多様性を求めると、商業施設はパッとしなくなる!

国家もそうだ!

2024年05月29日

昨今、あらゆる商業施設が生まれ、特に都心部では次々と新しいビルが建っている。建てば建つほど起きるのは、自然淘汰。良い商業施設は流行るが、ダメだと見向きもされない。数が多いだけに、その差ははっきりする。

こうした商業施設の「勝ち筋」はどこにあるのか。それは、「施設に明確な世界観があるか」、そして「消費者ニーズを捉えているか」の2つである。

このように感じさせるニュースが飛び込んできたので、紹介したい。

西武が東京ガーデンテラス紀尾井町を売却?

日本の流通を支えている巨大グループ「西武」。そんな西武が、苦境に立たされているらしい。同グループは自社が持つビルである、「東京ガーデンテラス紀尾井町」の売却を検討しているというのだ。

このニュースはさまざまな報道機関に取り上げられたが、共同通信の「西武、赤プリ跡地の施設売却へ 池袋本社ビル含め全物件で検討」の中では、「保有型から回転型の不動産ビジネスに転換する。資金はリゾートや都心の再開発に回す」と書かれている。

東京ガーデンテラス紀尾井町、と聞いてピンと来る人がいるだろうか。「あー、あそこね」となる人は少ないんじゃないか。この記事タイトルで「赤プリ(赤坂プリンスホテル)跡地の施設」と表記されていることが、それを物語っている。つまり、記事を読む読者は、この施設をそこまで知らないと思われている。

2016年竣工。西武グループが保有する複合商業ビルで、賃貸物件が入るビルと、商業施設・ホテル・レストランが入るビルの2棟から成る。敷地内には巨大な庭園もあり、ホームページを見れば「世代も国境も越えて人が集う、四季が移ろう自然豊かな庭園」という記載。全体のコンセプトは「品と、格と、未来と」。

ちょっとおじけづいてしまうコンセプトだが、それもそのはず。ここに元々あった赤坂プリンスホテルは、名門中の名門。通称「赤プリ」。バブルを象徴するホテルだった。

東京ガーデンテラス紀尾井町の「パッとしなさ」

1983年、日本の景気が上向いていた真っ只中に新館が開業し、クリスマスには若いカップルでいっぱい。伝説によれば、その夜はカップルの営みのせいで震度3~5クラスの揺れを観測したらしい。

2011年、老朽化なども相まって取り壊しが決定し、その跡地が東京ガーデンテラス紀尾井町になったというわけだ。しかし、赤プリの印象が強すぎるのか、東京ガーデンテラス紀尾井町、なんだかパッとしない。今回のニュースはそれを証明した。商業施設としてはうまくいっていないのだ。

この売却については、「資産の切り売りでは?」という声も聞かれる。みずほフィナンシャルグループからやってきた社長・会長が他業種の経営に向いているのか、ただ保有している資産を売り払って当座のキャッシュを手に入れているだけではないのか、と勘繰る声も多い。

そうした側面があるのかどうか、わからない。

しかし、ここでは、東京ガーデンテラス紀尾井町について、その施設のあり方から、不調の原因を考えてみたい。そもそも、ここがうまくいっていれば、売却の話も出なかったはずだからだ。

東京ガーデンテラス紀尾井町には何が足りなかったのか。ポイントは2点ある。1つ目は、「世界観の構築が曖昧なこと」、2つ目「消費者ニーズを満たせていないこと」である。

麻布台ヒルズはインバウンド向けに振り切ったが…

1点目の「世界観の構築が曖昧なこと」。東京ガーデンテラス紀尾井町、行ってみるとわかるのだが、「誰向け」の場所なのかが、わからない。

これを考えるためにちょっと回り道したい。昨年11月に誕生した、「麻布台ヒルズ」のことだ。森ビルが作り出した新しい商業施設だが、ここはターゲットをインバウンド観光客にほぼ振り切っている。

それは、例えばレストランのテナントを見ればわかる。高級寿司店の代表格「鮨さいとう」をはじめ、鰻や和牛。ショップでも、おつけものなど、日本食の一流を提供するテナントが揃っている。

IP戦略もすごい。「集英社マンガアートヘリテージ」では、今や世界中から人気を集める集英社の漫画作品の展示がされている。国際的評価も高いチームラボの常設展示もある。さらに、施設中央の庭園は少し窪んでいて、そこから周りを見渡すと、東京タワーに摩天楼という「シティ・ポップ」を体現したかのような風景。外国人が望む「ニッポン」がここにある。

ここは「ニッポン」のテーマパークなのだ。「世界観」の構築、そしてそれを支える「誰に向けているのか」がとてもわかりやすい施設になっている(もちろん、それゆえに「日本人を相手にしていない!」という批判がくるのだろうが……)。

