<ж 42 ж きそば                                   おまけ Vol 31>

ж42ж きぼう

 投稿日時 2011/1/23(日) 午前 6:43  書庫 焼物の間  カテゴリー その他芸術、アート
 


取り上げて



************ 借窯徒然 ************ 


ж42ж きぼう

 焼き物に使う粘土を作る時に水簸という工程があります。水簸とは山から採って来た土を水に溶かして石などを沈めてかつゴミを浮かせて分離し、中ほどの粒のそろった良い部分だけをふるい分ける作業です。

 ろくろ成形の基本は上へ伸ばす、です。外観を作っておいてそれに穴を開けるではありません。粘土を上へ上へと引っ張り上げながら成形していきます。
 茶碗や湯呑、小さな花瓶などでしたら一気に目標高さまで引き上げる事が可能です。でも大抵は2~3回にに分けて伸ばしていきます。それは粘土を下から上へと伸ばしていくからです。
 ろくろ成形の最初は土取りです。土取りとはドンとろくろに据えられた粘土の上部で作る作品に見合った分量を取り分けると共にある程度底の大きさと形を決める作業で、――切り離してしまうのではありません――見た目にはドーナツが乗っかっているようにするものです。
 そのドーナツを一気に作品の厚みに伸ばしてしまうと、下から伸ばすのですから薄い部分にドーナツの残りが乗っている状態になっていその上のドーナツで残っている部分を伸ばす時に下の薄い部分が耐えられずつぶれてしまうのです。
 ですから伸ばしは断面で言えばドーナツの円形をまず三角形にと上の方を先に薄くなるようにするあら伸ばしを行ってからだんだんとその三角形を細長くするように段階的に伸ばしていくのです。
 この時に素直に三角形から均等な厚みで計画した高さに伸ばせれば良いのですが、時には伸ばし終わった時に、「あれっ、まだ高さが足りないや」、という時があります。
 こうなるとちょっと厄介。均等な厚さになってしまったものを更に伸ばすのはけっこう大変なんです。均等になる以前はその均等でない部分を伸ばしてやれば良いだけなのですが、均等になってしまうと全体を伸ばしてやらなければなりません。で、この作業をやると大抵は径が大きくなるだけで高さ自体は逆に低くなってしまうのがほとんどなのです。
 茶碗や湯呑などの形の物の場合はこの程度の苦労で済むのですがこれが花瓶や急須などの袋物となると更に厄介です。袋物、つまり胴が膨らんでいるものはあら伸ばしの時に素直な三角形ではだめなのです。胴を膨らませるその分の粘土を残した伸ばし方をしなければなりません。
 その伸ばし方は極端に言えば下が薄く、中ほどは膨らませる分で厚く、上はまた薄く、という感じになります。
 で、下を薄くし過ぎると膨らませている作業中に薄い下の部分がそれに耐えられずにヘタってつぶれてしまう事があるのです。
 また、膨らまし分の目測を誤って肩部分が薄くなりすぎるとペッコリと凹んでしまって口部が中へ沈み込んでしまうなんて事もあります。
 これが鶴首花瓶ともなりますと鶴首を伸ばす分の重さが肩にかかりますので更にペッコリ。肩を厚くすれば異様に重いだけの物になってしまいますし、首の分量を減らせば引っ張っても引っ張っても上へとは伸びてくれず、逆にいじればいじるほど背が縮んでいってしまいます。

 出来上がった品物は乾燥させます。
 この時は品物を乗せた手板を棚にさしておくのですが、上の方にさしたものと下にさしたものでは乾燥の速度が違ってきます。当然上の方が早く乾きます。それは部屋の中が上の方が暖かいからです。

 素焼きした品物に釉薬を掛けます。
 釉薬は沈殿しやすいので長い時間使わなかった物などはそれこそ底の方で石の様になっています。これをおこしてやる(溶きほぐす)のはけっこう大変です。
 また、施釉中でもすぐに沈殿してしまうので常にかき混ぜながら使わなければなりません。
 また、施釉した釉薬は素地の表面を伝って下の方に溜まります。そのままですとむらになってしまうので下の方をひしゃくなどに当てて余分な釉薬を流してやらなければなりません。この時角度を間違えると手に着いている釉薬が器に流れ下って変な筋が付いてしまいます。また、施釉した品物を手板に戻す時も手から釉薬の滴が落ちないように気を使わなければなりません。
 これは品物をどっぷりと釉薬に漬ける浸し掛けの場合で柄杓から適量の釉薬を流して文様をつける流し掛けの時はその心配は無いのがたいていです。また流し掛けでは人為によらない自然な文様になります。 

 釉薬は焼成中の炉内雰囲気によってその発色が大きく変わります。
 炉内雰囲気とは窯の中の酸素量の事で、酸素がいっぱいあって釉薬と結びつくように焼くのが酸化焼成、酸素が無く代わりに一酸化炭素があって釉薬から酸素を奪ってしまうのが還元焼成です。
 この炉内雰囲気の調整は煙突のダンパーなどによってその引っ張る力を強めたり弱めたりして窯の中に入る空気の量を変える事によって行われます。 

