アキレス腱断裂から完治までの記録

アキレス腱断裂から完治までの記録

2013年11月23日に右アキレス腱を完全断裂。
完治までの記録を残したいと思っています。

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12月9日

auからLTEの通信量が7Gを超えて速度制限がかけられる。
ネットサーフィンどころではない。。。

これこそ足首を弓で射抜かれたアキレスの気分!!
アキレスなんて、それが原因で死んじゃったんだかんね!

そういやベッカムもアキレス腱切ってなかった??
そんな事を思い出しても調べる事もできない。

いや、厳密にはできる。
しかし遅い。
鬼の様に遅い。

そんな状況に陥った途端、

プンッ

と頭の線が切れたような感覚があり、急に全てが嫌になった。

これまでの2週間、痛かろうが暇だろうが
持ち前のポジティブと多趣味のおかげで不自由ながら満喫してきた。

しかし、急にネットという社会との繋がりを奪われた途端、

もうイヤ。飽きた。( °д°)

と、両手両足を投げ出し、ベッドに横たわるのみの生活になったのだ。

でたでたでた。

猪突猛進の飽き性
最大の長所と最大の短所が合わさった時、人は廃人になるのねっ

頭だけはクルクルいろんな事を考えていたけれど、
とにかく何もする気がおきず、ずーっとベッドに横たわるようになる。

その後3日ほど。。。

※夜中から少し腹痛があり眠れず、ロキソニンを飲んだ。


12月10日

友だちのお見舞いがあり、なんとか気持ちを持ち直すアタシ。

しかしそれ以外はゴロン。

※薬を飲むほどではないけれど、へその右横あたりの鈍痛はやまず。
 腹巻をして腹部をナデナデして凌ぐ。


12月11日

昼過ぎに又別の友だちが来てくれた。

その後ゴロン。

※腹痛の原因は便の出の悪さかな?
 すこし意識的にトイレに行く回数を増やす。
 


12月12日

ゴロン

ゴロン

ゴロン

血圧が過去最低を叩き出す。
うっすらとしか見ていないけれど、上が70台だった。
看護師さんも何度か測りなおしていた。

こないだの腹痛と言い、血圧の低さと言い、私まじでやばいんじゃないか?
という恐怖心が生まれる。

あとで調べてみると、どうもゴロン生活が続いていたので
心臓が「あ、もうそんな動かなくていーや」という状態になったようだ。

怖っ


12月13日

救世主あらわる!

使っていなかったポケットwifiを届けに我が弟参上。
急にテンションも上がり、血圧も上がったようだ。

これまでの数日病室に弟が顔を出す度に自称「LTE泥棒」をしていた。
デザリングで弟のiPhoneからオンラインにアクセスしていたのだ。

世の中は便利になったのか、それが仇となり不便になっておるのか。

。。。

ちょうど弟が来た頃にギプスカットが始まった。

動画を撮りながらも興奮する私。
なんだか既に気持ち的には、

ギプスを外す=治った

という方向に向いているけれど、
それはすぐに間違いだったと気づく…

足、ガリガリ!!
ドス黒っ!!

うわっ!
足首が足先を支えられずに倒れるるる~

なにヒザ!
ハトメ打ったみたいな動き!!

うわっ

うわっ



その後、抜糸が始まった。
まーまー痛い。

ギプスカットに気が向いていて抜糸の事を忘れていたので、
不意をつかれてまーまー痛い。

ホッチキスでぱちんぱちんと、逆に皮膚を留められている感覚。

我慢のみ。

その後、ひざ下のギプスを巻いてもらった。

それにしても変な感覚!!
膝が曲がるってすごい!!
操り人形みたいな動きしかできない!

普通に座れるって幸せ。

今までご飯を食べるのも、片足だけ投げ出して変な体勢で食べていた。
まっすぐ椅子に座るにも、太ももまであるギプスが邪魔をするのです。

そしてなによりもトイレにまともに座れるのが嬉しかった。
これでウォシュレットの位置に失敗する事はないだろう。


今日、私は数日ぶりに生気に満ちた生活をした。

繋がるwifi
曲がる膝

普通ってしあわせー!!!


