2028年こそ野党統一候補で民進党現職に挑戦か

小笠原 欣幸 : 台湾政治研究者、東京外国語大学名誉教授

2024年07月18日

当分選挙がない台湾だが、2028年総統選をめぐる駆け引きは始まっている。たびたび選挙結果の予想が的中し、分析力の高さから台湾で「選挙の神様」と称される政治学者が早くも見通しを示す。

今年1月に総統・立法委員選挙を終えた台湾ではしばらく選挙がない。2年後の2026年11月に統一地方選挙、そして3年半後の2028年1月が次の総統選挙だ。台湾の選挙を予測するには、選挙戦が始まってから見るのでは遅い。選挙が終わったときから次の選挙が始まる。どういう可能性があるのか常に「頭の体操」をしておくことが必要だ。

早すぎといわれるのを承知で2028年総統選挙を想像し、誰が候補者になりそうか、どのような動きをする可能性があるのかを考えてみたい。「可能性」が見えてくると、わかりにくい台湾政局の駆け引きも視界が開けてくる。

そもそも2028年は誰が出馬するのか?

民進党は現職の頼清徳総統が再選を目指す。これはよほどの事態がなければ変わらないだろう。よほどの事態というのは頼氏の支持率が極端に低迷し、同時に選挙が行われる立法委員(国会議員)の候補者らが「これでは戦えない」と悲鳴をあげる場合だ。

仮に頼氏ではダメだとなった場合に有力なのは副総統の蕭美琴氏だ。他に外相の林佳龍氏や高雄市長の陳其邁氏らがいる。

国民党の総統候補になる可能性がある人物として台湾メディアで名前が挙がっているのは、台中市長の盧秀燕(ろ・しゅうえん)氏、台北市長の蔣万安氏、立法院長(国会議長)の韓国瑜氏、立法院国民党議員団長(院内総務)の傅崐萁(ふー・こんき)氏、党主席の朱立倫氏らである。

筆者は盧秀燕氏が最有力だと観察している。まず「ママさん市長」として売り出しに成功し、市政の評価(満意度)も高い。台中市は北部の新北市に次いで人口が多く、台湾中部の南投県や彰化県と生活圏を形成し影響力も広くにわたる。

また、台中市は選挙のたびに勝利する政党が揺れる激戦地で、台中を制した候補が当選してきた。盧氏は2期8年を終えて出馬するので市長の任期を途中で投げ出すという批判も受けない。

さらに盧氏は対立をあおる発言が少なく、中台関係でも穏健な発言が多い。すでに選挙を意識して中道寄りのスタンスを打ち出している。5月の頼総統の就任式を国民党はボイコットしたが、盧氏は出席を表明した。党派を超えて出席するというスタンスは好感を呼び、台北市長と桃園市長も急遽出席に転じた。盧氏には賢い幕僚群もついている。

蔣万安氏を挙げる台湾メディアも少なくない。しかし、蔣氏は順調にいけば2026年に台北市長に再選される可能性が十分にある。2028年に出馬しようとすれば2016年に立候補した朱立倫氏(当時新北市長)、2020年の韓国瑜氏(同高雄市長)、2024年の侯友宜氏(同新北市長)が批判を浴びたのと同じく市長の任期の途中になる。蔣氏は賢明な判断をする人物なので2028年には出馬せず、任期満了後の2032年に照準を合わせるだろう。

韓国瑜氏は依然として韓ファンと呼ばれる熱心な支持者がいて待望論も根強いが、本人は立法院長に専念し、そこで名を残すことを優先するのではないか。ただし、出馬の可能性があるように見せておくことも本人が影響力を残すうえで重要だ。

国民党内で影響力大きくした親中派のある人物

傅崐萁氏は出馬の意欲がかなり強いと見られている。傅氏は台湾東部の花蓮県で強固な地盤を固めて「王国」を築き、一時国民党の公認を獲得せずに花蓮県長選に立候補したため同党から除籍されたこともある。国民党の主流からすれば非主流で、馬英九政権時に国民党幹事長を務めた金溥聰氏が傅氏と対立していたことはよく知られている。

にもかかわらず、その彼があっさり議員団長(党をまとめる実権を伴う)になれたことからして、すでに党内の影響力は大きい。傅氏は資金力が豊富だともいわれている。

傅氏は国民党の中でもかなり鮮明な親中派だ。中国の台湾統一工作が今後3年間に大きな成果を上げれば、傅氏に有利になるかもしれない。だが、そうでなければ傅氏が支持を広げるのは難しいのではないか。民進党からすると傅氏が国民党の候補になったほうが戦いやすい。「親中か、保台(台湾を守る)か」というわかりやすい争点を打ち出せるからだ。

朱立倫主席は党内にあった慎重論を退けて2021年に傅氏の国民党復帰を認めた。傅氏の推進力をうまく利用したい目論見だが、行き過ぎを抑える必要もある。舵取りが難しい。

朱氏はいろいろな可能性を考え、策を弄するタイプの政治家だ。傅氏が暴走して自爆するのを待つという考え方があるかもしれない。朱氏の狙いはその時に路線を中道に戻し、自分の出馬環境を整えることではないか。

盧氏が警戒すべきは党内の足の引っ張り合いだ。国民党の総統候補擁立は2016年から2024年まで3回連続で混乱に陥った。その混乱を回避するために、先に党主席選挙に出馬するという考え方もあるだろう。国民党がどのように一本化するのかは注目点だ。

第3勢力である台湾民衆党内では、2024年総統選で得票率26.5%と健闘した柯文哲主席が再度出馬を表明する可能性が最も高い。柯氏でなければ、それぞれ立法委員である黄国昌氏(党議員団長)と黄珊珊氏(2024年選挙で柯文哲選対本部の総幹事)のどちらかの可能性もあるが、どうしても柯氏が中心になるであろう。