 釉薬には溶ける温度の調節の為の成分や透明度を変える成分、発色の為の成分などの様々な成分が入っていて複雑なレシピとなっている物が数多くあります。しかし、釉薬の基本成分は、骨材となる成分と、骨材と生地をくっつける糊のような成分の2つです。この2つの成分を含むものであれば原料1つだけでも釉薬になります。ただし含むだけではだめでその割合が重要となります。骨材成分が多すぎるとすっきりと溶けてくれませんし、糊成分が多すぎると流動性が大きくなって流れてしまいます。
 溶けきらずにがさがさした感じはそれはそれでその釉薬の特徴として使えない事はありません。いやその作風を売りにしている人もいます。つまり使いようによっては十分立派な釉薬となりえるのです。
 しかし、流動性の大きすぎるものは厄介です。
 釉薬は焼いた時に少し流れるくらいが綺麗ですし人の手では作り出すことが難しい文様も表現してくれます。この文様は、もちろん計算と言うか経験と言うかに基づいてある程度は予想して施釉されたものですが、人のこざかしい技だけでなくそこに自然の織りなす力が生み出した素直な感じが加わって大変落ち着いた雰囲気の物が出来上がります。
 ところがそこに計算ミスや調合ミスがあると釉薬はそれこそとめどもなく流れてしまって焼成後取り出そうとしたら品物だけでなく棚板まで一緒になって持ち上がってしまった、なんて事になります。こうなってしまうと品物だけでなく棚板もダメになってしまいその被害は甚大なものに。品物はバカンバカンと砕いてしまってから時間をかけてコツコツコツコツと棚板に付いてしまった釉薬を剥がしていけば棚板だけはなんとか復活させる事は可能ではありますが、いざ一面に張り付いた釉薬を目の前にすればやる気は瞬時に失せてしまって、もういいや、とそのままになってしまう場合が多いのです。それに大抵はコツコツコツコツが注意力が持続せずコツコツコツコツカンとやってしまいその衝撃で棚板が真っ二つ。今までの苦労は何だったんじゃー、という結末も何回か……。

 せっかく完成した品物も手を滑らせれば落っこちて真っ二つ。水の泡です。


 さていろいろ書いてきましたがこれらの事柄の大元の原因はと言うとそれは重力です。
 無重力状態では水簸はできません。水簸はそれぞれの比重の違いによる浮き沈みを利用しているのですからね。
 釉薬の沈殿はそれが悪さをするものです。ですから無重力でしたら沈殿は起こりません。地上では完全な合金は作る事が出来ないそうです。それは混ぜる金属の比重の違いにより冷えて固まるより先に多少なりとも沈殿現象が起きてムラのある混ざり方になってしまうのですが、無重力ならそれが無く均等に混ざった合金が出来るとの事です。だから釉薬もガッチガッチをおこしたり常にかき混ぜている必要もないのです。
 乾燥時に部屋の上の方が早く乾くのもそちらの方が暖かいからです。暖かい空気は膨張して比重が軽くなり上に登ります。窯の煙突が引っ張る力もそれです。煙突は軽くなった空気が上に昇る力に勢いを与える装置です。ですから重力が無ければいくら煙突があっても空気を引っ張ってはくれません。更には、ガス窯の様に圧力をもって噴出し周りの空気を巻き込んで燃えるものでしたらとりあえず火を点ける事は可能でしょうが、煙突の引っ張る力だけが頼りの薪窯では火を点ける事すらできません。火が燃える為には酸素が必要で、その酸素は燃えている火によって暖められた空気が上に昇る事により常に新しい空気が供給されることによって得られているのです。ですから重力が無ければ上昇気流が起きず、薪の周り酸素を消費した時点で酸欠になり火は消えてしまいます。
 乾燥自体も少々疑問です。やはり空気が動かなければ品物の周りの空気は水分が飽和状態になってそれがずっとまとわりついているのですからはたして品物は乾くのでしょうか。
 施釉時の流し掛けも出来ません。これは重力により流れ降る現象を利用した物ですから。
 でも、浸し掛けした品物の釉薬ムラは起こりませんね。余分な釉薬を流し切る事はできませんが手から滴が落ちる事もありません。
 流れ落ちる事が無ければどんなに焼成時に流れやすい釉薬であっても棚板に根っこを生やしてしまう事はありません。ですから使える釉薬は格段にその種類を増やす事が出来ます。そのまま使いたいのに耐火度を上げる為に混ぜ物をしなければならない物がそのまま使えます。いや釉薬だけでなく粘土そのものもどんなに耐火度が低くても焼き崩れる事がありません。(膨らんじゃうのや溶けちゃうのは除きますよ)
 さて、ろくろ。
 以前、花瓶などを作っていてどうしても上へ伸びていかなかったり、口部が沈んてしまって業を煮やし、「いっそろくろを天井に逆さに据えて下げ伸ばすようにしてしまおうか」なんて叫んでいた時もありました。
 でもこれは口に出すだけ。絶対に顔の上に粘土がボスッと落ちてくるという結果が見えていましたから。いやそれどころかろくろ自体が落ちてきて……。
 しかし、無重力状態であれば加工中に縮んでいってしまったり口がボスンなんて事もありません。ろくろだけではありません。型物だって手ひねりだって地上では不可能な造詣が可能なのです。そしてそれをそのままの形で焼き上げられるのです。
 粘土は地上で準備した物をもっていきます。それを無限に自由な形に作り上げます。乾燥器を使って乾かします。電気窯で素焼き。施釉したらまた乾燥器で完全に乾かして電気窯で本焼き。窯の中に浮かせておけば棚板もいらないし、高台に付いている釉薬をふき取る必要もありません。完成。バンザーイ。あ、手を振り上げたらその風でふわふわ漂って壁にコツン。
 というわけで宇宙ステーション実験棟きぼうに乗せてくれないかなー。   


--第42号(平成22年2月7日)--

猫と鉄道 トップ → http://www3.yomogi.or.jp/skta1812/main/index.html

猫と鉄道  書庫  → http://www3.yomogi.or.jp/skta1812/syoko/syoko.html

コメント(0)