#ぎいたく

と呼んでいいのか…




まだ何も将来なんて思い描けなくて


だからこそ目の前の今日に一所懸命で


僕たちにはそれしかなくて


もちろん不安で

でも不安すら何か分からなくて


ただ

あの時はあなたがいなくなることだけが怖かった


「行かないで」

お願いどこかに行ってしまわないで。


あさはかに

何かあげられるものはないか、とか

嫌われないにはどうしたらいいのかとか


そんなことばかりしか考えてなかった


だって僕の世界はあなたで完結してた


…行かないで




「行かないで」


つい口をついた、その言葉にあなたは嫌な顔はしない。

そればかりか、優しく笑った。

「何で、そんなに声小さくなるの」


でもその顔を僕は直視出来ない。


ワガママは嫌われる。

でも人がいる所へあなたが行くのは不安。

あなたはカッコいいから、優しいから、他の人が好きになる。

それが怖い。


あなたは、向けられる好意にどうする?

応える?

あなたはどんなひとが好きなの?分かったなら、僕は精一杯好かれるように努力するのに。


「教えて」

「何を?」

「ギイはどんな子が好きなの」

「オレが好きなのは託生でしょ」


嘘嘘嘘


あなたの手が僕の顔を触る。

「なんて顔してるの。愛してるって言ってるでしょ」


あなたはそう言うけど、今目の前のあなたしか信じられない。

あなたがどこかへ行ってしまったら、あなたが誰かに出逢ってしまったら、

分からないじゃない?

あなたが誰を「愛してる」かなんて。


「僕にはあなたを繋ぎ止めておける何かなんてない」

「どうして?託生は可愛いよ」


僕は黙り込む。


何したら、あなたは好きでいてくれるの。


僕は唇を噛んだ。

「帰ってくる?」

あなたは目を丸くする。

「もちろん。

 託生としか眠らないよ」

「またしてくれる?」


あなたは笑った。

「なぁに?したかった?」


そう言って僕の顔を上向かせ、キスする。


僕の瞳の不安を覗いたあなたは眉を寄せた。

「何て顔してるの。

『したい』だなんて思ってないのに何言ってるの」


「……」

だって抱かれてる間だけは僕のものって感じがするんだ。

あのぬくもりを手放したら、もう僕のものじゃなくなる。


あなたはため息をついた。

「そんな顔してる子、抱けないよ」

「え!嫌」


ため息を、つかれてしまった。


僕は顔が上げられない。


あなたの手のひらが頭に乗せられる。


温かい、けど、心は冷たい。


嫌、嫌、触って欲しい。


また小さく息継ぎが聞こえた。

「行くのやめようか?」


僕の喉の奥が、ひゅっと鳴った。


怖い。


困らせた。

どうしよう。

嫌われる。


眼球に涙が膜を作った。

視界がレンズ越しみたいに水を持って揺れる。

「どうしたら好きでいてくれんの。

 どうしたら、嫌わずにいてくれるの。

 言って。その通りにするから」


僕はあなたの服を掴む。

見上げたあなたは少し困った顔をして僕を見下ろしていた。

「ちゃんと好きでしょ?

 どうしたの」


「どうやったらしてくれる?

 何したら気持ちいいの。

 どんなセッ○スしたら喜んでくれる?」


「いや、ちょっと落ち着いて?

 何も不満なんてないし、どんなとかそういうのじゃないでしょ」


「じゃ、どうしたら」


「さっきから、どーしたら、どーしたら、って、そもそも託生はどうしたいの」


僕は掴んでいた服から手を離した。

「僕は、どうしたらいいの」


あなたは肩を落とす。

「託生が何しても嫌ったりしないよ。

 そんなに心配?」


「当たり前じゃん、心配しかないよ」


「託生」


あなたの声が静かで怖い。


「託生はオレに心配しかないの?

 託生はオレを好きじゃないの?」


「好きだよ!好きだから怖くて怖くてたまらないんじゃん」


あなたの指が心細そうに僕の頬に触れる。

「じゃあ一所懸命好きでいてよ」


「う、うん」


あなたは目を伏せた。

「それで充分。

 オレは託生の気持ちがなくなるのが何より怖い」


「え」


「託生はオレを無敵か何かだと思ってるでしょ」


「うん」


あなたは頼りなさそうに笑った。

「オレは託生がいなくなるのがいつも不安だよ」


え、何それ。


あなたは僕を抱きしめた。

「行かないで」