#ギイタクパラレル


出会った頃の記憶には

ただあなたの笑顔ばかり。  

それが嬉しくて


終わりがこなければいいと

僕は必死だった



「やあ」


くだらなくも、同じ時間帯に同じ場所にいてみた。

ただあなたに会いたくて。


知らずに僕の頬がほころぶ

「…こんばんは」


彼は駆け寄って来た。

「嬉しいな。

 万に一つと思って、また来てみて良かった。

 もうあんなことしないから、食事でも」


僕は首を振る。

「ほどこしは受けません。

 何か仕事をください」


「きみの言う仕事って…多分…うん、じゃあ、」

彼は道路を見遣った。

「渋滞してる。

 横断歩道渡るフリして、車に当たってきて」


当たり屋。

昔上手くやれずに、僕は今でも片脚を引きずる。


何でもだ。

満足に成功した試しはない。


でも別にいい。

体なんてさほど要らない。


僕はふらりと車の間に入って行った。


不意を突かれたドライバーは急ブレーキを踏む。

こんな時、ストップエマージェンシーシステムは作動しない。


腰の辺りに鉄の圧迫感。

「あ」

いけない。

下手したら死ぬ。

 

彼が慌てて駆け寄り、僕の体を車に対して平行にした。


圧迫感が、軽くなる。


彼はドライバーに頭を下げた。


慌ててドライバーは車を寄せて降りて来る。

「すみませんケガは」


彼は手を振った。

「いえ、私が悪いので。

 口論して、彼がフラッと道路に向かって…危ないところでした。

 車にキズはありませんか?」


加害者にされた被害者は、人が良かった。

もちろんそういう人を狙ってぶつかったのだけど。

「車はいいですが、彼の体は」


彼は、車の主に頭を下げて、僕を覗き込む。

「いえ、こちらが悪いので。

 大丈夫?どこか痛い?

 ごめんね、私が言い過ぎた」


茶番だな。

通用するのかな。


僕は彼の胸を押し返した。

「だい、じょうぶだから、離して。

 もういい」


「だからごめんって。私が言い過ぎた。

 どこか痛いところない?

 病院行こう?」


「いい」


「良くありませんよ、行ってください」

ドライバーは名刺を出す。


わあ、こんなんで治療費ふんだくれるの。

ちょろいな。


彼は不安そうに僕を覗き込む。

「保険証、切れてるって言ってなかったっけ」


まだ続けるのですか?茶番を。

仕方ない。

付き合いますか。

「だから、このくらいで病院なんかかかりません」


車の主が、慌てる。

「事故は保険で対応出来ますから。

 病院行ってください」


僕は車の主を見上げる。

「僕が病院へ行ったら、あなたが罪に問われます。僕が、いきなり道に飛び出した。悪いのは僕です」


車の主は、戸惑って顎に指を当てた。

「あ、車に乗れなくなるのは、仕事に困るな。

 えと、示談で良いですか?

 レントゲンとか、CTとか、保険証無しで撮ったら、2万くらい?念のため、3万お渡しします。足りなければ、連絡下さい」


うわぁチョロ。

3万。

いいですよー。

しばらく寝床に困りません。


僕は頭を下げた。

「名刺はお返しします。

 そもそもいきなり道に出た私が悪いんです。

 こんなに頂いたら充分病院で診てもらえますから」


相手はこれ以上たかられる可能性がなくなりホッとする。


「すみません。

 おケガお大事になさってください」


僕は、もう行ってください、と手のひらを道路へ向けた。


車が去る。



彼が僕を見た。

「これでいいの?」


「はい」

自分の身体で稼いだ金だ。

これでいい。


見返りのある金は嫌だ。

借りは作りたくない。


彼はため息をついた。

「私は好かないな。

 こんな自分の身体を傷付けてお金にするのは」


僕は斜めに彼を睨み付ける。

「私の身体を性的な意味で利用するのと、大して変わらないでしょう?」


彼は口ごもった。

「それは、そうだけれど。

 きみの身体がお金で買えると考えているわけではなくて。

 出来れば私を好いてくれるように…」


彼は困って一度口を閉ざす。

「その、私を好いてくれない人と接したことがないので、どうしたらいいか分からないのです」


…あなたを好きじゃない人なんてたくさんいるのでしょうけど、皆んな好きなフリをしなければいけなかったのでしょうね。

きっとあなたはそういう立場に立つ人だ。


彼は情け無い顔をして首を傾げた。

「どうやったら、きみは私を好いてくれるのでしょう」


そんなこと自分で考えろ。

僕は生きるに精一杯なんだよ。

あんたが把握出来ないくらい持ってる金が、僕は何より好きなんだ。


人は裏切るけど、金は裏切らないからね。


でも


何でも手に入りそうな彼が、途方に暮れているのは、また…ほだされそうになる。


僕は、彼の首に腕を回してその冷えた唇に口付けた。


唇を離した彼が、嬉しそうに微笑む。

「これはお礼ですか?

 だとしても、好きな子からキスされるのは、とても嬉しいです。私からもして良いですか?」


減るものでもなし、そんなもったいぶる気もないけど。


「また、会えたら

 その時に」


また会えたら

会いたい。


だって彼は、僕の欲しいものをくれる。


お金は他の人からでも取れるけど


彼は、僕に関心を持ってくれる。


それがたまらなく嬉しい。



腰の打ち身は、段々重くなりつつあった。

失敗したかもしれない。