ウルタールの路地裏から。 -20ページ目

[東方SS]道具屋のリトル・リトル・エンジニア

 

僕は目の前の状況に一つ、ため息をついた。


 もっとも、これはそう珍しいことではない。
 僕の経営する道具屋──香霖堂には、日夜、魔理沙や霊夢といった顔馴染みの少女たちが押し掛けてきては、ちょっとした騒ぎを起こしていく事がしばしばあるからだ。営業中の店に堂々と居座ったり、代金を踏み倒したり、奇妙なものを押しつけられたりと……事例を数え出せば枚挙に暇がない。
 そういうわけで、とにかく僕の悩みのタネは尽きないということだ。
 しかし今日はまた違った原因が僕を悩ませていた。
 僕はまた、ため息を一つつくと目の前のがらくた山……おっと、『一応は』、売り物の山を見上げる。
 ただし首をあげるのもおっくうなので、カウンターに頬杖をついたまま、目だけを動かしてだ。
 燭台の光に照らされたそれは天井を着きかねない程の高さ。よくもここまで集めたものだなと我ながら感心し……同時にそれが現在の問題を起こしていることに軽く嘆息する。物が集まるところには自然と他の物も集まる。そんなこの世の縁起には誰にも逆らえないということだろうか。
 散漫にしていた視線を眼前の山の一角に集中させる。
 ここに積まれているのは主に博麗神社近辺で拾ったり、魔理沙に秘密で集めさせたりした外の世界の品物たちだ。
そして、ここにはその中でもとりわけ『コンピュータ』というらしい部類の物やそれに準ずる構造の物ばかり集められていた。金属性やら合成樹脂性やら、大きい物に小さいもの、形は箱型が多いが……人型やよく分からない形状の物も多い。これらはどうやら特定の条件を与えることで起動して、持ち主に代わって様々な事を行ってくれる式、もしくはからくりのようなものなのだそうだ。だがいかんせん、例の如く用途と名前は分かっても、使い方が分からないものだらけだった。
 これらもストーブ等のようにもう少し分かりやすかったり、裏面に使い方が書いてあったりすればよいのだが。
 僕は時折自分の能力を恨めしくも思う。
 先天性のもの故誰に文句を言うでもないが、どうせなら使い道まで分かるようにならなかったのだろうか。
 そんなことをぼんやりと思いながら、僕は見上げるようにしていた山から少しづつ視線を落としていく。
 ゆっくり、ゆっくりと。
 そしてようやく、山の『ふもと』でごそごそと動く小さな影に目をやった。これこそが今回僕にため息をつかせる、事の元凶なのだ。
 まず目にはいるのは背にしょった緑色のリュックサック。それは持ち主の体に不釣り合いなほどに大きな上、なにが入っているのかパンパンに膨らんでいた。
 その様はまるで甲羅である。
「ふんふんふん~♪」 
 そして、その甲羅の向こうから聞こえてくるのはのんきな鼻歌。
 こちらの気など知らず、いい気なものだ。
 鼻歌の主は先ほどからこの品物の山を漁っては興味を引く物を掴みあげ、しげしげと観察している。
 そして気に入った物があると、カウンターの奥に座る僕に向かってふいっと振り向いて、聞いてくるのだ。
「ねぇねぇ、これって何だい?」
 頭の両側で結んだ青い髪が、流水のようにふわっと流れた。
 それに続いて、人なつっこい声と笑顔が僕に浴びせかけられてくる。
「いろんなボタンがついてて、見たところ何かの端末みたいなんだけどさ……」
 目を輝かせながら品物を分析しているのは一人の少女。
 そして注目すべきはその服装だ。
 至る所にポケットのついた青い服を着込み、緑色の帽子を被っているのはとある種族の証。そう、彼女は山のエンジニアである河童の一人だった。
 その名を、河城にとりと云う。
 彼女がここにいるのは……他でもない、魔理沙の仕業だ。
 今朝も魔理沙はいつものように堂々と上がり込んできた。それも開店時間外の早朝にだ。
 まぁ「客だ」と言い張る以上無碍には出来ないのだが──今日は、その後ろに珍しい姿が見えていた。
 それがこの河城にとりだった。
 彼女は魔理沙の影に身を隠しながら、きょろきょろと店内を見回す。
 そして僕に目が合うと、
「ひゅい!?」
 と妙な声を出して引っ込んだ。
 僕がそんな彼女の奇妙な挙動に首を傾げていると、盾にされている魔理沙が頬をかきながら説明を始めた。
 事の始まりは昨夜。
 妖怪の山の川辺にて二人で酒盛りをしていたところ、香霖堂が話題にあがった。そして魔理沙はそこに集まる外の物を含めた品物の数々について、にとりにあれこれ話したらしい。
 そうして疼くのはエンジニアの性か。
 にとりは話を聞くうちに、そこに何か面白いメカがあるかもしれないという興味を抑えきれなくなっていた。
 しかしここで問題が一つ。
 何でも彼女は極度の人見知りらしく、人と顔を合わせるのが苦手らしい。
 道具屋に興味を持ったのはいいが、人と会うのは怖い。
 そこで案内をかねて魔理沙が一緒に来た──というわけなのだという。
 うん、友達思いのいい奴だ。
 少なくとも僕は、『そのときは』そう思っていた。