夜、やけにおならが出ていた。
出てくる物と出てこない物も。
腹のなかでボコボコもごもご鳴っている。

「なにこれ…」

その後久々にまともな便が出た。
どうも今まで太ももまであるギプスの影響で便秘気味であったようだ。

一応2日に1度は出していたけれど、
出きっていなかった物がザーっと流れ出した感覚。

ひざ下ギプスになり、腸がやっとまともに動くようになったのだろうか。
トイレにきちんと座れるようになったからだろうか。
看護師さんには精神的な物もあると言われた。

排泄って繊細…







痛みもすっかり消え、ギプスの存在すらわすれかけています。

入院生活にも慣れ、すっかり満喫。
モーニングコーヒーを淹れるようにもなり、
気分によって違う階のトイレにいったり、
ネイルしてみたり、
除毛クリームでケアしてみたり、
昼寝しても罪悪感がなかったり、
真夜中の病棟で目を凝らしてみたり、
わたしってほんと、なんでも楽しめるタイプの人間でよかった~
と、毎日のびのび生きております。

しかーし
やはり動かないので全然腹がすかない。

友達がたくさんケーキやらお菓子やら色々差し入れてくれるけれど
全然食べられないのです。

量はもちろん、動いていないのでエネルギーとなる糖分を欲さず、
ケーキなど二口くらいしか食べられない。

ジュースも甘いものは欲さない。
お茶かブラックコーヒーで十分。
白湯でもかまへん。

体力もきっと落ちているのだろうな。







◆◇◆◇◆ 今日の一枚 ◇◆◇◆◇

一番うれしかった差し入れ。わさびのり太郎さんです。

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予想していなかった痛みが続いた1週間だったけれど、
やっと、

「もう痛くない!」

と言い切れるほどに回復!
相変わらずギプスは太ももまであるけれど、
なぜか行動範囲が広がった。

足の可動域が増えたのかな?
今まで痛くてずっと足枕の上に足を置いた状態でほぼ寝たきりだったけれど、
まー今もだいたいその格好なんだけどエヘヘ(〃∇〃)
まず左足でケンケン移動できるようになっている。

振動すら痛くて、松葉杖での移動でさえゆっくり動いていた。
足を下に向けると血が降りて足もパンパンであった。

いまも長時間は痛いけれど、多少は足を下ろしても大丈夫。


ここ数日、先生も私のギプスの巻き直しを悩んでいたそうだ。
とにかくカカトが痛くて、足の裏もチクチク痺れるように痛かった。
術後から5日目くらいまでずーっと24時間その痛みと戦っていた。
3日目くらいには足がむくんで、むこうずねまで痛く、
とにかくギプスパンパンだったのだ。

先生いわく…
手術の際、止血用に圧迫していたが、術後すぐにギプスをはめた為
ギプスがきつくなってしまったのではないかという事。

ちょっとちょっと!
それってダメなんじゃないの?!

でも指が紫色になっているわけでもないし、、、
血が止まって足が腐るってワケじゃないのなら我慢しますけど…

と、意外と小心者で強く言えなかった私。
確かに辛かった。苦しかった。
次巻き直してもらうときはすこし余裕をもってやってもらおう。

とにかく、今日は術後一番気分がいい!

子どもの頃、テレビで見た言葉を思い出す。

ガンの闘病で、それはそれは痛い苦しい思いを長くして亡くなった
野球選手の特集だった。

彼は震える手で色紙に

”無痛こそ幸せ”

と書いていた。

痛かったんだろうな。苦しかったんだろうな。
と子どもの頃の私でさえ、その言葉を重く受け取ったけれど、
今、大人になってみれば、ただの痛みだけでなく、
生きていく上での全てに置き換えられる。

本当に普通の日常って、幸せなんだな。



◆◇◆◇◆ 今日の一枚 ◇◆◇◆◇

看護師さんに

「なんか…質素やねぇ…」

と、言われて渡された夕食。

きょ、今日のお昼がナポリタンだったからだもんねっ!!

