キョーコが自分の身に起きたその異変に気付いたのは次の日の朝の事だった。
「社さん、頭のそれ……」
キョーコは思わずそう呟いてしまっていた。
事務所の稼ぎ頭たる先輩は撮影で海外へ。あいつは慣れてるからひとりでも大丈夫。キョーコちゃんが食事の記録撮影まで約束してくれたからねぇ〜いやぁ、ほんっとなんの心配もないよ!食生活が杜撰過ぎる俳優にきっちりと枷を嵌める事が出来たとにんまりとしていたマネージャーは、朝イチかはキョーコの仕事の送迎にとマンションへ車で迎えに来てくれたのだった。
「おはよう。キョーコちゃん」いつも通りに後部座席への乗り込んだキョーコへと振り向きながらにっこりと柔らかく笑ってみせてくれたマネージャーの頭の上に、それ、はあった。
何と形容したものか……細く長い四角いバーのような物体。全体の2割程までピンク色で満たされたそれ。
どこかで見たような……?と、キョーコが記憶を手繰れば思い浮かんだのは、京都の旅館へとあずけられていた幼少期にあの腐れ縁な幼なじみが夢中になっているのを後ろから応援していた敵をばっさばっさと斬り伏せてゆくゲーム画面で見たものによく似ているような……
「え?寝ぐせでも付いてる?」
担当する芸能人のイメージに直結するかもしれないからと身だしなみにも気を使っているマネージャー。彼愛用の薄手のゴム手袋をつけた手がルームミラーの角度を変え、自らの顔を映す。だが、社の目にはゲージのようなものなど見えていないかのように驚きも少しの動揺もなく、確認するみたいにそのナチュラルブラウンな髪を撫で付ける。
何度もその社の手が謎のゲージのようなものへと触れるのに、ぬるりとそこにそんな存在などないかのように通り過ぎる指と何事もなかったみたいにそこにある、それ。いったいそれが何を示しているのかはさっぱりと不明なままで……
ぱちぱちと心底不思議そうに瞬きを繰り返すキョーコへと、こてんと小首を傾げてみせたマネージャー。
まぁ、キョーコちゃんの行動が時おり突飛で不可思議なのはいつものことか……なんてキョーコが聞いたら拗ねてしまいそうな事で自分を納得させると本女優兼タレントである京子の本日のスケジュールを無事に熟すべく、車のハンドルを握ったのだった。
 
 
 
 
本当に何なんだろう、これ?
 
 
 
 
メニューにおすすめだと書かれていた果実酒のサワーのグラスを前に、キョーコは半ばぼんやりと疑問に思っていた。
謎のゲージみたいなものが、唐突に見えるようになってから4日。
あちらへこちらへと移動も多く人に会う事も多い芸能人なお仕事をこなしながらも観察を重ね、少しだけ分かってきた。
どうやらキョーコにしか見えていないそれは、マネージャーだけでなくキョーコが出会う老若男女を問わずな全ての人の頭の上にあった。子役な赤ちゃんにまで空っぽなゲージが見えた時はその徹底っぷりに笑ってしまいたくさえなったものだ。
どうせ見えるようになるんだったらこんな謎ゲージじゃなくって、もっとほらこう……妖精さんとか精霊さんとかさぁ……。
二十歳をむかえてさえ衰えぬメルヘン思考なところのあるキョーコ。対外的ににっこりと笑顔を貼り付けながらも心の中で不貞腐れるみたいにぼやきながら、くぴりとグラスの中のアルコールを飲み込む。
だって仕方がないじゃないか。
唐突にキョーコにだけ、見えるようになったゲージ。多い少ないひとそれぞれなそれが、その人のなにを示しているのか?
ゲームでありがちなHPな体力?それともMPな魔力……はないから、気力?からお腹の空き具合?なんてキョーコなりに仮説を立てて観察してみれど取り立てて大きな変動があるでもなし……どれもこれもどうにも違うようで。
いっそキョーコ自身のゲージが見えればいろいろ実験なり出来そうなものだが、残念ながら鏡を見てもキョーコには自分のゲージは見えなくて。
どこかの抱かれたい男NO.1なお方の妖精DNAじゃないけど、私にもとうとう何かの特別な力がっ!?なーんて密かにワクワクした分だけに……不明な謎ゲージになんだかがっかりなキョーコなのである。
「京子ちゃーん、聞いてよーぅ!!」
そんなひとり悩めるキョーコを置き去り気味に、きゃいきゃいと盛り上がってあるアルコールの席。
キョーコの腕に絡み付くみたいに腕を回しているのは、泥中の蓮の紅葉からファンなのだと熱烈に語ってくれていたモデル。お酒に弱い方なだろうか、その頬は赤く染まっている。
今宵のこれはとあるトーク番組の、それも2時間の特別編成でゲストは女性オンリーな打ち上げで。やはりその参加者も圧倒的なまでに女性が多く、キョーコのマネージャーなどの男性陣はちまっと隅っこな別テーブルに追いやられていた。
キョーコのテーブルにも女優からタレントにモデルと、見事に全部が女の子でもはや女子会のようだ。
そして、やはりそんな席で花が開くのは恋バナ、それも少々お酒の勢いでの赤裸々なものなようで……
「私、彼氏出来ちゃったんですよーぅ!」
なんて、ほにゃりと惚気全開な感じで嬉しげにタレントが笑ったかと思えば、である。
「あー私、恋人は当分いらないけど……男は欲しいわ。」
最近恋人と別れたのだというグラビアアイドルがそんなキョーコが首を傾げてしまうようなセリフを口にすると、はぁっとあだっぽくもため息を吐いてみせた。
チラッと、そんなグラビアアイドルな彼女の頭の上へと目をやったキョーコは驚いた。彼女のゲージの8割方がピンク色で、今もじわりじわりと増量していたのだからだ。
え?なんで?どうして??いや、でももしかしてこれってゲージの謎が解明出来るチャンスかも!?と、キョーコの意識は件のグラビアアイドルの話題へと集中してゆく。
 
 
 
……………………そして、キョーコは唐突に見えるようになったそのゲージがその人の何を示しているのか?な謎の答えとして、とある仮説へと辿り着く。
辿り着いてしまった。
離れた席に座ったマネージャーが心配する程に、がくりと深く深く項垂れたキョーコ。心の底からこう思ったのだとか。
 
 
 
 
 
 
こんなっ…………こんな、能力いりませーーーん!!!
 
 
 
 
 
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謎ゲージの解明まで到達出来ませんでした。
_:(´ཀ`」 ∠):
あと、蓮くん出てこないねー!笑



次回、仮説は確信へ。蓮くんの出番はあるのか!?

 

↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 
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