 そして今はどうかと言うと……


「ささ、ちゃっちゃと名前と用途を教えとくれよ」 
 人見知りはどこへやら。
 にとりは大きな態度で品物を突き出し、屈託のない笑みを浮かべていた。
 そして魔理沙の姿はどこにもない。 
 そう。
 逃げたのだ。
 あのとき僕は「そういうことなら」と、早朝にも関わらず店を開けた。魔理沙の行動に素直に感心していたし、その友達のためならと軽い気持ちで引き受けていた。
 するとにとりはぺこりと頭を下げ、とてとてと店の奥に入っていく。
 僕は淹れたばかりのコーヒーを片手に、そんな彼女を眺めていた。
 店に入って最初のときは、僕の視線が気になるのかしきりにこちらを向いてびくびくしていたにとりだったが……一刻もすると慣れたようで、目に付いた品物を手にとってはしげしげと観察し、しきりに聞いてくるようになっていた。
 品物に興味を持ってもらえるというのは道具屋冥利に尽きると言うもの。その上彼女は、魔理沙や霊夢が「長い」「ややこしい」「つまらん」と言う僕の解説や道具論にも目を輝かせながら耳を傾けてくれるということもあって、僕はすっかり気を良くしてしまっていた。
 そうこうしているうちに気づけば日は高くなり、店に出ている品物はあらかた漁り尽くされてしまった。しかし、彼女の興味はいまだに尽きない。そしてとうとう、僕は彼女の熱意に押されて店の最奥、倉庫の扉を開いてしまったのだ。
 今思うと、それは地獄の窯の蓋だったのかもしれない。
 まぁ開いたのは僕自身で、自業自得といえなくもないのだが……。
 にとりは突撃兵さながらに倉庫に駆け込むと、あっと言う間にその中をひっくり返し、大量の品物を抱えて出てきた。それだけに飽きたらず、また駆け込んでは出てきて、駆け込んでは出てきて……それを幾度となく繰り返し、気づけばこの有様。
 その間にせっかく昇った太陽は沈み、代わりに月が昇り……魔理沙は「ねむいぜ、任せた」と繋がりのよく分からない言葉を並べて帰ってしまっていた。
 そして残されたのは僕と、このにとりという河童の少女と、今日一日の成果である天高い鉄の山というわけだ。
 僕は過去に向けていた意識を戻し、再び目の前の山に目をやった。やはり山は天井に届きそうなほど高く積まれ、絶妙なバランスでその形を維持している。
 ここでこの山が崩れたら多分、翌日の天狗の新聞にこう見出しが書かれることだろう。
 『道具屋の惨劇!! 付喪神の襲撃か!?』
 それに続けて書かれるのは根も葉もない憶測まみれの記事。加えてなぜか魔理沙が白々しく事件についての見解を述べているような気もした。
 まぁ、道具に埋まって死ぬのは道具屋の本懐かもしれないが……生憎、僕はまだ長生きしたいと思っているし、天狗にネタを提供するつもりもない。
「ねぇコーリン! 無視しないでおくれよ~!」
「?……あ、あぁ……」
 頬を膨らませるにとりの声に、僕は意識を引き戻される。
 いけないいけない。どうにも考え始めると他に気が回らなくなるのは僕の悪い癖だ。
 しかし許してほしい。普通なら僕はもう店を閉めて寝ているはずの時間なのだ。こうくだらない思考でも巡らせていなければ瞼が重くてやってられないというわけで……。
 そんなことを思いながらも口には出さず、眼鏡をずらし軽く目をこすってから、僕はにとりに聞き返した。
「ごめんよ、何だい?」
 出来る限りさわやかに言ったつもりだが、にとりは納得がいかない様子。
「もぅ! だからこの品物について教えてって言ってるじゃん。 さっきから言ってるのにコーリンはぁ~」
 机によじ登る勢いで詰め寄ってくる。
 というか、気づけばにとりは僕を魔理沙と同じく『香霖』と呼んでいた。会ってまだ一日たたないのに、あだ名で呼び始めるとは……最初の人見知りからは想像もつかない程の慣れ慣れしさである。いや、むしろ人見知りだからこそ、だろうか。
「それは悪かったね……どれ、かしてごらん」
 まぁ、気にしてもしょうがない。
僕は気を取り直して件の品物を受け取ると、それに視線を走らせる。
 手のひらサイズのそれは薄い箱型で、材質は金属と合成樹脂の折半、側面や上部にいくつかのボタンや穴がついた形をしていた。
