母は子供から何かをもらう、というよりも、物質的に自分が気に入るものしか喜ばなかった。

 

 

私が小学生の頃、サンリオが流行っていた。

友達と自転車でサンリオショップによく行っていたのだが、5年生くらいに母の日にサンリオの基礎化粧品セットをお小遣いで買って母にあげた。

 

 

母は一応貰ってくれたが、こんなのつけられるわけないじゃないねぇ、とせせら笑っていてとても傷ついたのを覚えている。

その後もう少し大きくなってカーネーションをあげた時も、花じゃお腹いっぱいにならないもんねぇ、と面と向かって言われた。

その時はもう傷つくとかもう慣れすぎていて、ああ、もう花を贈るのはやめるわ、とだけ言ったように思う。

それでも毎年プレゼントをあげていたのは、あげないと余計面倒で大変なことが起こるからであって、母にいつもありがとう、と感謝の気持ちで贈ったことは一度もない。

 

 

母はいつだって、面倒で大変で恐怖の元だった。

いつも逃れたいという気持ちでいっぱいだった。

 

 

母はいつでも、父がだめだからお前しかいない、と重い重い愛情というよりは依存を押し付けてきていた。

子供を愛さない親はいないだとか、子供には無償の愛が注げる、とか話すのだが耳に入らないというか、鼻で笑ってしまうほどだった。

なぜなら母はいつだって子供より自分だった。私は私のために母が犠牲になっていることなんて何一つないと思っていたのだ。(大人になって犠牲になっていたことはあったんだということを知るのだがそれまでは分からなかった)

母はそういう情動的なことが大好きで、昼メロみたいなセリフをよく言った。

言動が伴っていないのでだいたいちゃんちゃらおかしいと思っていたが。

 

 

母はいまだに依存体質である。

依存されるのが嫌であまり近づきすぎないようにしている。

大人になった今、母の分析も出来るようになってきたのでまた別に書こうと思う