それは時に、少しの怯えた色を滲ませて、縋るように寂しげな色を湛えて。
いつからだっただろう?
ありありと、拒絶と恐怖に染まって、涙に濡れていても……
思えば、きっとあの最初にひと目見た時からだったかもしれない。
蓮は、キョーコの瞳に深く惹きつけられ、心を囚われてしまっていたのだろう。





「キョーコちゃんを閉じ込めて……泣かせて、嫌われて」
逸らすことなくまっすぐにキョーコを見つめながら、淡々と蓮の誡告が続けられる。
キョーコの抵抗など易々と抑え組み敷いていた強靭な腕と白衣の上からでも解るしなやかな体躯。なのに、キョーコには今はそれらも酷く頼りなく思えた。
今も、さっきまでひとりで残されていた時も、ワザとなのだろう、ガラス戸のクレセント錠は降ろされたままで、この部屋と外を繋ぐ扉は薄く開いたまま。その扉とキョーコを繋ぐ直線上を遮らないように位置取られた蓮の座る椅子。
まるで、キョーコの逃走経路を幾筋にも示しているみたいに。
例え、今からキョーコが外へ助けを求め、蓮のした事総てを明るみに晒し糾弾しようとも、キョーコからのどんな咎めも受ける覚悟なのだろうと示唆していた。
「怨まれてでも……キョーコちゃんを繋ぎ止める何かに、なりたかった。」
懺悔のように吐き出された低い声。
「繋ぎ……止める?」
思わずにキョーコの唇から溢れた疑問。それに、少しだけ眉を下げた蓮が答えた。
「キョーコちゃんがこの病院に運び込まれたあの日、意識を取り戻して目を開けた時にね……キョーコちゃん、がっかりしたって瞳をしていたんだ。」
見慣れぬ病室の景色を訝しむでも不安に揺れるでもなく、目が覚めたその事実にただ、落胆していたキョーコの瞳。
まるで2度と目が覚めなければ良いと、そう望んでいたかのように。





ザバッと、頭の上から降り注ぐ埃くさい冷たい水とそれを追うみたいに降って来たバケツ。階段の上から落とされたそれは重力に従ってキョーコの頭に強かにぶつかった。
「ショーに馴れ馴れしくしないで!あんたなんて地味で冴えない……親にも捨てられた出来損ないの癖にっ!!」
衝撃と側頭部に走る痛みにグラついたキョーコを、更に叩きのめすように投げ付けられたクラスメイトの女子の声。
走り去って行った足音。痛みに顔をしかめながらのろのろと、落とされたバケツを拾い上げ現状の後片付けをしないとなんて、キョーコが考えていたその時
「あ?なんだ、びしょ濡れじゃねぇか……」
偶然、通りかかったのであろうキョーコの幼馴染み。
「えへへ……転んじゃった。」
無理矢理に笑ってみせたキョーコ。
どんな転び方をすればここまで頭から水を被れるというのか?だけど
「チッ、どんくせえな。片しとけよ。」
眉を寄せたショーはそう吐き捨ててキョーコへ背中を向ける。
頭が痛い。水に濡れた制服が肌に張り付いて気持ちが悪い。誰もそばにいてくれないのは寂しい。投げ付けられた言葉が胸に痛い。
思いっきり泣いてしまいたい。
震えるキョーコの唇が動く
「ショーちゃん…………たすけて」
小さな小さな、微か過ぎる程に小さなキョーコのその声。
ミュージシャンを目指す幼馴染みの耳に届いたのだろうか、振り向いてくれた。
けれど、向けられた煩わしそうな瞳に慌てるようにキョーコは何でもないと首を左右に振ってみせた。
そして、キョーコの王子様はそのまま行ってしまったのだった。
大丈夫か?と尋ねてくれる一言でもあったなら、きっとキョーコはまたショーの為に何でも出来たかもしれない。幼き頃から積み重ねたようにまた、ひたむきに夢を見て、がんばれただろう。
だけど、キョーコは疲れ切ってしまっていた。
冷たい小雨の中、ずぶ濡れに近いまま帰り着いた自宅。母親の気配もなくひっそりと静まり返った玄関先から動くことも出来ないで、ボンヤリと座り込んでしまったキョーコ。
頭がガンガンと痛む、身体が冷たい。お風呂に入って暖まらないと……テストが近いんだから、勉強もしないといけないし。
キョーコの頭ではそう考えるのだけど……心で、仄暗く寂しい声がする。
お風呂?どうせ明日にはまた、ゴミかバケツの水が降ってくるのに?テストの勉強?何度100点取ったってお母さんは私を褒めてもくれないし、家に帰って来てくれもしないのに?
嘲笑うみたいに語りかけるキョーコの心の声に、引き込まれるみたいにその場にぺたりと倒れたまま微動だに出来ないでいたキョーコ。
もとより風邪気味だったキョーコは、その一晩で更に体調の悪化を招き、それでもヨロヨロと重たい身体を引き摺るように登校しようとしていた道中で、プツリと糸が途切れて暗闇に落ちるみたいに意識を失ったのだ。
もう……このまま目が覚めなくても……もう、いい。そんなことを思いながら。





蓮は何よりも深く耐えようもなく、恐れていた。
ただ、キョーコを失ってしまわない為に、その為になら……
それが、蓮をこの罪過へと駆り立てた動機だった。




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暗いー。あんまり話、進んでなぁーい!!
(´・ω(´・ω・(´・ω・`)・ω・`)ω・`)



もしも、キョコさんの幼少期に妖精コーンとの出会いと思い出という救いと心の支えのないままだったら……
そんな感じの世界観です。




↓拍手のキリ番っぽいのを叩いちゃった方は、なにやらリクエストしていただくと猫木が大喜利的にぽちぽちと何か書くやもしれませぬ。


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