。この団地でのごみ処理システムは、階段毎にダストシュートがあって、そこに集まったゴミはすぐ前に置かれたコンクリート製のごみ箱の中に入れられて(誰が入れていたんだろう)収集される、というものでした。
 やがて、この方法は廃止となり、建物毎に一か所の大型ポリバケツが数個置かれた集積所が作られダストシュートも使用禁止となったのですが、容量が足りなかったのか、毎日収集にもかかわらず、ゴミがバケツ外にも置かれているのが常でした。
当時住んでいた川崎市ではごみ収集は毎朝で、集積所が定められていないところでは通りの電柱の所へ置いておけば持って行ってくれるという感じでした。ちなみにゴミ収集パッカー車を最初に使ったのは川崎市らしいです。あの動きが面白くってよく見てたなー。
 そのバケツ外に置かれたゴミの中には生ごみの水分で袋が破けてしまっている物もありました。今で言うレジ袋はみんな紙製でしたからね。
 野良猫の数が増え、肥え太ったのはその頃からだったのではないでしょうか。
 今でこそ生ごみあさりと言えばカラスですが、昔は猫だったのです。
 ある朝、ボスがご馳走を食べていました。袋からこぼれ出たのか、自分で裂いたのかは解りませんが、目をつぶって美味しそうにモシャモシャと。
 私は足音を忍ばせてゆっくりゆっくり近づいて、ついにボスを触る事に成功しました。脇のあたりを両手で包みこむように。
 触ったボスは思っていたフカフカ柔らかではなくゴワゴワ引き締まりでした。
 が、その瞬間彼はボンと爆発してしまいました。
 と、私には感じられたのです。
 飛びあがったのか、ねじれたのか、とにかく一瞬で私の手にざっくり傷を残してボスは逃げて行きました。 
 さて、この生ごみ。いくら朝出されたものとは言え、生産されたのはほとんどが前日の物で、当然冷蔵庫に保管される事もなく、夏場ともなれば集積所は結構な臭いが漂っていました。人ならばこの近づくことすら躊躇される腐敗物をなぜ猫は平気で食べられるのでしょう。なぜお腹をこわさないのでしょう。
 物が腐敗するというのは、付着した細菌がそれを食べちゃうという事です。食べれば当然排せつ物が出ます。ですから腐ったものの臭いというのは早い話、細菌のウンチの臭いです。(食べ物だけでなく、足が臭くなるのも同じ理由ですね。足から出る汗に含まれる物質を好む細菌のウンチの臭い~)
 このウンチは生み出した細菌によって体に良い物だったり悪い物だったりします。良い物の場合はこれを腐敗とは言わずに発酵と言いますね。その代表は納豆でしょう。悪いものはウンチに毒素が含まれていて体調を崩します。いわゆる食中毒。
 悪い菌が取りついた物を食べて下痢をする、嘔吐するというのは菌が悪さをするからではなく、菌が作り出した毒素をいち早く体外に排出しようとするからです。なので食あたりの時にむやみに下痢止めを飲んでしまうと細菌の排出が遅れてその分毒素が増えてしまうという結果にもなります。
 そもそも、毒とは何であるかというと、それを摂取する事により細胞が壊されてしまったり、神経の指令伝達が阻害されてしまったりする物の事です。よって、生き物それぞれで細胞や神経系統、細菌や毒を破壊する能力に違いがあるため同じものでも毒として効く生き物と効かない生き物がいるのです。
 では猫はというと、基本的には検菌、耐菌能力が人よりもずっとすぐれているので生ごみを食べても平気。と言うより食べられる生ごみを食べている。つまり人にとっては生ゴミでも猫にとっては御馳走という事なのですね。
 そもそも、人は贅沢すぎるのでなんでもすぐに生ごみにしちゃいます。極端な場合は箸でつまみ損ねてテーブルに転がってしまった物も生ごみです。
 うちの場合はそこまで極端ではありませんが、それでも床まで落ちてしまうと「「まめてつ」おいで~」になります。いや、そうなる前に食卓の脇に待機していてポトンとやると即座に生ごみを処分してくれる、例のトイレみたいな状態です。この生ごみであれば当然お腹はこわしません。
 次の段階は食べ残し。焼き魚のアラとかですね。この時も猫たちは食卓脇に勢ぞろいしています。で、食べ終わったら新聞紙の上にあけて庭へ。この手の御馳走は部屋の中であげると絶対に皿や新聞紙の上ではなく部屋の隅などへ持って行って食べるので悲惨な事になってしまいますから。で、これも当然お腹はこわしません。
