<ж21 ж 「ドアボーイ」                      ж18ж 身の痩せる重い(1) >
ж 18 ж 不休の名作                            
                    投稿日時2009/12/6(日) 午後 1:14  書庫鉄道の間  カテゴリー鉄道、列車

ナイス0

 




 未明の青森駅。一本の列車がすがすがしい気分で始発駅を後にした。もっとも乗客達は発達した低気圧のもたらした強風の為に木の葉の様にもてあそばれた夜行連絡船から降り、連絡通路から粉雪の吹きつけるホームを通って大地にしっかりと足を付けた列車の暖かいシートに身をゆだねるとすぐに眠りに落ちていたのであった。
 そんな夢うつつの乗客を乗せて列車は進む。左手に見えるのは雪にけぶる陸奥湾かそれとも小川原湖か。時折窓の外が真っ白になるのは国堺の吹き溜まりを剛を持ってして突き破る時に蹴散らかされた静白の最後の抵抗。
 いくつかの峠と街を過ぎ、次第に辺りの冷積がその嵩を減じ、車内にまぶしい陽射しが差し込むとさしもの乗客も目を覚ますが、あと二時間半か、とまた目をつぶる。
 ふと気づけば車窓はモノクロからセピアへと変わっている。雷都を過ぎ、すれ違う列車の数が増え、色とりどりの電車が並走するようになると列車は速度を落し、日常の世界の入口駅に滑り込んだ。
 そして旅人は、ああ、やっと上野に着いた。長い旅だったなあー。ともう旅装を解くような気持ちになるのであった。
 と、これはかつて東北と東京を結んでいた特急「はつかり2号」はこんな感じではなかったのかなーと適当に書いたのだけれども、それほど外れてはいないのではないかな。
 実際列車に乗っていて自分の目的地に着けば、「あー、やれやれ」という気持ちになるものである。
 と・こ・ろ・で・その駅に着いてそういう気持ちになるのは当の本人だけで周りの人達はまだこれからが長い、というところほとんどである。
 先の例にしても上野から更に東京から新幹線で九州へという人もあれば、上野から山手線と私鉄とバスを乗り継いで二時間、自宅はまだまだ遥か先、という人もいるであろう。
 だから、長距離を旅して来て上野に着いてもまだげっそり、という人も多いはずなのだけれども、それ以上にげっそりしているのは実は乗ってきた列車自体なのではないかと思う。
 ここに書いた「はつかり2号」、青森を早朝4:53に出発して延々750kmあまりも9時間かかって走りとおして上野に着くのが13:43。これが人であるならば朝早くからご苦労さん、さ、今日はもう上がってゆくっり休んでおくれ、となり、さーて家へ帰って1杯やってのんびりしようか、となるのだけれど、かわいそうに「はつかり」さんは、じゃ、お疲れ様でしたー。さて車庫へ帰って油の1杯も差してもらってのんびりするかー。という事を許してもらえないのである
 ではどうなるかというと、上野に着いたとたん「ほらほら、ぼうっとしている暇は無いよ!さっさと化粧直してもう一回仕事行って来な!!」と小1時間休憩を与えられただけで今度は仙台行き「ひばり」として走り出して行かなければならないのである。
 で、「しょうがねぃ、もうひとっ走りして来るかい」と上野駅を走り出したものの、ふと隣を見ると一緒に走り出した山手線の電車がもう鶯谷で一服付けている。
 それでちょっと腹が立って「いいよな!おまえらは!ちんたらのんびり仕事ができてよ!」といやみの一つも行って立ち去るのである。
 ところがそれを言われた山手線。「何を言うか!」といい返す暇もなかったのだが、実は彼も「はつかり」が青森を出発する頃に車庫を出て以来ずっと今の時間までぐるぐると走りったり止まったりを繰り返していたのであった。
 「今日はもう何回ここを通ったっけ。10回目かな、すると半分か。」
 山手線は34.5kmを約1時間かけて廻っている。1時間で1周するのだから大抵のお客さんとは長くても30分のお付き合いで、ああ、やっと着いた、なんて感慨深げに降りてくる人なんてまずいない。
 少し昔には「ゲタ電」なんて呼ばれたようにチョイと乗ってパッと降りる気軽な乗り物としてのイメージが強いけれど、1日20時間もかけて約700km、東北線で言えば青森県の野辺地あたりまで行ってしまうのだからとてもゲタで出かけられるようなものではないのだけれどな・・・。
 などとぶつぶつ言いながらまたゴトゴト走って夕方の気配が近づいた品川。夜の女王がすっかり身支度を整えて舞台の袖で控えている。
 「やぁ、お姉さん方、ゆっくり休めたかい」と声をかけると一番前に控えていた「さくら」が「ええ、おかげさまで」と答えてくれたけど、おいらは知っているんだぜ、今朝は西の方で事故があったからおまえさん到着がずいぶん遅れたじゃないか。普段でも4時間程しか休めないのに今日は2時間なかったんだよな。
 「荒くれ男には気をつけるんだぜぃ」と山手線が声をかけて行ってしまうと「さくら」はちょっと寂しげな顔をして「そうよね。でも私たちには機関車は選べないもの。」とつぶやいた。
 確かに乱暴な人もいるわ。血気盛んな赤い九州男児には朝のお茶をひっくり返された事もあるし。でもあの人達の気持ちは解るわ。だって私たちの相手をしていない間でも時にはあの日毎に気分の変わる貨物を相手にしていたりするのだもの、むしゃくしゃする事もあるわよね。さ、気分を直して出かけなくちゃ。これから新たな旅に出る人に、私は今朝もここを通ってきたのよ、なんて思わせない様にね。
 「あらっ、浜松行きさん、もう出発ですか。まだ到着してから28分しか経っていないのに大変ですね。」
 「いやー、そうでも無いですよ。それに「さくら」さんが出発した後に折り返す人たちはもっと忙しくて10分位しかないですから。」
 「そうなんですか、もう少しのんびり出来るといいですのにね。」
 「ええ、でも私らはまだ幸せなんですよ。通勤時間帯以外は結構休めるし、折り返し駅にも余裕があるので掃除などもしてもらえますから。以前「江ノ電」じいさんがこぼしてましたよ。『わしらは折り返し駅に線路が一本しかないから休んでいる暇が無い。』って。」
 「そう言えば、「東京モノレール」さんも同じような事を言ってましたわ。」
 「「世田谷」さんもそうらしいですよ。片道5kmのちっぽけな路線だけど、結構忙しくて、終点でほっと一息ついて後ろを見るともう次の人が待っているのでトイレに行く暇も無いって。あっ、じゃ、先に出掛けますから。」
 「はい。また小田原で失礼させていただきます。」
 「おっ、もう出発かい。道中長いから頑張りな!」
 あら、山手線さん、もう一回りしてきたのね。

