現地中国人は「中国にいるのと変わらない」

浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト

2024年08月10日

連日熱戦が繰り広げられているパリオリンピック。場外で存在感を放つのが、中国語の応援幕や中国企業の期間限定店舗だ。

五輪の集客力への期待がにじむが、現地の中国人からは「中国にいるのと変わらない」との声も漏れる。

ちいかわコラボの雑貨店も

パリ五輪開幕前日の7月25日(現地時間)、セーヌ川のほとりに赤と白の応援幕が出現した。

エッフェル塔を背にした“映える”応援幕には中国人選手を応援する漢詩が書かれている。仕掛けたのは日本でも知名度が高い中国雑貨チェーン名創優品(MINISO)だ。

同社は「ユニクロと無印良品とダイソーを足して3で割ったような」店構えと、日本語が書かれた商品、インテリアで日本企業を装い、中国内外に店舗を増やしていった。

日本ブランドを偽装する手法がネットで炎上した2022年に「脱日本化」を宣言し、かつてのような日本風味は薄れていた

一方で、今年は日本の漫画キャラクターの「ちいかわ」のコラボ商品が大ヒットするなど絶好調だ。

6月22日には、高級ブランド店が並ぶパリのシャンゼリゼ通りに旗艦店をオープンした。

約800平方メートルの店舗には、ちいかわのほかサンリオやディズニー、バービーなどの人気キャラクターのグッズが並ぶ。同社によると開店日の売り上げは海外店舗として過去最高を記録した。

中国は消費不況に陥っているが、名創優品の業績の2024年1~3月の売上高は前年同期比26%増の5億1570万ドル(約760億円)、牽引役は110市場2596店舗を展開する海外市場で、海外売上高は52.6%伸び1億6920万ドル(約250億円)に達した。

ヨーロッパ市場への期待は大きく、葉国富会長兼最高経営責任者(CEO)は「5年で欧州1000店舗」を目標に掲げる。同社にとってパリ五輪は野心を全世界に表明する格好の機会というわけだ。

ルーブル美術館近辺に、アートトイの新店舗

アートトイ(ミニフィギュア)を製造販売するPOP MARTも7月27日、ルーブル美術館と地下でつながったショッピングセンター「カルーセル・デュ・ルーヴル」に新店舗をオープンした。

ポップな商品を売りにしているが、店舗はルーブル美術館を意識し、フランス建築の要素を取り入れた。

POP MARTも日本にヒントを得て成長した企業だ。日本の玩具メーカーから仕入れて中国で販売した「Sonny Angel(ソニーエンジェル)」が大ヒットし、ガチャガチャとアートトイを組み合わせた現在のビジネスに転換した。

日本では東京と大阪に複数店舗を出店しており、海外店舗数は2024年7月で100店舗に達した。

ヨーロッパでは2022年1月のロンドンを皮切りに、イタリア、オランダにも進出している。フランスには2023年に1号店をオープン、ルーブル店は同国4店目だが、創業者の王寧CEOが開店セレモニーに駆けつけるなど、気合が入っている。

POP MARTは「ルーブル出店はヨーロッパ戦略における重要な店舗で、世界的な知名度と信頼性を高める一歩」と述べた。

中国で競争が激化しているティードリンクチェーンの期間限定店舗も相次ぎオープンし、中国人観光客、現地在住の中国人、そしてフランス人でにぎわっている。

高級路線の火付け役で、チーズティーをはやらせたHEYTEA(喜茶)は7月5日、若者でにぎわうパリの11区に8月15日までのポップアップストアをオープン、初日は1000杯、1万ユーロ(約160万円)を売り上げたという。同社は6月末時点でイギリス、アメリカ、オーストラリア、韓国、マレーシア、カナダに店舗を展開する。