しかし、民衆党は2大政党に比べて変数が多い。昨年の選挙戦で柯氏が党の公認候補に決まってから国民党との野党候補一本化(藍白合)の議論が起きたように、公認候補が決まってもそのまま投票日まで行くのか不透明感がある。

2028年に頼氏が総統再選に成功すれば民進党政権は16年続くことになる。これは台湾の有権者の感覚からすると、ものすごく長い時間となる。長期政権への飽きや抵抗感は2024年選挙より強くなるだろう。

米中は引き続き2028年選挙の変数

長期政権の忌避などの台湾の内政ロジックからすると頼氏にとって非常に厳しい選挙になる。だが、台湾の選挙には必ず中国がからむ。「野党に投票すれば統一が近づくのではないか」という疑念は消えないだろう。

中国共産党・習近平総書記の4期目入りがかかる共産党大会は2027年秋に予定されている。まさに2028年1月にある台湾総統選の選挙戦が盛り上がっている最中だ。中国の対台湾工作部門は頼氏再選の流れを防ぎたいと考え、台湾への日常的な圧力と選挙介入を強めるだろう。

台湾の主体性を重視する台湾アイデンティティが定着している台湾民意の構造から考えて、中国が4年後に台湾の世論を統一支持にもっていくのは無理だ。中国が大きな行動を起こせば逆効果となり頼政権の支持が高まる可能性がある。

ここまでは、選挙の争点も与野党の勢力図も2024年とあまり変わらない。一方、中国のやり方によっては台湾の有権者が「目先を変えたほうがよい」と思う可能性はある。その時のアメリカ大統領が誰で、どういう対台湾政策を打ち出しているのかも影響する。やはり米中の動向が2028年選挙の大きな変数となる。

2024年選挙は3候補の争いであったが、2028年選挙は野党連合が成立して1対1になる可能性がある。

台湾の選挙史を振り返ると、2000年総統選挙では国民党が分裂して連戦氏と宋楚瑜氏が争って、陳水扁氏が当選して初の政権交代につながった。2004年選挙では陳水扁総統の再選を阻止するため、分裂していた両者が手を組んで連宋ペアができた。2028年はその再現となる可能性がある。

統一候補ができない場合でも、野党支持者が勝てそうな候補に票を集中させる強烈な棄保(戦略的投票行動)が自発的に発生し、1対1に近い状況が生まれる可能性がある。野党支持者の間では「野党が割れて頼氏を勝たせた失敗を繰り返してはならない」という意識はかなり高い。候補一本化への期待は4年後にもっと強くなると考えられる。

野党連合のカギを握るのは民衆党になるだろう。1月の選挙は柯文哲氏が予想より善戦した。これは野党連合交渉の劇場政治を経て、柯氏が国民党とたもとを分かったことから民進党でも国民党でもない若者の支持を大挙得ることができたからだ。

だが、民衆党は選挙後の国会闘争で国民党との共闘を選択し、与党・民進党と激しく対決する道を選んだ。この結果、民衆党は国民党と連合する、あるいは国民党を助ける小党というイメージになった。民衆党は国会の与野党対立をプレイアップしすぎたため、第3勢力が埋没するという戦略的失敗を犯している。

仮に民衆党がもっとずる賢く国民党と民進党を対立させてデッドロックになったところでキャスティングボートを巧妙に使っていれば、あるいは国民党と組むのであればもっと時間をかけて法案の意義を説明していれば支持が拡大する可能性はあった。

民衆党はせっかちで戦闘的な黄国昌氏に引っ張られてチャンスを自らつぶしたのではないか。黄国昌氏はかつての小沢一郎氏に似ている。ものすごく有能で推進力も強いが、行く先々で摩擦も引き起こす。柯主席は今後軌道修正を試みるであろうが、一度ついたイメージを変えるのは簡単ではない。民衆党の当事者はこういう位置づけに強く反発するだろうが、どの世論調査を見ても選挙後に民衆党の支持は伸びていない。

2028年は予測が困難でかつてない緊張の激戦か

民衆党の支持が伸びないと仮定すると、柯主席としては手持ちのカードを増やして国民党と交渉をし、党の将来を確保することが重要になる。昨年はそうした発想で柯氏が一旦は野党連合を受け入れたが、党内から反発の声があがり反故にされた。だが次の選挙では民進党政権を倒すという大義名分が通りやすくなる。

柯氏は年齢的に次がラストチャンスだ。何をレガシーにするかの判断が必要になる。すると自分が創った民衆党を存続させることにこだわらざるを得ない。副総統といくつかの閣僚ポストを獲得できれば、若手中堅にポストを回し人材育成ができる。そしていくつかの選挙区で国民党を譲歩させれば戦いの場ができる。

きれいごとを言っていても始まらない。党が消えては元も子もないのだ。国民党にとっても、次はどうしても勝ちたいので両党間で取引が成立するチャンスがある。

これは台湾の民主主義体制の中での権力争いだ。野党が政権を取るため連合するのは海外でも珍しくない。しかし、台湾の場合は非常に複雑なことになる。中国は統一を妨げる最大の敵である民進党を何としても下野させたい。いろいろな手を使って野党連合を後押しするだろう。国民党も民衆党も現状維持を掲げて共産党主導の統一に反対しているが、民進党政権を下野させることでは中国の思惑と一致する。

2024年選挙は民進党の勝利が早い段階から予測可能であったが2028年はそうはいかない。米中の駆け引きがからんで2024年より緊張感が増す選挙になる。2028年総統選挙がこのような方向になるとしたら、その手前の2026年統一地方選挙はどう動く可能性があるだろうか?後編で地方選挙の見通しと柯文哲氏の役割にフォーカスしたい。