日本は「日中共同声明」を繰り返し説明せよ

劉 彦甫 : 東洋経済 記者

2024年08月08日

台湾は中華人民共和国の一部だとする「一つの中国」原則を国際社会で浸透させる動きを強める中国だが、そこには自信と焦りが垣間見える。日本はどう対応すべきか。

上川陽子外相は2024年8月2日の記者会見で、7月26日に行われた日中外相会談に関する中国側の発表は「内容が不正確だ」と同国に申し入れたことを明らかにした。問題となったのは台湾と半導体の対中規制に関する発表内容だ。

上川氏は7月、ラオスで中国の王毅・共産党政治局員兼外相と会談した。中国外交部はそこでの会談概要として上川氏が半導体の対中規制について「中国と建設的な意思疎通を保ち、適切に処理したい」と発言したとした。また台湾についても「『一つの中国』を堅持する立場はなんら変わらない」と上川氏が発言したと発表した。

中国は日本の立場を勝手に修正した

上川氏は会見で「中国側の発表は日本側の発言を正確に示すものではない」と不快感を示した。やはり重大視されるのは、対中政策の重要論点のひとつである台湾に対する日本政府の立場に関する発言について、中国側が勝手に修正した点だ。

外務省が公表した概要では半導体の対中規制について記載はないが、台湾問題については「台湾海峡の平和と安定の重要性につき改めて述べました」とある。会談時に上川氏は「わが国の台湾に関する立場は日中共同声明にある通りであり、この立場に変更はない」と従来の立場を述べたとされる。少なくとも日本側で政策変更がないにもかかわらず、勝手に日本の立場を修正して書かれたのは問題だろう。

中国は日本を含めた国際社会に「一つの中国」原則を受け入れるよう求めており、これが国際的なコンセンサスであることを主張し続けている。中国が世界に「一つの中国」原則で求める最も重要なポイントは「台湾は中華人民共和国の一部」を認めてもらうことで、中国側が「一つの中国」を使う際にはこの点が強く含意される。

これに対して日本政府は「日中共同声明の立場」とだけ説明する。外務省のホームページにある「よくある質問集」で掲載されている「台湾に関する日本の立場はどのようなものですか」という項目でも「台湾との関係に関する日本の基本的立場は、日中共同声明にあるとおり」と説明されている。

日本側の具体的な立場が何であるか理解しづらい説明ではあるが、日本政府としてのポイントは「一つの中国」原則をそのまま受け入れたわけではないということだ。だからこそ、中国側の今回の発表について正確性に欠けると申し入れをしたことになる。そもそも日中間は台湾に対する立場について50年以上にわたり玉虫色の合意で歩んできた。

1972年の日中共同声明の第3項には「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」とある。

日本政府にとって一義的には台湾が中華人民共和国の領土の一部だとする中国の立場に「理解し、尊重」はするが、「承認」といった完全な同意まではしていないことに力点がある。

ただ、日本はかつて台湾を植民地として支配していた旧宗主国であるだけに、日本の台湾に対する立場表明が「理解し、尊重」だけでは不十分だと中国は考えた。そこで日本が「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持」するという文言も加わった。

ポツダム宣言第8項には台湾を中華民国に返還するとしたカイロ宣言の履行が含まれている。1972年以降の日本にとっての中国は中華人民共和国が後継したものだと日本は承認している。

そのため、第3項は台湾が中華人民共和国に返還されることを日本は容認しているが、「理解し、尊重」としているように現時点では中華人民共和国の一部になっているとまではいえない立場をとっていると理解される。

中国は玉虫色の合意を明確化したい?