 そしてにとりは今や机の上に座って身を乗り出しながら、神妙な面もちで僕の答えを待っている。気になるのは分かるが降りてほしい。
「これは……『MDプレイヤー』、だね」
 僕は頭に浮かんだ名前を口にした。それと同時に用途も頭に流れ込んでくる。
「『MDプレイヤー』?」
 にとりはそれを興味津々といった様子で聞き返した。さらに身を乗り出し、食い入るように手元の『MDプレイヤー』に視線を寄せている。
「そうだ。そしてどうやら中にはたくさんの音楽がつまっているようだ……例のごとく、使い道は分からないのだけどね」
 説明を終えると、僕は苦笑いを浮かべて『MDプレイヤー』をにとりに返した。小さな手が僕の手から品物を受け取る。
「へぇ……中に音楽が入ってるんだぁ」
 彼女は受け取ったものを両手で大事そうに持ち、見つめていた。
「こんなに小さいのに……すごいなぁ」
 うっとりとした口調で呟き、頬をほころばせる。
 そして、しばらくそうしていたかと思うと突然僕に視線を向け、口を開いた。
「ね……ちょっと調べさせてもらっていいかな?」
 勝手に分解するのはさすがに気が引けるのか、ちょっと恥ずかしそうに言う。
「どうぞ」
「へへっ、ありがとう!」
 にとりは礼を述べると、身を翻して先ほどの山からいくつかのものを拾い上げ始めた。
「これは……違うかな。あ、これは使えそう」
 などとぶつぶつつぶやきながらあちこち歩き回っていたかと思うと、不意にこちらへ歩み寄ってカウンターにリュックを置き、
「よっと!」
 と一声。
 カウンターを乗り越えて直ぐに向きを変え、僕の膝の上に座った。
「え?」
 突然のことに思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、彼女は意にも介さず。リュックやポケットから工具を取り出して、先ほど山から拾ってきたものと一緒にカウンターに並べ始める。
「あの、にとりさん?」
「なんだい?」
「どうして膝の上に……?」
 服越しに柔らかく暖かい感触が僕の足にかかり、青色の髪から漂う甘い匂いが僕の鼻孔ををくすぐる。
 別に僕は『そういう趣味』を持つ訳ではないが、深夜の道具屋に二人、しかも眠くてろくに頭が働いていなかったということもあって、突然の行動にどぎまぎしてしまっていた。
 そんな状況でやや動転しながらも問いかける僕に、にとりは何のこともなく返す。
「床が散らかってるからね、作業をするにはここがいいんだ」
 言いながら、にとりは手元で『MDプレイヤー』をくるくると回していじり始める。そして何カ所かに目を止めると、ボタンを押してみたり、工具でつつき、少しづつ分解したり、何かを差し込んだりと色々試し始めた。急にぱかっと開いたときには少し驚いたようだが、その手は一瞬たりとも止まらず、せわしなく動いている。
 彼女が何をしているのか僕にはよくわからないが……その顔はとても楽しそうだった。
「そういうの、好きなのかい?」
 黙ってみているのも何なので、邪魔かと少し思いつつも聞いてみる。
 するとにとりは手を止めてこちらを振り向き、にぱっと笑顔を浮かべた。
「そうだね、大好きだ」
 僕はその笑顔をよく知っているような気がした。
 彼女は視線を机上に戻し、再び手を動かしながら続ける。
「どんな構造をしているのか、これがどう動いてどうなるのとかって、考えるだけで楽しいよ」
 ああ、そうか。
 僕は話を聞きながら、その既視感の答えに気づく。
「……天狗とか他の妖怪はめんどくさいって言うけどさ、ボタン一つの動きが大きな力になって……いろんな事が出来たりするのって、すごくロマンがあるじゃない?」
 この少女は一見自分勝手でめちゃくちゃに見えて、その根は驚くほど素直なのだ。
「それに、こういう道具には工夫の中に作った人の考えや魂がこもっててさ……そういうのに触れるのもおもしろいんだ」
 故に一つ興味を持つと周囲がどうだろうと止まらない突撃娘。極めるまでどこまでも学び続ける研究熱心な理系の努力家。
「言っちゃ何だけど人間って、私たち妖怪に比べると弱いじゃない? 巫女や魔理沙みたいな例外もいるけどさ。でも、その差を私たちじゃ思いつかないような工夫で補っちゃえるんだから、やっぱりすごいんだよねぇ……」


