#ギイタクパラレル

ね

一緒にいれる？

一緒にいたいよ。

新しい年度は

かなりの変化を伴う。

「…疲れた」

ダイニングのテーブルに、スーツのまま突っ伏す拓。

その頭に長い指の手を乗せ、緩やかに微笑む山桜桃(ゆすら)。

「お疲れ」

拓は顔をずらして山桜桃を見た。

「山桜桃は…何か変わりないの？

　病院」

山桜桃は、拓に椅子を寄せて座った。

「んー、妊婦さんには、3月も4月もないからなぁ。ただ数日が経っただけで」

拓は、またテーブルに伏せた。

「そっか」

疲れて敏感になった拓の聴覚が携帯の振動を拾う。

拓は、肩を落とした。

…山桜桃を呼び出す病院からの着信だ。

十中八九。

案の定、山桜桃は拓を気配で気にしながら携帯を取った。

「…はい。はい承知しました」

これで今日も山桜桃は午前様である。

夕飯を一緒に食べる暇もないのか。

「拓」

「研修医、忙しいけど、産婦人科はその中でも群を抜いてない？」

「そうだね。ごめんね、拓疲れてるのに」

いや、疲れているのは山桜桃だろう。

拓は、まるきりやった事の無い課に異動になって、資料を見ながらパソコンと向かい合い、肩が凝って仕方ないのだが、人の命までは預かっていない。

山桜桃の仕事は、傍から見たら上手くいくのが当たり前、でも生命が誕生するのは意外と危険と隣り合わせなのだ。

産婦人科の訴訟は後をたたない。

だから、個人病院はやり辛い。

自然と周産期医療の充実した大学病院に難しい事例は集まる。

故に山桜桃は忙しい。

分かってはいるのだ。

拓だって。

山桜桃を責めても仕方ない。

山桜桃は、拓の頭を撫でる。

「ごめんね。疲れてるのに一人にして」

「…ううん。ごめん嫌味言って」

山桜桃は目を丸くした。

「え？嫌味？」

「え、だってよりによって、って俺言った」

山桜桃は、ああ、と頷いて、

「だってホントだから。

　研修医が呼び出されるのなんて当たり前な上に、24時間体制の大学病院だ。

　新年度、全然知らない課に飛ばされた拓を労う暇もないなんて、オレ捨てられるよ」

「捨て…そんなん無いし。

　ただ」

拓は山桜桃の胸に額を当てる。

「疲れたから、山桜桃と寝たかったな、って。

　寂しいだけ」

あの温かい胸で、優しい手に抱かれて寝たら…甘えられたら、安らぐと思ったのだ。

勝手に想像してたのだ。

今夜は。

山桜桃は、拓の頭にキスを落とす。

「ありがと。オレも拓と寝たかったよ。

　オレが帰る頃には、拓もう出勤してるな。

　新しい部署で、可愛い子いても浮気しないでね」

拓は思わず顔を上げる。

「そんなの…」

上げたところで山桜桃の唇に捕まる。

ちゅ、と音を立てて唇は離れた。

山桜桃が、拗ねたように、片目をつぶる。

「好きって言って」

拓は、離れた唇を名残惜しく見送る。

「好き。山桜桃」

山桜桃は、拓にしか見せない顔で笑った。

「うん。拓好き」

山桜桃は、ごめんねばいばい、と告げて出かけて行った。

ドアの閉まる音を聞いて、拓はため息をつく。

疲れてる上に呼び出しが来て、また仕事に向かう山桜桃なのに、時間さえ許せば拓の愚痴さえ、嬉しそうに聞いてくれるのだろう。

「だって拓の家族はオレだから、そういう話しなきゃでしょ」

なんて言って。

いくら忙しくても、拓を大事でも、山桜桃はあの仕事をあきらめない。

「もしも、って時に助けられるようにしていたいんだ」

誰を？

と思ったけど、誰を、ではないらしい。

誰かが助かったのを見たからか、

助けられなかったから、今度こそは、なのか。

多分前者で、

自分も助ける人になりたい、

山桜桃はそう思ってる気がする。

だから山桜桃は拓といられなくても、あの仕事は手放さないし、拓より仕事、とかいうレベルでなく、仕事は山桜桃のアイデンティティそのものなのだ。

でも、山桜桃の自己は拓で完結しているから、拓無しに山桜桃はあり得ない。

と分かっているので、拓も何も言えない。

山桜桃が拓をどれだけ大事にしてるか、分かっているし。

「でも」

ね

いつ、一緒にいれる？

一緒にいたいな。

だって

拓の世界も山桜桃で完結しているから。

拓は、膝を抱える。

「山桜桃」

そして目を閉じた。

「一緒にいたいよ」

携帯を枕元に置いて拓は眠る。

例え夜中でも、仕事が終わったら連絡が欲しいと拓が言ったから、山桜桃は拓が寝ている時間でも連絡を入れてくれる。

もちろん睡眠の途中に割って入ることになるけど、拓には眠りより山桜桃が必要なのだ。

疲れた身体と心には。

『たーく』

「うん」

嬉しそうな声が電話の向こうで跳ねる。

『たーく、終わった。帰るね』

「うん。気をつけてね」

『うん』

もう明け方だけど、少しでも山桜桃と一緒に寝たい。

あの優しい手にあやされながら目を閉じたい。

ねぇ

一緒にいたいよ。

一緒にいれる？

ずっとずっと一緒にいたいよ…。

花咲くように、きみがいる。〜山桜桃、拓〜