同様の玉虫色の合意は、米中間など中国とほかの西側諸国間にもある。アメリカは「台湾は中国の一部」という中国の立場を「認識する(acknowledge)」とした。またアメリカ議会は台湾関係法を制定し、台湾へ防衛用の兵器を売却し続けることや台湾住民の安全を脅かす武力行使やその他の強制的な方式に対して適切な行動をとるとしている。

日米をはじめとする西側諸国のこれらの立場は中国が主張する「一つの中国」原則を一定程度は認めるが、現状として中華人民共和国の統治は台湾に及んでいない前提で政策を決めていくという立場である。これらは一般に中国が主張する「一つの中国」原則と異なる「一つの中国」政策と呼ばれ、アメリカなどは実際に自国の台湾政策をそう呼称する。

中国としては「一つの中国」原則を完全に認めてもらえない不満がある。ただ、これらの構図が形成されていった1970年代前後は西側の経済協力が不可欠であった。そのうえアメリカによる圧倒的な軍事的抑止もあり、台湾を武力統一することは不可能に近かった。ゆえに「一つの中国」という言葉を相互に曖昧化することで齟齬を黙認する妥協を続けてきた。

ところが、近年中国はこの曖昧さに挑戦する動きを見せ、自国の立場を明確にして相手国への受け入れを求めるような事例が増えている。

とくに顕著なのが国連総会2758号決議の喧伝だ。同決議は1971年に開かれた第26回国連総会で採択されたもので、中華人民共和国が国連安全保障理事国の代表権を獲得し、「蔣介石の代表」を追放することを認めたものだ。中国はこれを「台湾は中華人民共和国の一部」だと国際社会が認めた根拠と主張する。

実際に日本に対しても同決議を根拠とする言動がみられる。2024年5月20日に台湾で新総統就任式が行われたのと同日、在日中国大使館は「台湾問題と中日関係」と題する座談会を主催。そこで呉江浩大使が「『一つの中国』という原則は国連2758号決議で確認され、国際関係の基本原則と国際社会の普遍的共通認識であり、すべての加盟国がそれを守る義務がある」と述べた。

ただ、中国側が主張するように2758号決議を根拠にすることができるかについては、専門家から否定的な見方が出る。『中国外交と台湾—「一つの中国」原則の起源』などの著書をもつ法政大学の福田円教授は2022年9月13日の『朝日新聞』への寄稿で同決議は「『一つの中国』原則の核心である『台湾は中華人民共和国の一部である』という含意はどこにもない」と指摘する。

日中共同声明の立場を繰り返し中国に説明せよ

「一つの中国」をめぐり中国と台湾、西側諸国は双方に齟齬や曖昧さを残してでも妥協してきた。しかし、中国が経済発展や軍事力の増強で実力をついてきたことで、それまでの妥協を可能にさせてきた日米など西側諸国による経済や軍事力による抑止という条件は成立しにくくなりつつある。

実際に中国は台湾に対しての軍事的な圧力や関係国への強硬な外交姿勢を示し、より明確に台湾に対する自国の主張を通そうとしている。自信の表れだろう。しかし、それが逆に西側諸国の警戒を招き、日米欧が台湾へのコミットメントを強化させる方向につなげてしまっている。

日米など西側諸国はなおも台湾独立は支持しておらず、「一つの中国」政策の枠内で情勢に応じて政策調整をしているにすぎない。だが、中国からすれば「一つの中国」が尊重されておらず台湾が事実上独立しているように振る舞っている許しがたい状況にみえる。

2758号決議の喧伝や7月末の日中外相会談のような勝手に相手国の発言を修正する強硬さをみせているのはむしろ自信というより台湾統一に逆に近付かない中国の焦りだろう。

現在の状況は、「一つの中国」をめぐる曖昧さをなくしていこうとする中国の挑戦に対し、西側諸国もいちいち応酬せざるを得ないという悪循環を生じさせているといえる。

曖昧さは台湾海峡の平和と安定という現状維持のための外交的な知恵であり、つねにその知恵に立ち戻らなければならない。中国が世界に対して強める「一つの中国」原則に関する主張や姿勢について対応するためにも、日本政府は冷静に日中共同声明の立場とその意味の重要さを中国に繰り返し説明し続けるしかない。