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アキレス腱縫合手術は昼の1時から始まる。

昨日の夜、9時前に最後のあがきで小さいチーズケーキを食べた。
当日飲食をすると麻酔の影響で嘔吐などがあり自分がしんどくなるという事だ。

朝から飲まず食わずでじーっとその時を待っていた。
何をするにもソワソワしてしまっていたので、音楽を聴く事にした。

iTunesで加藤登紀子さんの「時には昔の話を」をダウンロード。
しっとりと世界に浸っていると、なんだか自分がちっぽけに思えた。

こんな狭い世界でビビってんなよ。世界は広いぜ。
飛べない豚はただの豚だ!!

って、すっごく勇気が湧いた。
おすすめだ。


カテーテルいれましょーね~」

12時頃に看護師さんがふわ~っと入ってきた。

(いやいやいやいや~
 尿道に管入れるなんて絶対いや~)

「痛くない?」

と聞くと、

「痛くないようにゼリーいっぱいつけておきますね~」

って、スススススーっと入れられた。

(?)

思ってたんと違う~というのが最初の感想で、
正直ちょびっとだけイテテ!な所はあったけれど、ほんの一瞬。
絶対痛いだろうと決めつけてかかっていた私の過剰反応でもある。

全然カテーテル大丈夫!
女子は痛くないって本当だったんだ~
(でも男の人は失神するほど痛いらしい。)

しかし、その直後から、カテーテルで尿を排出しているにも関わらずずっと尿意がある。
それがめちゃくちゃ気持ち悪い!
すぐに慣れると言われたけれど、
気持ち悪すぎて輪をかけてナーバスになってしまった。

早く麻酔にかかりたい。

その後、麻酔を効きやすくする為の筋肉注射
これはみんなが痛いというし、私も経験があったので問題無。
痛みを我慢してクリア。

そこからしばらく、すっぽんぽんでネットの帽子も装着し
ストレッチャー上で布団をかけられて休憩。

筋肉注射で眠くなると言われたけれど、緊張で眠れなかった。

30分ほどでいざオペ室へ!

ここは私の母が勤めている病院なので、看護師さんも先生もだいたい知った顔だ。
それは他の患者さんと違って安心するポイントである。
小さい頃から知っているから、親戚のおじさんおばさんみたいなものだ。

下半身麻酔の注射は痛い。
前、膝の手術をした時にも経験があったけれど、普通の痛い注射とは別物。

神経へダイレクトに

ぐぐぐぐ
ぎゅぎゅぎゅぎゅ


と響く感じがする。
これも我慢。

ここからしばらく、しょうもない不安が頭を離れない。

麻酔、きかんかったらどうしよう…

今となっては、そんなこたねーよと思うけれど、
その時は真剣に心配していた。

「え?効いてる?まだ感覚あるよ!」

と、何回か言っていたけれど、もちろん効いている。

麻酔を打ってすぐにうつ伏せにゴロンと寝かされた。
最初からうつ伏せで手術するとは聞いていたけれど、
それがあんなに辛いなんて!!!!

ただのうつ伏せじゃなくて、幹部のある足をぐっと上に持ち上げて固定するので
ほぼ海老反り状態!これがめちゃくちゃ辛い!!腰爆発!
正直麻酔も効いていたし、自分の体制を目で確認したわけではない。
ただただきつかった。つらかった。

そして、止血の為太ももをギュギュっと縛り機械で圧迫する。
それがダブルでしんどくて痛かった!

痛い!
痛い!
(iДi)いたいーー!!


