去年の2015年9月~12月のアメリカ滞在はあまりにも濃い時間でした。
過ごした1日1日を今でも鮮明に思い出しては向こうで出来た友達のことを考えています。
向こうへ飛び立ったあの日から1年が経ちました。
文字にして残したいとふと思い、パソコンを開きました。
毎日が冒険で、毎日が愛と感謝で溢れていました。
間違いなく、今までの私の人生の中での一番の宝物の思い出です。
去年の2015年9月~12月のアメリカ滞在はあまりにも濃い時間でした。
過ごした1日1日を今でも鮮明に思い出しては向こうで出来た友達のことを考えています。
向こうへ飛び立ったあの日から1年が経ちました。
文字にして残したいとふと思い、パソコンを開きました。
毎日が冒険で、毎日が愛と感謝で溢れていました。
間違いなく、今までの私の人生の中での一番の宝物の思い出です。
シアトルについて、まずは入国審査。
「you can not enter」
とか言われたらどうしようとかなんとか思っているうちに
サッサッサッと手続きが終わり一安心。
そしてBaggage Claim で荷物を受け取り、移動。
すると、君はシアトルに来たんでしょ、出口はこっちだよ
とスタッフの方。
乗り継ぎのことと12時間以上待たなければならないことを告げると
本来ならば乗り継ぎの時に行く所に連れて行かれる。
するとペラペラのチケット(?)という感じのモノを渡され
これを明日見せなさい、と。
このスーツケースやらは預けるところはあるか
と尋ねたところ、あるが高いよ、って。
ホテルに泊まらないと言うと、ものすごく哀れんだような顔をされました笑
だってお金使いたくないじゃない。
そこからトラムに乗ってメインゲートへ。
とりあえず翌日自分が行くところを調べておこうと
DELTAのBaggage dropの場所をおさえました。
そこからあまり遠くないところで寝られそうなところを探し
椅子に座ってこれからどうやって夜を明かそうかと考えました。
この時点で現地時刻18:00ほど。
あと16時間。
そこからが地獄でした。
寒くて寒くて、また、お腹がすいて・・・
寝られるもんじゃありません。
母とフェイスタイムをしたり姉とスカイプをしたり
友達とフェイスブックでやりとりしたり
しかし全然時間が進みません。
みんなを泥棒だと思え、と言われてきたので
荷物から目も離せず。寝られなかった・・それよりも本当に寒かった・・
色んな椅子を探して旅に出たりと、難民のようなことをしていました。
荷物も重かったので手はマメだらけ。
この16時間はほんとーーーーに無駄だったし疲れたので
今後は絶対に選択したくないです。
2人とかだったら市内観光とかできるでしょうけど
そして搭乗時刻より4時間ほど早かったですがBaggage Dropへ行き
荷物と別れ。
手荷物・身体検査
厳しかった。。
前バイトしてた時にいた恐~い主任のような人が目を光らせていました。
私の目には鞭を持っているように見えました。。ほんとそっくり
やっと目当ての場所に到着。
あとは乗るだけ。
いよいよ出発の日。
荷物の詰め込みはその日にやりました。詰め込むまで実感があまりにもなかった・・
トランクケース、大きな旅行鞄、リュック、パソコン。各1個に収まりました。
愛する猫達3匹にしばしの別れを惜しみ、ニボシ各1個づつ。
みんな、おりこうにしているんだよ。
羽田空港の国際線は初めてでした。清潔でゲートも分かりやすく、スタッフの方も親切。
羽田でお土産を買い、夕食をとりました。
荷物を預ける場所で、シアトルで17時間待ち合わせだと荷物はまた自分で確保して搭乗手続きまで一緒にいなければならない、と言われました。
12時間以上空くと預けられないようです。出国までの時間は色んな人と連絡を取り合い
不安と心細さでボロボロ泣いてしまいました。情けない・・
見送りにきてくれた母と別れ、いざ。
遅くまで感謝です。
ネットで購入したDELTA航空のチケット。
座席番号をみるとスカイプレミアムと書いてある。
まさかと思いながらチケットを持ってCAさんに聞くとこちらです、
と明らかにビジネスクラス級の席に案内された。
エコノミーとばかり思っていたのでラッキーでした。
フライトは日本から遠ざかるまで安定せず、上下左右に激しく揺れ
なかなか怖かった・・
深夜のフライトだったので眠くて、8割は寝ていました。
機内の寒いこと・・・。
なにはともあれ、日本を発ったのでした。