ちょっと前に愛されていなかったことを書いた。
昨日、舞台の配信を見ながら気づいたこと。
「私、愛の受け取り方を知らない??」
ドラマや小説で知っていると思っていた。
よく考えてみたら、愛されてないのに受け取り方ってわかる??
ボールを投げられたことがなかったから、取り方がわからなかった。
ボールが来たら受け取って投げ返せばいい。
頭ではわかっていたけど、やったことがない。
ボールが来なかったから。
こんな状態で人生の大半を過ごしてしまった。
でも今の状況を知ることは大事なことだ。
今、自分の居る位置がわかっていなかったら
どこに進んでいるか判らない。
私は言葉を持たない子供、自分の気持ちを言葉にすることが出来ない子供だった。
親は私が話すのを聞いてくれなかったし、父と母の間に会話はなかった。
(その後、そんな父と母は離婚した)
私はみんなの話の輪に入ることができなかった。
年齢が上がるにつれて、皆の話が理解できないこともあった。
いわゆる国語力というものが殆ど育たなかったから。
去年の夏に「ルポ 誰が国語力を殺すのか」という本を読んで自分の状況を認識した。
そうしたら自分の中に少しだけ変化が起きた。
それまで自分は普通に国語力があると思っていたのだ。
意識して、自分の気持ちを言葉にするようになった。
さらに、ビリーフ・チェンジャーを受けて愛されていなかったことに辿り着いた。
何となくわかっていたはずなのに、「親は子供を愛するもの」という思い込みは強固だ。
私は愛の受け取り方が解らないにもかかわらず、受け取ってはいけないと思っていたようだ。
「お母さんは私が幸せだと不機嫌になるから、私は幸せにならないんだ。」って。
でも、もう母のために生きるのは止めよう。
私は暴力を受けたことはないし、食事も出されなかったことはないし、学校もちゃんと行った。
どこに落ち度があるの?何の問題があるの?ピアノや習字だって習わせてもらったじゃない?
外から見たら全く分からない。
でも母はとても冷たかった。試験に落ちた私を笑った(どんな理由があれど)。
私のことをあの男から守ってくれなかった(守ることは可能だったのに)。
etc.
母は覚えていないか、無かったことになっているのだろう。
「私は悪くない」と。
私が生まれた時間を聞いた時、母は「忘れちゃった。」と言った。
え? それだけ? 他に言葉はないの? 自分が娘を産んだ時刻って忘れちゃうものなの?
私は二の句が継げず、心の中で突っ込んだ。
いつも期待をしては裏切られる、そんな感じ。
いつだったが、母にハグをしたら返してくれなかった。そのまま固まってた。
その時点で気付けよ、自分 ![]()
私は私のための人生を生きる。
私を幸せにするために生きる。
私の心に従って生きる。
そして私を愛して、愛を受け取ってみる
私が本当に幸せなら
自分の幸せだけを追求したとしても
自然に周りも幸せになる。
そしてあの人の処にも届くだろう。