<ж33ж 取手が大事                                おまけ Vol 22>

ж 8 ж 秘湯、加仁湯・西川温泉

 投稿日時 2010/8/28(土) 午後 5:01  書庫 大浴場  カテゴリー 旅行
 




 秘湯を守る会というのがある。われこそは、と思う秘湯の宿が加盟している会である。そして秘湯を立派に守り存続させていこうとしているのである。
 しかし、いざ訪れてみると「立派に存続」されすぎていて、これが秘湯?、と思わされるものもある。
 栃木県では「三斗小屋温泉」と「奥鬼怒温泉」が有名な秘湯とされているが、秘湯が有名というのが私には良く解からない。そもそも、秘湯の「秘」は秘密の秘で、人知れずである。それが有名。本当の秘湯は武田信玄ではないが、世間に隠してしまってその存在が知られないようなものが本当の秘湯ではないのであろうか。ただしその秘湯を隠す人個人で守っていけるだけの力が必要である。


 さて、その秘湯のうちの奥鬼怒4湯の更にそのうちの加仁湯へ訪れたのは2005年5月4日。朝から、いや、前日からスコーンと良く晴れたゴールデンウイークの1日であった。
 GW、益子では陶器市があり大変道が込み合うがそんな渋滞が始まるはるか以前の午前6:30に出発。8:30に休憩地点川治ダムサイトに到着。もちろん休憩が必要なのは運転手の私で、同乗の家族はクーカークーカーと休憩十分である。
 広がる八汐湖を眺めながら10分ほど休憩して鬼怒川を遡る。道はすばらしく快適なドライブだ。長いトンネルを抜け、舟着場?を過ぎてダム湖が無くころ右手に崩れかけた道のようなものが見え、おや?と思うまもなくそれが道となる。
 センターラインの無くなった道をくねくねと進むと旧栗山村の中心部に入り霧降高原からの道が合流する。東京方面からは日光宇都宮有料道路を通って霧降高原経由の方が早いであろう。中心部とは言え、役場があった程度でさほどにぎわってはいない。保育園の庭に一匹だけの鯉のぼりが細々と揚げられている。
 なんとも寂しげではあるがこれには理由があってそれは過疎化で子供がいないからではなく、平家の落人伝説に由来するものである。この地域には源平合戦で敗れた平家の落人が隠れ住んだという伝説があり、鯉のぼりを揚げると見つかってしまうから、という事で昔から鯉のぼりを揚げるの風習が無いのである。同様の理由で鶏も飼わないという。鳴くと集落の存在があらわになるからである。
 しばらく進むと瀬戸合峡右の標識からまた道が良くなる。瀬戸合峡は紅葉の名所でかつてはそこに沿う観光バスが曲がるのにも苦労するような道しか無かったが、現在はバイパスですっと抜けられる。
 瀬戸合峡を過ぎて川俣湖に沿う道を進み川俣大橋を渡ると道は旧態依然のものとなる。握っているハンドルの手を離して「どうか対向車が来ません様に」と願いたくなってしまうが、手を離せばその時には崖下が待っている。
 川俣温泉で戦場ヶ原からの山王林道が合流してようやく夫婦淵温泉着。車で行けるのはここまでで、川治ダムからの30km程を1時間かかった。ちなみに山王林道は奥日光からの近道ではあるが道の程は保証できない。 