 
 そして━━



 にとりは言葉を区切って顔を上げ、呟く。
「だから私は……人間が好き、なのかな」
 少しだけ、ロマンチスト。



 似ている。
 どこかの誰かに。



 類は友を呼ぶと言うことか。
 そう思うと、途端に微笑ましく思えてきた。
「魔理沙はいい友達を持ったな」
 言って僕は、ぽん、とにとりの頭に手を乗せる。
 するとにとりは鼻の下を軽く人差し指でこすりながら、「えへへ」と、少し恥ずかしそうに小さく笑って見せた。
「まぁね。私と魔理沙は盟友以上の付き合いだから……あ、もちろんコーリンもだよ。友達の友達は私の友達だ」
 照れながら言うにとりに、僕は笑顔で返す。
「はは、それは光栄だね。まぁ僕が人間なのは半分だけなんだけど」
「種族は関係ないさ……っと、ああっ! 動いた!」
 不意ににとりが大声を上げた。
 突然のことに目をぱちくりさせながらも、僕は彼女の手元に目を向ける。そこでは『MDプレーヤー』が、小さな手の中で唸るような音を上げ始めていた。
 するとにとりは急いで先ほどいじくり回していた紐のようなものを取り出し、その端についた金属部分を穴に差し込む。そしてその反対側、途中で二つに分かれた紐の先端の片方、柔らかそうな材質のものに覆われた部分を僕に向かって突きだしてきた。
「これ、耳に入れてみて」
「?」
 にっと笑みを浮かべながら言うにとり。
 不思議に思いながらも、僕はその片っぽを耳に入れる。
 妙にソフトな耳栓を入れたような感覚。音も遮断されていなければ、何かが聞こえてくるわけでもない。
「これが一体……」
「いくよ」
 僕の問いにも答えず。にとりは紐のもう片方の端を耳につっこむと、紐の中頃にある機械をいじり始める。


 すると……


「おおっ……」
 思わず僕は驚きの声を洩らした。
 耳につっこんだ紐の先から、音楽が聞こえてくるのだ。
 それは聞いたことのない楽器で奏でられる、少しアップテンポな曲。その旋律に混じって良く知らない言葉で唄が紡がれていく。
 ふっと横を見ると、すぐ側ににとりの顔。
 そう長くもない紐の分かれた端を二人で使っているので、互いの顔と顔の距離ははえらく近くなっていた。
 目を閉じ、夢中で旋律に聴き入る少女の横顔。そこに浮かぶ柔らかな微笑みはあまりに愛らしくて、それはもう僕に彼女が今日一日この店を騒がせた元凶であることを忘れさせてしまいそうになるほどのものだった。
 いや、忘れてしまってもいいだろう。
 僕は道具屋だ。
 無論、食っていくために道具を売ることが仕事な訳だが、こうして道具の価値を理解し満足してもらえるのなら、それに勝る喜びはない。
 仕事と趣味の区別も付けない道楽人が何を言うかと思われるかもしれないが、これは本心だ。
 気づけばにとりは音楽を聴きながらもうつらうつらと船をこぎ始めていた。ようやくエネルギー切れといったところか。遊ぶだけ遊び回って力つきるように寝るのはまるで子供のようだ。
 僕はつい笑みを洩らす。
 もう少しもしないうちに彼女は眠りこけてしまうだろう。
 ……僕もいい加減眠くなってきたし、そろそろ眠るとしよう。
 だがあと少しだけ、この異邦の音楽とお騒がせ少女の寝顔を楽しませてもらいたい。



 今日一日、営業外で働いたのだ。


 
 これくらいの残業手当は、もらっても悪くはないだろう。


Fin