始まる前にパニックになりそうである。
目先にあったモニターを見ながら、自分の心拍の音に集中し冷静を保つ。

「それでは、始めます。」

の、先生の号令で心拍もドーん!と跳ね上がって
ピピピピピー!と手術室に機械音がこだました。

そこから1時間もかからない間だったけれど、
私はひたすら痛みに耐えてた。

8割は腰の痛み。後の2割は手術の痛みだろうけれど、
とにかくあっちもこっちも痛くて約1時間本当に辛かった。

「終了です」

の声でどれほどホッとしたか。

仰向けにされてグルグルとすぐにギプスを巻かれた。
今は石膏じゃありませんよ!硬化する包帯です。
私はアキレス腱が切れた箇所がふくらはぎに近い所だったので、
太ももまでグルグル巻き。

その後、ほっとしたのか麻酔の影響なのか、
自分の病室に戻ってからもしばらく目を開ける事もできなかった。
少しづつ水分を取っていいという事だったけれど、
気持ち悪くなるのがいやで口の渇きを潤す程度に水を口にふくんだ。

しかしまだまだ腰がいたい。
点滴とカテーテルで管に繋がれ、右足まるまる一本が棒状態で枕を敷いて高い位置にある。
麻酔の影響で頭が痛くなるので頭を動かしてはいけないと言われていた。
しかもまだ下半身に麻酔が効いた状態でなんとか腰のポジションを変えてみる。

うぐぐぐ
イタイ。フユカイ。

寝ているのか起きているのか自分でもわからない時間が過ぎていた。
そして、すこーしづつ切れていく麻酔。

次第に足首になんとも言えぬ鈍い痛さを感じるようになる。

(イタタ…)

(なんや…いたいな…)

(いたい…いたい…)

「いたいー!!
足いたいー(T^T)!!」


ナースコールで看護師さんに言うと痛み止めの注射を打つという。
食事をとっていないので薬(ロキソニン)は飲めないし、血圧が低いので坐薬も使えない。
本当は坐薬が一番効くらしい。

その痛み止めの注射ったらば、めっちゃ痛い!!
筋肉注射や麻酔は痛いのを知っていたから気持ちの準備があったけれど、
まさか痛み止め注射があんなに痛いなんて!!

筋肉注射はぐぐぐぐぐっと強くつねられているような鈍い痛み。
痛み止めの注射はアイスピックでツンツンツンツン!とされるような刺す痛み。
ま、どっちも痛い。

「これちょっと眠くなるから~」
と、言われるとたちまち視界がぼやけて寝入ってしまった。

それから2時間ほど、痛みで目が覚める。

(いたい…いたい…痛み止め全然きかへん…ただの睡眠薬やん…)

また看護師さんに訴えかけてみたけれど、我慢しかなかった。

我慢

我慢

そこから我慢の日々がしばらく続く。
ギプスの中の足、むくんでるーーー
なんでだろうか。ずっと上にあげているのに。

そりゃカチコチにぐるぐる巻きにされているのだから
不快感がないわけはないにしても、みなさんこんなにずっと不快なもの?

かかとの痛みに加えて、むこうずねもカチコチ部分に当たって痛い。
全体的に浮腫んできているのだろう。

しかし痛みは確実になくなってきていると言える。
少しではあるが、ベッドの上に足を投げ出して座る事ができるようになった。

それよりも、、、頭が臭すぎる。
手術の前日にシャワーを浴びて以来、毎日体はふいているけれど
髪はブラッシングのみだ。

母にドライシャンプーを買ってきてもらおうとしたら、

「あらったげるよー」

ということで、何十年ぶり?!に母に洗髪台で髪を洗ってもらった。

なんという、ノスタルジックな気分…
安心感というか気恥ずかしさというか、
昼下がりの静かな病院でまともに歩けもしない娘を介護する母。

子どもの頃の感覚がすこし蘇ってきて、こそばゆい気分。

まだまだこんなにお世話になるんだなーと、
頭があがらない気持ちです。

朝晩にしいていた抗生物質の注射も今日からないらしい。


◆◇◆◇◆ 今日の一枚 ◇◆◇◆◇

母に頼もうとしていた、LUSHのドライシャンプー
使い心地が気になるところです。

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