「東洋のスタバ」もパリに

同22日には、雲南省昆明市で創業した覇王茶姫(CHAGEE)のポップアップストアがパリのターミナル駅であるサン=ラザール駅近くにオープンした。

中国テイストを前面に打ち出し、「東洋のスターバックス」を目指す同社は、パリの店舗も青磁器をイメージしたSNS映えする装飾を施して話題になっている。

同時に、アテネ五輪の陸上男子110メートルハードルで金メダルを獲得した中国の劉翔ら7人の著名アスリートを「健康大使団」に任命し、スポーツマーケティングも仕掛ける。覇王茶姫は海外に100店舗超を展開するが、マレーシアやシンガポールなど東南アジアに集中しており、ヨーロッパ開拓はこれからだ。

中国の小売り・外食企業が五輪期間に続々出店する狙いは大きく2つある。まず、パリを訪れた中国人旅行者や現地在住の中国人に訴求し、SNSなどで話題を生むことだ。

メディアの報道によると、パリ観光局はオリンピック・パラリンピック期間中に1530万人がパリを訪れると試算。ほとんどがフランス人で、外国人観光客は1割の150万人にとどまるが、中国人と日本人はかなり来ると見込まれている。

旅行データ分析会社ForwardKeysが五輪開催中の7月26日から8月11日までのパリを発着する国際線予約を分析したところ、日本と中国からの渡仏が最も伸びている。

中国のオンライン旅行会社シートリップ(携程)によると、五輪期間中のパリツアーの予約数は前年同期比114%増、パリのホテル予約数は同194%増えた。

もう1つの狙いは、名創優品とPOP MARTのリリースにあるように、ヨーロッパ市場への足掛かりだ。

両社ともすでにパリに進出済みだが、世界中が注目する時期にオープンすれば、大きな広告効果が見込める。

ブランドが乱立して価格競争が起きているティードリンクチェーンは、中国の自動車メーカーやカフェチェーンと同じく、海外展開に力を入れている。覇王茶姫は中国より海外市場を重視していることで知られる。

トヨタは撤退、中国企業のスポンサー増

パリ五輪では日本企業の活躍も報じられている。雨の開会式でも聖火が消えなかったトーチの燃焼部を製造したのは愛知県豊川市の新富士バーナー。エアウィーヴはオフィシャル寝具サポーターとして選手村に約1万6000床のマットレスを提供している。

日本企業は選手のパフォーマンスや大会の成功を支える存在として注目されているのに対し、中国企業はクラウドで配信をサポートするアリババクラウドのようなところはあるものの、全体としては大会に乗っかって自らの“映え”を狙っている感が強い。冒頭で紹介した名創優品の横断幕には「中国を後押しする」と書かれているが、むしろ自社が前に出て目立ちまくっている。

出場選手をアンバサダーに起用した中国企業の応援ポスターも街のあちこちに掲示され、現地で五輪運営を支援する中国人女性は「7月に入ってパリで中国語を見る機会が増えた。たまに中国にいるんじゃないか思うことがある」と笑った。

大会スポンサーの顔ぶれも、中国勢がじわりと増えている。

パリ五輪で国際オリンピック委員会(IOC)と契約した最高位のスポンサー「ワールドワイドオリンピックパートナー」は15社。中国企業は2017年に契約を締結したアリババグループと、コカ・コーラとジョイント契約して今大会から名を連ねる蒙牛乳業の2社。一方日本企業はトヨタ自動車、パナソニック、ブリヂストンの3社だ。

2015年に10年間の契約を締結したトヨタ自動車は、今大会を最後にスポンサー契約を更新しないと報道されている。ブリヂストンも今大会で契約満了となり、更新しない可能性がある。アリババは2028年、蒙牛乳業は2032年まで契約する。

中国メディアが「オリンピックの協賛に1億ドルを投じれば商品の認知度が3%上がるが、同じ規模の他の大会では認知度向上は1%にとどまる」と紹介するように、中国企業は五輪の宣伝効果に大きな期待を抱いていることがわかる。

最高位スポンサーは1業種1社が原則。トヨタ自動車が撤退した場合、その後に中国のEVメーカーが就くなんてシナリオもないとはいえない。