新年の祝いにはしゃぐようだった雰囲気がそろそろと落ち着き、いつもと変わらぬ日常へと戻りはじめた頃だった。
車の窓ガラスの向こう側には、冬の冷たく済んだ空気に眠らない街の夜の騒めきが煌めいて流れて消えてゆくのをキョーコは見ていた。
弾んでいた会話が途切れ、車内に満たされた沈黙。
けれど、それは決して気まずいものではなくほわりとあたたかいような……キョーコにとって宝物のような時間だったのに。
 
 
 
 
マネージメントする側からすれば完璧に近いだろう敦賀蓮という俳優の唯一の問題点。
その杜撰なる食生活問題の改善に向けて……なのか、同じくキョーコも担当してくれている有能なるマネージャーはキョーコへそんな蓮の食育問題児っぷりを、嬉々としてせっせとこまめに告げ口のように報告するようになっていた。
そう、例えばロケの宿泊先の朝食のバイキングでちまっとした小皿にサラダとコーヒーしか食べやしなかっただとか、ロケ弁の油の匂いにやられて隠し持ってやがったなんちゃらインゼリーで昼食を終わらせていただとか、そんな事を。
こと蓮の食欲中枢に関してはこれっぽっちも信用など出来ないキョーコ。そうなるとキッと鋭い目付きのお説教モードへと変貌してしまうのである。
神が寵愛したであろう美しい骨格と筋肉のバランスを維持する為にも!バランスの良い3食の食事の大切さを蓮へと切々とキョーコが訴えていると……しゅんと大人しくキョーコからの苦言を頂戴していた男は言うのだ。
「最上さんと一緒なら、ちゃんと食べるよ?」
と。キュン殺するおつもりですか!?とキョーコが内心ゴロゴロと身悶えしてしまうような、伺うような強請るようなあざといがまでに愛らしい表情でもって。
こうなればもう軍配がどちらへとあがるのかなど火を見るよりも明らかだ。
そして、自称素うどんなキョーコとは違い、何処までも華やかで人の目を引き目立つ美貌の男。簡単に食事と口にしてもだ、目に付いたお店へ飛び込みで……とは、なかなかいかないものなので。
はぁっと、小さく息を吐き出してお説教の終わらせたキョーコは
「簡単なものでよろしければ、お作りしますけど……」
と、蓮の自宅にて腕をふるう提案を口にする。途端に「ありがとう、嬉しいな。」とそう言って笑う蓮の笑顔の輝きの眩しさに目を細めながら、キョーコは必死にほにょりと綻んでしまいそうな唇を引き締めるのだった。
蓮へと恋愛という毒感情を抱いていない後輩を演じ抜く為に。
そんなやり取りが何度か繰り返されて。
あの心臓に悪いような高級スーパーでのお買い物や、蓮の家の台所に立つ事もふたりで並んで食事をする事にも……食事作りのお礼にと淹れてもらった香りの良いコーヒーの味とほわりとしたそんな時間にも、キョーコは慣れてしまっていた。
抑制しなくてはいけないと……惹かれ過ぎるてこの気持ちが育ち過ぎると、いずれ辛くなる。
そう自分で解っていた筈なのに。
それどころか、その夜、キョーコは蓮に車で家へと送ってもらいながら考えてしまっていたのだ。
これってなんだか……似てると。
キョーコが今撮っているドラマ。その中で描かれている主演たちの恋愛模様。その中で最近撮られたひとコマのシーンと、似ていると。
恋人の家へと行って食事を作ったり映画を一緒に見たりな、所謂……おうちデートってやつにだ。
ないないないないっ!!あり得ないですからっ!!と、誰に聞かれた訳でもないのに脳内にてひとり必死に否定を繰り返すキョーコ。
頬が熱いのが自分でも自覚出来てしまって、マネージャーが車の運転免許を習得してからはレアとなったせっかくの運転する蓮から顔を背けるように窓ガラスの外へと視線を投げるふりをする。
赤く染まった頬と緩んだ顔を蓮から隠して。
窓ガラスの反射に、キョーコの言うところのマヌケ顔である恋する乙女なその表情が映り込んでしまっている事にも、そして、そんなキョーコをじっと見る蓮の目にも気付きもせずに。
エンジンが回転数を落とし、ゆっくりと車が停車する。
いつの間か、蓮がキョーコを送って下ろすいつもの場所へと着いていた。
キョーコ送ってもらった礼を告げようと蓮へと振り返り顔をあげた。
キョーコの視線の先にいたのは……いつものやわらかな笑みを浮かべる蓮と違った、酷く真剣な顔をした男。
秀麗なその美貌に前髪が黒い影を落とす。
キョーコを見つめるその黒い瞳に絡め取られたかのように、キョーコは目もそらせず声すら出せないでいた。
燃えるような強い瞳でキョーコだけを見つめたまま、蓮は囁くように告げたのだ。
 
 
 
 
「最上さんは……いつになったらラブミー部を卒業してくれるんだろうか。」
 
 
 
 
ドクリと大きく、心臓が震える音が耳のすぐ近くで聞こえているかのようだった。
頭の中は真っ白で、キョーコは蓮のその言葉に……どう返事を返したのかも、覚えてはいない。
 
 
 
 
✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄ฺ----✄
 
 
| 壁 |д・)……ここで蓮くんが告白してりゃ話の展開は変わってくるのにな。
はてさて?
 
 
 
次回、盗み聞く秘密
 
 
 
 

↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。

 


web拍手 by FC2