こんなこともあった。
まだ犬が一匹だった頃の話。
運動量が必要な猟犬気質であるので、散歩は山へ連れていった。
犬を放して歩くので、誰もいない時間、夕方の遅め、陽が落ちる前でないと山の中は真っ暗になるので、丁度いい良い時間を見計らって犬の散歩をした。
いつもの山道、いつもと同じくらいの時間、いつもと変わらない日だった。
この時期の山の中はしっとりと潤っていた。
犬とわたしだけ、誰もいない。
突然、バラバラ、バタバタと音が鳴り響いた。
大粒の雨が落ちてきたのだと思ったが、雨ではなかった。
どんぐりかしいの実が一斉に落ちてきたのかと思ったが、何も落ちてこなかった。
山の中が、山全体が鳴り響いていた。
「あっ!」と思う。
もののけ姫のあのシーンを思い出す。
コダマというものだ!
木霊なのだと確信した。
しばらく鳴り響いた後、ピタッと止まってしまった。
本当に大合唱だった。
こういうものが映画として世に出て表現されていてよかった。
どこかの誰かも同じものを見て聞いて経験していると思うと安らかな気持ちになる。
嘘だとか、妄想だとか、そんなことで片付けられずに、目を開いて話を聞いてくれるかもしれないのだ。
『もののけ姫』のあのシーンみたいなことが起こった!だけで上手く伝えられるのだ。
これが、どれくらい喜ばしいことなのか、共有できる人がわたしの周囲にはいない。
わたしはひとりで生きると決めたけど、いつでもどこでも守られているということを知らしめてくれたのだ。
一緒にいた犬だけが、これを証明してくれる。
それから、何度も同じ場所に同じくらいの時間に行ってみたが、二度と木霊に出会うことはなかった。
救いを求める剥き出しの欲望を纏っていると、出会えないのだろう。
その後、虐待されていた犬を引き取り、犬が二匹になった。
虐待の結果、両後ろ脚が脱臼している。
三本脚で走ることもできるが、山道はどうも苦手なようで、今は山へ行けなくなった。
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