日本の正念場

米大統領選はドナルド・トランプ前大統領が現職のジョー・バイデン大統領に対して、優勢に戦っている。トランプ氏が復活したら、世界と日本はどうなるのか。これまで以上に「強い国の強い指導者」が世界を引っ張っていくだろう。米国の核に平和と安全を依存してきた日本も、正念場を迎える。

photo by gettyimages

photo by gettyimages© 現代ビジネス

米国の各種世論調査を独自の方法で平均したリアル・クリア・ポリティクスの数字によれば、3月13日時点でトランプ氏が47.2%の支持を獲得しているの対して、バイデン氏は45.1%にとどまり、僅差ながら、トランプ氏が優位を保っている。

もしかしたら、トランプ氏が復活するかもしれない「もしトラ」は、ほぼ勝つのではないか、という「ほぼトラ」に変わってきた。これに、慌てているのは欧州だ。「トランプ氏が復活すれば、米国のウクライナ支援は止まる」とみられているからだ。

バイデン政権は3月13日、自国の国防総省予算を節約して、ウクライナに3億ドル(約440億円)の支援を決めた。だが、政権が議会に承認を求めていた肝心の600億ドル(約8兆8800億円)の支援は、トランプ氏の影響力が強い下院共和党の保守強硬派の反対で宙に浮いたままだ。

ダメ押しになったのは、最近、トランプ氏とフロリダの別荘、マールアラーゴで会談したハンガリーのオルバン・ヴィクトル首相の発言である。

同氏は3月11日、トランプ氏が大統領になれば「彼は1ペニーも支援しないだろう。ウクライナが自分だけで戦えないのは明らかだ。したがって、戦争は終わる」と語った。トランプ氏は会談後、オルバン首相を「彼ほど素晴らしい指導者はいない」と絶賛した。

英国では、陸軍のパトリック・サンダーズ参謀総長(大将)が1月、ロンドンで開かれた国際装甲車展示会で、現状を1914年と37年になぞらえて「英国は世界大戦のような規模の戦争に備える必要がある。我々の先輩たちは14年7月危機の意味を認識できなかった。我々は教訓を学ばなければならない」と警告した。そのうえで「英国は動員の準備をすべきだ」と訴えた。

14年7月危機とは、サラエボ事件をきっかけに、オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアに最後通牒を発した事態を指している。参謀総長はまさに「いまは大戦前夜」と認識しているのである。動員発言に驚いた記者団は「徴兵制の復活か」と首相官邸に殺到し、リシ・スナク首相が慌てて否定する騒ぎになった。

大戦争前夜を思わせる雰囲気

フランスでも、エマニュエル・マクロン首相が2月26日、ウクライナについて「現状では何の合意もない。だが、我々はロシアを勝たせないためには、何事も除外すべきではない」と述べ、フランス軍を派兵する可能性に言及した。

2月22日付の英エコノミスト誌は「ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は3年から5年以内にNATO加盟国に攻撃を仕掛けてくる。おそらく、バルト諸国の1つにハイブリッド戦を仕掛けてくるはずだ。彼の目的は北大西洋条約機構(NATO)の集団防衛をぶち壊すことだ」というデンマーク首相の発言を紹介した。欧州は、まさに大戦争前夜を思わせる雰囲気である。

 

プーチン氏の思惑とは別に、トランプ政権が誕生すれば、米国がNATOから脱退する可能性も現実味を帯びている。

トランプ政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏は、3月6日付でフォーリン・ポリシー誌のインタビューに答えて「私は2期目のトランプはNATOから脱退する、と思う」と語った。米国がNATOから脱退すれば、NATOは文字通り、崩壊してしまう。

トランプ氏は、いったい何を考え、どんな世界観を抱いているのか。

私の結論を先に言えば、彼は「世界は強い国が主導している」「強い国は強い指導者が引っ張っている」「国の平和と繁栄を維持しようと思えば、強い指導者の下で自立した強い国を目指さなくてはならない」「弱い国は強い国に従わざるをえない」と考えているはずだ。

それを裏付けるように、彼は前政権で中国の習近平総書記(国家主席)、ロシアのプーチン大統領、北朝鮮の金正恩総書記といった独裁者はもちろん、エジプトのアブドル・ファタフ・シシ大統領やフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領(当時)、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領といった権威主義的な指導者と会談を重ねてきた。

先のオルバン首相も、その1人だ。「ハンガリーの独裁者」といわれるオルバン首相については、前政権で首席戦略官を務めたスティーブ・バノン氏が「トランプ以前のトランプ」と評したこともある。バイデン大統領をはじめ民主党の政治家が忌み嫌う政治家たちを、逆にトランプ氏は高く評価してきたのである。