 問題は翌日。前日出した新聞紙の上に満腹になったのか飽きたのかで食べ残しの食べ残しがまだ残っている(くどい言い回しだなー)時があるのですがこれを食べる時と食べない場合があるのです。
 食べる時は食べるでよいのですが、食べない場合は興味を示さない場合と興味は示したけど結局食べない場合があって、その後者が問題です。
 興味を示してまずするのは臭いをかぐ事です。その場合もちょっと嗅いでプイッと、さんざん嗅いでプイッがあります。これは何をしているのかと言うと臭いで食べられるかどうかを判断しているという事ですね。彼らの鼻はとても良いですから、微妙な腐り加減、つまり細菌の繁殖具合を判断する事が出来るのですね。
 この能力をもってして体に害があるほど菌が繁殖してしまっている物を食べない、つまりむやみに生ごみを食べていた訳ではない、よって生ごみを食べてもお腹をこわさない、と言う事が出来るでしょう。
 しかし、食中毒にはもう1つのパターンがあります。
 それは、食べた時点では菌の数は少なかったのにそれがお腹の中で増殖して中毒になるというものです。
 代表的なものはО157でしょう。食べた時は微量でもお腹の中で増殖して食べてから4~5日後に発症します。さすがにこの種の臭わない細菌に対しては猫もかなわず中毒を起こすようですが、「一家全員感染」というニュースは時折ありますが、「一家全員とおこぼれをもらった猫も感染」というニュースは聞きませんね。もしかすると猫の消化液の酸度は非常に高いのでその殺菌力により通常は大丈夫だけど弱っている固体は発症するという事なのかもしれません。
 ノロウィルスは人には脅威でも猫にはなんちゃない物らしいですが 逆に人は平気なのに猫は食中毒を起こしてしまうものも多々あります。その代表はタマネギでしょう。
 人には血液サラサラでも猫ではサラサラを通り越して血を溶かしてしまいます。
 でも、普通猫はタマネギを食べませんよね。食べるどころかタマネギをむき始めたらたちどころに逃げて行きます。人でも涙を流す臭いですからね。敏感な猫にはなおさら嫌な臭いです。
 ではなぜその臭いが嫌なのでしょう。
 それは臭いが嫌なのではありません。それを発する物が嫌なのです。
 これは、体にとって危険なものから忌避するためや摂取しないために本能や遺伝子レベルで組み込まれた防御機能で、危険物が発する臭いが嫌な臭いとしてインプットされているからです。人が生ごみの臭いを嫌だと思うのもそうなのですね。「食べたらお腹をこわすぞ」という警報なのです。
 で、猫と人では菌の耐性や分析機能が違うので警報が発せられる場合も異なってきます。なので人が大雑把に「うっ、嫌なにおい」と思うものでも猫は「これは大丈夫、こっちはだめ」とより細かな分析をしているのでしょう。まぁ、いうなれば人は「明日は雨だんべから出かけんのやめっぺ」なのに対して猫は「明日の降水確率は30%、午後には70%になって土砂災害警戒情報も出そうだから午前中に出かけて昼過ぎは安全な所へ避難しておこう」ぐらいに差があるんですね。
 でもこれがあだになってしまうのが昨今の猫たち。
 猫にあげてはいけない食べ物というのを調べるとそれのほとんどが人が手を加えたもの、つまり自然界には存在しないもので猫の遺伝子情報にはそれらの危険性データが無いのです。だから熱を加えて臭いが飛んでしまったタマネギは食べてしまうのです。タマネギ野原にいたブタに落雷があって一帯が燃えその肉を食べるなんて事は自然界ではまず無いですから。
 だから我が家では猫たちに焼き肉のおこぼれは絶対にあげません。近づいてきても追い払います。いや、決してもったいないからじゃないですよ。彼らの野性を尊重しているからです。
 ウンウン。


 ずいぶん前に「こてつ」がどこから持ってきたのか大きく立派な魚を引きずって帰って来た事がありました。そしてそれを自分では食べずに私達の元へポトン。彼としては大盤振る舞いのプレゼントだったのでしょう。しかし臭いも少しするし見た目もちょっと行っちゃってる。なので、ありがとう、と言っておいて見つからないように処分しました。
 でも、もしかすると熟成が進んでいて食べたらとても美味しいものだったのかも知れません。   

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