 それから20年後の大宮駅はずれ
 「あー、こんなに長いこと休むのは初めてだ。あれから何度か体の色を変えて千葉や埼玉で仕事をしたけれどいったい、地球何週分走ったのかなー。おっ「はやて」くん北の方の様子はどうだい?」
 「あっ、元山手線さん。八戸は今朝はいい天気だったんですが、今また行って来たら雪が降り出しそうな気配でしたよ。」
 「そうかい。あんたも忙しいねー。体に気をつけるんだぜ。」

--第18号(平成16年2月14日)--

猫と鉄道 トップ → http://www3.yomogi.or.jp/skta1812/main/index.html

猫と鉄道  書庫  → http://www3.yomogi.or.jp/skta1812/syoko/syoko.html

 コメント(2)

アイコン0583系「ひばり」、1往復でしたか、ありましたね。「みちのく」とともにレアでした。
昼夜を問わず走り廻って、挙句4ドアにされて尚活躍しているのですからスゴイ電車ですよね。
高崎線にはあまり縁がありませんでしたが、「シュプール」運用を夜中に高崎駅へ見に行きました。  
2009/12/7(月) 午後 11:47  哲ちゃん+Mc169

アイコン0 583系は普通電車に改造されてもさすがに元特急車、乗り心地が良かったですね。  
2009/12/11(金) 午後 5:58  NEKOTETU