 GW+好天という事で栗山村営駐車場(現日光市営)はすでにぼぼ一杯。歩き支度をして10:00少し前にスタート。駐車場の先で道は二手に分かれるが本来の道である直進の奥鬼怒歩道は自然の猛威で一部通行止め。左へ折れ橋を渡っていく奥鬼怒スーパー林道がその部分の迂回路となっている。
 一般車通行止めの遮断機をくぐって橋を渡ればそこは未舗装ながらも車が十分にすれ違える幅のある道だ。夫婦淵温泉の露天風呂を見下ろしつつつづら折れの道をぽくぽくと歩く。道幅が広いのであまりそうとは感じないが結構勾配はきつい。日差しと路面の照り返しで早くも汗がどっと出る。しばらく進むと下からエンジン音とスボボボボという音が聞こえてきた。なんだ?と見てみてればバスが一台上がってくる。八丁の湯と加仁湯では宿泊客のみ駐車場からの送迎を行っており、林道の通行が許可されている。
 昨夜宿泊した客を送った帰りであろうと思っていたが目の前を通過したバスには結構客が乗っていた。おそらく今夜宿泊の客で宿に荷を置いた後鬼怒沼方面へ足を伸ばすのであろう。
 道幅があるのでバスをやり過ごすのには何ら問題は無かったがその後がひどかった。ものすごい土ぼこりである。つづら折れなので上も下も真っ白。あいにく風もなくいつまでも埃が収まらない。ようやく静まってきた頃また下からエンジン音が。別の宿のバスである。それが収まる頃先ほどのバスが戻ってきて……。どうやらこの時間はピストン輸送をしている様だ。道端にやっと伸びてきた蕗の塔も真っ白になってひからびかけている。自然保護の為一般車通行止め未舗装になっているのであろうが、これなら舗装して有料林道にした方がよいのでは。
 何度か砂塵に襲われているうちにやっと仮設歩道右の看板があり滑りやすい急な細道を下ると河原にでた。心地よい風が吹きぬけ汗がすっと引く。汗をかくような天気だというのに道にはまだ雪が残っていた。すぐそばの澄んだ流れに手を入れると刺すように冷たい。この流れが40kmも下るとあのドロッとした大河になるのである。
 仮設橋で左岸へ渡りブルドーザーで均した様な石ころの道を行く。流れに沿った平坦な道で歩きやすくはあるがあまり面白くない。でも景色は良い。もっとも、良い景色は目線より上で、残雪の谷間にやっと芽吹き始めた木々と青空がとても綺麗だ。思えばいつもぽちっと見える男体山の裏側の更に奥まで来ているのである。で、目線を下にするとそこは立派に護岸された河原である。建設省という懐かしい工事記念碑も建っている。
 カッタテノ滝下で休憩と早いお昼。少々の上り坂と橋で滝を巻くと高みからボロボロの道らしき物が合流してくる。おそらくこれが歩道の通行止めの部分であろう。この様子では仮設歩道がそのまま本歩道となりそうである。その先は渓谷に沿った林の中の道で大変心地よい。岩の窪みの水溜りにはおたまじゃくしがいっぱい。ポチッと芽を出した蕗の塔も青々している。流れ込む支流には橋が架かっているがわざわざ飛び石伝いに渡って靴を濡らす。地形図によるとこのあたりにも温泉マークがあるので人知れず湯気を上げている所があるのかも知れない。
 歩き始めて約1時間半、突然目の前が開けると八丁の湯。宿の前の広場には大勢のハイカーが休憩しているが、それより目に付くのは大型の除雪車と立派なログハウスの建物と先ほどの砂塵バス。
 今回の計画では奥鬼怒4湯で手白沢温泉を除いた(ここだけは沢1本外れており日帰り湯もやっていない)3つのうちの2つに入ろうと思っていたのだが、この風景を見て興ざめ。ここはパスして先に進む事にする。でも、旧態依然の本館脇に(しっかり秘湯を守る会の看板あり)足湯があってそれだけをちょっと堪能する。空くのを待って足を漬けて記念写真をパチリ。ただし、この裏は男性用露天風呂になっていて、気をつけないと秘塔が写ってしまう。
 八丁の湯から約20分。谷あいに異様な建物が見えて来てスーパー林道の大きな橋をくぐると加仁湯到着。一応各メディアでこの建物は知っていたがやはり目の前にするとちょっと引いてしまうような、新しいのだか古いのだか解からない建物。でもこの方が秘湯感はぐっと来る。そして守る会の看板はなし。
 案内に従ってコインロッカーに荷物をぎゅうぎゅうと押し込んでまずは乳白色の混浴露天風呂へ。渓谷を眺めながら少し熱めの湯に手足を伸ばすと疲れが溶けていく様だ。奥さんはその後女性用露天風呂へ入るというので、子供達を連れて源泉プールへ。こちらも乳白色硫黄泉だが少しぬるめ。浅いところでゴロンと横になる。谷間ではあるが空が広い。体を起こせばそよ風にすぐ乾く。子供達は元気に泳ぎまくっている。山間の遅い春と秘湯を満喫した。
 と、TVならばここで終わるのだが、現実は帰りがある。加仁湯で約1時間。降って八丁の湯でちょっと腹ごしらえで1時間。2時過ぎに本格的に下山開始。ちょうど皆下山時刻らしく多くの人が下っていく。3時ごろ日が山陰に隠れると急に気温が下がってきた。汗をかきかき登った道が今は肌寒い。雪が残っているのもさもありなんである。ポツポツと登ってくる人もあり、八丁の湯までどれくらいかと不安そうに尋ねられた。
 無事車にたどり着き今回の秘湯探訪は終了である。しかし、考えてみればバスで行けるところをほんのちょっと歩いただけ。飲み物と食料も途中調達できている。本当に秘湯だったのであろうか、と思いつつ車を走らせるとすぐ渋滞にはまった。車の数こそ多くはないがすれ違いが出来ず進めないのである。このあたりの古い地図を見ると川治温泉からずっとこの様な道が続いている。それがダムによる付け替え道路で立派になったのである。おそらくその時代は日帰りは不可能であったであろう。今は大半が立派になったがその分車が増えて難儀している。もしかすると秘湯とは車で行くのが大変な所、という事なのかもしれない。  

 ところで、私が本当に秘湯と思っている温泉がある。いや、あった。
 それは奥鬼怒に程近い湯西川温泉の入り口にある西川温泉である。
 温泉とは言ってもそれ相応の施設があるわけではなく、実は地区の公民館の中にあって、道から一段低いところにあり作りも普通の家とさほど変わりはない。訪ねると当番の老人が居間のようなところでコタツにあたりながらテレビを見ていたりする。浴槽も1.5m四方ほどで洗い場も1人分くらい。
 ただし、お湯が良い。少し硫黄の匂いがする透明な湯がかけ流しになっている。いやかけ流しどころではない。浴槽と洗い場の蛇口がいつも全開になっていてそれこそだだながしである。洗い桶でちょっと排水溝をふさぐとあっという間に洗い場と浴槽の区別がつかなくなるくらいだ。開ければ一気にドオッと流れて目の前の谷から湯気がブワッと上がる。窓際に座ってのぼせた体を冷ましながらその様子を眺めていると対岸を行く観光バスの客が「わー、いーなー」という様な顔でこちらを見ている。
 本当はこの温泉の事を書くつもりはなかった。営利目的の温泉ではないから宣伝の必要もないし、はっきり言って貸切でなければ楽しめないから客が増えるのも困る。本当に誰にも内緒にしたい秘湯であった。
 数年前、湯西川温泉駅前にここの湯を引いて温泉施設を作る計画が発表された。この豊富な湯量もこの湯船だからこそである。それを大浴場に持っていかれてはこんな小さな湯でも細々としたものになってしまうであろう、と心配した。
 だが現実は細々どころではなかった。2005年夏この公民館は閉鎖され湯は全て持っていかれてしまったのである。秘湯がひとつ減った。 


--第33号(平成19年6月2日)--

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