中国にも副作用が大きく、台湾も課題に要対応

伊藤 信悟 : 国際経済研究所主席研究員

2024年07月04日

強まる中国の「経済的威圧」に耐える台湾。短期的な影響は限定的だが、戦略的不可欠性の強化がカギだ。

台湾で民主進歩党(民進党)の頼清徳氏が総統に就任して、およそ1カ月半が経った。中国は頼総統を「台湾独立工作者」とみなし、「威圧」行為を続けている。5月23~24日には台湾周辺で大規模軍事演習が行われたが、それにとどまらない。「経済的威圧」も強まっている。

5月30日に中国国務院関税税則委員会はECFA(海峡両岸経済協力枠組み協定)の部分的停止対象を広げると発表。6月15日に実行に移した。

ECFAとは2010年に台湾の馬英九政権、中国の胡錦涛政権の下で締結された中台間の自由貿易協定(FTA)に相当する取り決めである。中国はそれに基づき539品目の台湾製品に対して、台湾は267品目の中国製品に対して関税をゼロとしてきた。

台湾への「威圧」で優遇関税停止する中国

しかし、中国政府は、2023年12月に約2500品目の中国製品に対する台湾の輸入規制がECFA違反であると断じ、2024年1月1日、12品目の台湾製石油化学製品に対してECFAに基づく優遇関税の適用を停止した。そして6月15日、新たに134品目の台湾製品についても優遇関税の適用を中国は止めた。

このようにECFAの部分的停止の理由を中国側は台湾側のECFA違反に求めている。しかし、台湾では台湾が中国の一部であるとする「一つの中国」原則を受け入れない民進党政権に対する「威圧」が本当の目的だとの見方が一般的である。

実際、中国商務部の報道官は5月30日の記者会見で「12品目に対するECFA停止後も民進党当局は大陸に対する貿易規制を一切取り消さず、逆に『台湾独立』・分裂といった誤った言論を盛んに宣伝し、両岸の対立と対抗を扇動し、ECFAの基礎を著しく破壊した」ことが134品目に対するECFA停止の背景にあると説明している。

頼政権に対する中国の「経済的威圧」は今後も続く公算が大きい。中国で対台湾政策を担う国務院台湾事務弁公室の報道官は6月12日に「ECFAは『92年コンセンサス』を共通の政治的基礎として署名・実施されたものであり」、「頼清徳当局が民意を顧慮せず、さらには多くの問題を作り出すならば、関係部門が関連規定に基づいて更なる措置をとることを支持する」と述べている。「92年コンセンサス」とは1992年に中台間で「一つの中国」を確認し合ったとする概念だ。

では、頼政権が「一つの中国」を前提とした「92年コンセンサス」を受け入れられるかといえば、それは難しい。頼政権が「中華民国と中華人民共和国は互いに隷属しない」と考えており、かつ、76.1%の台湾市民も頼総統の主権認識に同意しているからである(「美麗島民調:2024年4月国政民調」)。

今後も継続が見込まれる「経済的威圧」では何が行われる可能性があるのか。蔡政権期に多用されたのは、台湾産農水産物の輸入停止であった。しかし、すでに多くの代表的な農水産物が輸入停止扱いとなっているため、追加の余地は少ないと台湾では目されている。

実際、パイナップル、バンレイシ、レンブ、ハタ、柑橘類、冷凍アジ・太刀魚、酒類・飲料・加工食品、マンゴーといった代表的な台湾産農水産物が害虫・禁止薬物の検出、包装からの新型コロナウイルス検出、抗生物質・農薬の基準超過、登記手続きの不備などを理由に輸入を停止されている。

工業製品を「威圧」に使用か

それゆえ、今後は主に工業製品が「経済的威圧」のために使われるのではないかとの観測が台湾では広がっている。すでにその傾向は総統選挙前から現れている。例えば、上述のとおり、第1弾のECFA停止対象となったのは石油化学製品であるし、第2弾の対象となった134品目はいずれも工業製品である。具体的には、石油化学製品、化学繊維、鉄・非鉄金属、工作機械、自動車部品などである。

アンチダンピング課税の広がりを懸念する声もある。2023年8月にはポリカーボネートが暫定課税の対象となり、2024年4月には課税が確定したからである。また、頼総統就任の前日(5月19日)には、EU、アメリカ、日本、台湾製のポリアセタール樹脂に対するアンチダンピング調査開始を中国商務部が発表してもいる。