オルバン首相 photo by gettyimages

オルバン首相 photo by gettyimages© 現代ビジネス

根底にあるのは、強い国と強い政治家を尊敬する姿勢だ。トランプ氏にとって、これは「良い」とか「悪い」といった話ではない。彼らは力がある。だから認める。それだけだ。理念で評価するのではなく、力を基本に判断する徹底したリアリズム(現実主義)と言ってもいい。

「国連ではなく、国家こそが世界の基礎」

そうした姿勢は、2月21日に米国で開かれた保守派の集まり、保守政治行動会議(CPAC)の開幕セッションで、バノン氏が語った発言にも示されている。彼は、こう語った。

〈いま、世界には300兆ドルの政府赤字がある。それを解決できる政府はない。欧州では第3次世界大戦も始まりつつある。根本的な現象として、欧州と米国に大量の難民が押し寄せている。この3つの危機を政府は解決できない。だから、世界中の人々がポピュリスト、ナショナリストの運動に共感している。解決できるのは、この運動だ。それを欧州では、国家的保守運動と呼んでいる〉

〈私は「この会議はグローバリズムが死にゆく場所」だと思っている。個々の政府では、危機を解決できない。だから、我々は一緒に仕事をしなければならない。我々は孤立主義者ではない。我々は孤立主義から、もっとも遠い。我々はウエストファリア条約とウエストファリア体制を信じている。私たちが次の2、3年を戦っていけば、この体制と立憲共和制、そして、あなたたちの偉大な国を次の世代に受け継いでいけるだろう〉

この発言には、トランプ氏自身が語らない、そしてトランプ批判派のマスコミも報じない重要なポイントがいくつも含まれている。

バノン氏はポピュリストとかナショナリストという言葉を使っているが、これに大衆迎合主義者とか国家主義者といった訳語を当てはめるのは間違いだ。そうではなく「国民の意思を最優先で考え、国家を基本に据える」といった意味である。

バノン氏 photo by gettyimages

バノン氏 photo by gettyimages© 現代ビジネス

それは、CPACを「グローバリズムが死にゆく場所」と規定したことでも明らかだ。彼は「国連のような国際機関がルールを定め、世界を形成している。そんな体制を強化していくべきだ」と考えるグローバリズムに反対している。グローバリズムはリベラリスト(理想主義者)の合言葉だ。

国家を基本にする考えは「ウエストファリア条約とその体制」を支持する発言でも裏付けられている。1648年に欧州で締結されたウエストファリア条約は主権国家体制の基礎になった。バノン氏は「国連ではなく、国家こそが世界の基礎」と考えているのである。

バノン氏は「孤立主義」も明確に否定した。トランプ氏は孤立主義者のように言われるが、そうでもない。バノン氏が語ったように、CPACは近年、米国以外にも広がっている。今回のCPACには「アルゼンチンのトランプ」と呼ばれるハビエル・ミレイ大統領や英国のリズ・トラス前首相、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領らが参加した。

彼らは連帯して、グローバリズムから国家主義へ政治の潮流を変えようとしている。

読者の中には「トランプはバノンと決別したはずだ」と疑問に思う向きもあるかもしれない。たしかに、バノン氏は早い段階で前政権を去ったが、決別したとまでは言えない。CPACのスターはバノン氏であり、会議を締めくくった最後の登壇者はトランプ氏だったからだ。

トランプ氏が「強い米国の強い指導者」を目指し、付き合う相手も強さで判断して「弱い国の弱い指導者は相手にしない」のだとすれば、日本はどうなるのか。

トランプはどうする

日本は根本的な安全保障を米国の核兵器に委ねておきながら、岸田文雄政権は「核なき世界」を世界に訴えている。トランプ氏からみれば、これはまったくの矛盾であり、偽善だろう。「オマエはオレの核に頼っておきながら、その核をオレに手放せというのか」という話だからだ。そんな主張をする岸田首相は「無責任そのもの」と映るに違いない。

日本の指導者がそんな調子なら、いざ中国が本気になって日本を脅かしたとき、トランプ氏はどうするか。私は確信しているが、日本の頭越しに習近平氏と交渉するだろう。良し悪しは別にして、習氏は「強い国の強い指導者」であるからだ。

その時になって、日本が慌てても遅い。

トランプ氏とすれば「だから言ったじゃないか」という話である。彼は2016年時点で、ニューヨーク・タイムズのインタビューで「日本や韓国は遅かれ早かれ、核武装に向かうだろう」と語り、日本の核武装に反対しない考えを示唆していたからだ。

トランプ復活は憲法改正と核武装論議を含めて、米国に国の平和と安全を委ねるのか、それとも自分で自分の国を守る体制を目指すのか、日本に究極の選択を迫ってくるに違いない。