翻って考えると、東京ガーデンテラス紀尾井町は、なんというか、パッとしない。

例えば、レストランは、「すぱじろう」、「フレッシュネスバーガー」のような比較的低価格帯の店もあれば、「人形町今半」「赤坂 桃の木」のような高級店もある。オフィス利用をする人も多いから、そうした需要に対応するために低価格帯の飲食店も入れているのだろう。

でも、そうした利用をする人からすると、普段使いできる店が特段多かったり、種類が豊富だったりするわけでもなく、施設全体としては使いにくい。逆に観光客からしても、ちょっと良い店が数店舗集まっているだけなので、だったら他の施設に行くか……となる。中途半端なのだ。

自慢の庭園もそう。庭園自体は広くて良いのだ。とても過ごしやすい。でも、すぐそばには高層ビルが建っていて、完全に開放感があるかといえば、そうでもない。

また、ちょっと横のサイドウォークのようなところを歩くと、江戸時代のお堀と城壁跡、そして首都高速が一望できる眺めの良い場所があるのだが、そこの周辺は草が生い茂り、暗くなっていて、なんというか、あまり景色を楽しませるようなものになっていない。「だれのために」「どんな施設にするのか」という世界観がないのだ。

世界観がないことは、つまり「パッとしない」ことを意味する。「赤プリ」のイメージに負けてしまう理由が、ここにある。

若者ニーズにフォーカスした施設「ハラカド」

さて、ここまで説明すると、2つ目の理由も明らかだ。

「誰のために」「何をするのか」が決まっていない世界観が見えない施設は、はっきり言えば、「顧客ニーズ」を満たすことができない。

それもそのはず。おそらく、そもそも「顧客」が見えていない。だから世界観も作れないし、顧客ニーズも満たすことができない。

この点でいうと、4月に誕生した「ハラカド」は興味深い施設の作り方をしている。

ここの4階は、「ハラッパ」というパブリックスペースになっていて、テナントがほぼ何もなく、ただただ広い場所とベンチなどの座る場所がある。また、5階以上のレストランフロアでも座れる場所が目立ち、屋上広場に至っては電源が付いたテーブルさえある。

「若者の誘致」を真剣に考えているハラカド

これが何を意味するか。「若者の誘致」だ。

私は最近、特に若年層を中心として、彼らが都市に求めることをインタビューしたりしているが、その中でもよく聞くのが「無料でいられる場所がない」という声だ。特に都心になればなるほど、消費を迫られているような気がしてしまうという人も多い。

若年層の場合、そこまでたくさんのお金を持っていないから、無料で入れる場所は、大きな価値を持つ。「ハラカド」は若い世代を中心として、新たなカルチャーの拠点を作り出そうという意識の強い施設だが、まさにこの施設のあり方は、若年層のニーズを満たしているといえる。

ちなみに、そうやって若年層が多く訪れれば、結果的に施設全体の集客の向上にもつながるから、一石二鳥でもある。

ニーズの問題でいえば、(もはや前の部分の繰り返しになってしまうけれど)東京ガーデンテラス紀尾井町は、誰のニーズに合致しているのかがわからない。広い庭園はある。でも、そこは東京の中心部のオフィス街で、潜在的に若い層がいるわけでもない。外国の人が、東京らしい風景を楽しめるか、といえば、特にそうでもない。

この意味で、とにかく「パッとしない」のが、東京ガーデンテラス紀尾井町なのだ。

ところで、ここまで書いてあることに気付いた。

信念なく「多様性」に頼ると、「平凡」になる

東京ガーデンテラス紀尾井町の1つの特徴は、様々な景観の「多様性」にあるという。確かに、自然もあれば、歴史もある、そしてオフィスビルもある。

しかし、「多様」であるがゆえに「凡庸」なのではないか? だから、パッとしないのではないか? これは、景観だけでなく、そのターゲッティングにもいえる。サラリーマン向けでもあり、観光客向けでもあり、若年層向けでもある。そんな施設は平板でしかない。

「多様性」がキーワードの時代だ。もちろん、それ自体を否定する気はない。

しかし、商業施設の開発においては、愚直に「多様性」を叶えようとすると、はっきり言って、施設としてはパッとしないものになる。

「多様性」というのは一つのスローガンにしかすぎない。実態としては、ある程度顧客のターゲッティングを絞ったほうが、施設全体としての魅力は向上するに決まっているのだ。

そして、その具体例が、ここでみてきたような「世界観の創出」と「顧客ニーズの把握」にある。

報道では「保有型から回転型の不動産ビジネスに転換する。資金はリゾートや都心の再開発に回す」と書かれていたが、筆者には、ひとまず現状を否定しているだけにしか思えなかった。はたして、「保有型」の不動産ビジネスだからダメだったのだろうか? 

「多様性」の時代に、「多様性」を否定すること。それが、これからの商業施設に求められているのかもしれない。