その他、重要物資の輸出規制、「台湾独立」支持企業に対する制裁に加え、中国による「懲罰的関税」をリスクシナリオとして指摘する識者もいる。「懲罰的関税」とは、特定の台湾製品に追加関税を課すというものだ。

また、特定の台湾製品の調達を手控えるように中国政府が指示を出すのではないかとの懸念も台湾の財界関係者等の間でささやかれている。なかでも、中国で過剰生産に陥っている製品や、国産化のメドが立ち、一段と中国企業の発展を促したいと中国政府が考えている製品が「懲罰的関税」や台湾製品の調達規制の対象になっていきはしないか、と懸念されている。

確かに、これらのリスクシナリオが現実のものとなり、「経済的威圧」が強化されていけば、台湾経済はマイナスの影響を免れえない。台湾の対中経済依存度は依然高い。台湾の輸出総額に占める中国・香港向け輸出のシェアは2020年の43.9%をピークに急落しているとはいっても、2024年1~5月現在、31.0%の水準にある。

中国が受ける副作用もより大きく

しかし、台湾への「経済的威圧」を強めれば強めるほど、中国が受ける副作用も大きくならざるをえない。中国政府が目指す「両岸の融合的発展」を通じた「平和的統一」が困難になったとのメッセージを内外に発してしまうことになるからである。中国の「武力統一」派を勢いづかせることにもなりかねない。

そうなれば、台湾企業はよりいっそうリスク回避的な行動をとり、貿易や投資の分散を図ることになるだろう。台湾の対中直接投資認可額は2010年の146億ドルをピークに2023年には30億ドルにまで減少しているが、一段と減りかねない。

また、欧米企業の中には、台湾に対する中国の「経済的威圧」を中台関係の政治的リスクのバロメーターとみなしている企業もある。それゆえ、中国が「経済的威圧」を強めれば、欧米企業が対中投資に一段と二の足を踏むようになる可能性がある。

それに加え、欧米企業が生産委託先の台湾企業に中国・台湾以外の第三国・地域への投資の分散を強めるよう促す恐れもある。IT産業を中心に受託生産を生業としている台湾企業は多い。重要な顧客から強く分散を迫られれば、親中的か否かにかかわらず、企業は対応せざるをえない。

加えて、先端ロジックIC(半導体)を中心に中国の半導体自給率はまだ低く、台湾からの輸入に多くを頼っている。中国IC輸入総額に占める台湾からの輸入のシェアは2017年の31.1%から2023年には38.5%に高まっている。

一方で台湾の対中・香港輸出総額に占める半導体のシェアは2023年現在59.4%に達している。「経済的威圧」が持つインパクトを高めようとすれば、台湾からの半導体輸入規制にも手を付ける必要があるが、中国経済にもたらされる副作用も大きなものにならざるをえない。

台湾は動揺しないが、課題も多い

以上から判断して、中国による「経済的威圧」の強化は漸進的なものにとどまる公算が大きい。また、134品目に対するECFA停止が台湾経済全体に与える影響は限定的だとの見方が多い。

①これらの品目の対中輸出額が台湾の輸出総額に占めるシェアは約2%と小さめであること、②中国が輸入を完全に禁止したわけではなく、関税率をWTOメンバーと同水準に戻しただけであること、などがその理由である。

それゆえ「経済的威圧」で台湾経済が大きく動揺している状況にはない。台湾の代表的株価指数である加権指数は頼総統就任前の5月17日の2万1258.47から6月20日には2万3406.1へと10%上昇、その後も高水準で推移している。旺盛なAI需要が台湾経済を支えるとの期待感が高まっているからである。

だからといって頼政権が抱える課題が小さいわけではない。台湾の自主性を保つ一方で、台湾からの資本逃避を引き起こさぬよう対中関係の安定化も図らねばならない。また、電力の安定供給など投資環境の改善や産業政策の強化を図り、台湾の戦略的不可欠性を不断に高めていかなければならない。

半導体産業以外の産業の競争力強化に対する効果的な支援も「経済的威圧」への耐性を高めるうえで必要だ。これらの施策を遂行するには重要経済法案や予算案の速やかな可決が必要だが、頼政権は少数与党政権である。立法院運営上も課題がある。一方の中国は半導体の国産化など「自立自強」に血道を上げている。これらの課題にどう立ち向かうのか。頼総統の手腕が試されている。