「タクシーの現場はカオス」 ①東京・成田編

栗田 シメイ : ノンフィクションライター

2024年02月26日

「2024年問題」が懸念される4月まであと約1カ月。プロのドライバーには時間外労働が規制され、トラック、タクシー、バスはいずれも人手不足が深刻だ。タクシーの場合、コロナ禍で需要が消滅し、数少ないタクシードライバーが辞めていったが、コロナ禍収束を受け、インバウンド(訪日外国人)も含む観光客が復活。全国各地でタクシーがつかまらない現象が生じている。

ここではノンフィクションライターの栗田シメイ氏が、東京・成田と大阪という、今のタクシーを象徴するエリアを取材。まず第1弾として、成田国際空港で暗躍する違法の「白タク」の実態について、最新事情をリポートする(②大阪編はこちら)。

なお、『週刊東洋経済』3月2日号(2月26日・月曜日発売)は、「物も人も動かない ドライバーが消える日」を特集。全国で滞る物流や人流の構造問題と、ドライバー不足を解消するための処方箋について、全44ページにわたり取り上げている。

3割以上の車両が動いていないという現実

都心のタクシードライバーにとって、利潤を得やすいと言われる場所は存在する。

例えば、終電後の銀座六本木などは県をまたいだ長距離移動も多く、1乗車で2万円を超えることも珍しくないなど、総じて売り上げが高いとされてきた。またそれらの地域は、ベテランドライバーの“聖域”と認識されている節もあった。

しかし、2023年から「ドライバー不足」が顕在化したことで様相は一変した。慢性的な人員不足を背景に、タクシーの稼働台数が大幅に減少しているからだ。

1月26日付の「交通界速報」によれば、東京都特別区の2023年12月の実働率は69%。休車特例措置による抹消や車検切れを合わせると、休車は実に1366台に上る。3割以上の車両は今なお動いていない。

受給が供給を上回ったことで、街中での”流し”、駅やターミナルでの“付け待ち”と呼ばれる営業スタイルも変わりつつある。

厳密に言うなら、その必要性がなくなりつつある、という表現が適切かもしれない。タクシー不足の影響で、配車予約やアプリ配車で客を確保でき、場所の恩恵を受けなくてもドライバーの売り上げが立つ状況にあるからだ。

「12月の1日平均売り上げは7万円を超えました。22日間の夜勤勤務で、です。業界で働きだしてから今が最もいいのは間違いないですね」

1月中旬に六本木周辺で出会ったドライバーの声色は明るかった。1~2月は一般的に閑散期とされるが、ある大手タクシー会社で働く勤務歴5年のAさんによれば、月間の売り上げが100万円を超えるような猛者も続出しているという。

その理由を尋ねると、値上げと稼働台数減に集約される、とも明かす。新橋駅東京駅を訪れても、やはり現状について肯定的な意見が目立った。都内のあるタクシー会社の代表は、「1台当たりの売り上げは平均して10%以上伸びている」と述べる。

全国ハイヤー・タクシー連合会によれば、ドライバー不足の底は2023年3月の約23万2000人だった。これはコロナ前に当たる4年前から約20%減になる。現在は緩やかな回復傾向にあるが、まだ昼頃や夕方にはタクシーが捕まらない、という場面に遭遇する。その象徴的な場所の1つとして、メディアでも取り沙汰されたのが羽田空港だった。

日本人に代わって成田空港に現れたのは・・・

違法で危険な白タクへの注意を喚起している、成田空港の表示(撮影:栗田シメイ)

昨夏からのインバウンド増加に伴い、空港乗り場ではタクシー待ちの観光客が列を成すようになった。

ただ、実際に空港を2度訪れたが、列をなす人はほぼ見当たらず、現在はずいぶん落ち着いたようにみえた。客待ちをしていた運転手のBさんは羽田の現状をこう解説する。

「深夜2時以降や国際便の兼ね合いでお客さんが集中するときは、今でも多いときは100人くらい並んでいるよ。でも、それは週のうち1~2度、深夜にあるかないか。最近、深夜便の人は、あえて近場のホテルに移動してから、配車アプリで呼ぶ人が増えている。乗り場の構造的な問題もあるね」

タクシープールに移動すると、100台以上の車両や運転手が待機していた。10年近く主に空港中心で営業している、というCさんの証言は興味深かった。

「羽田のタクシーが足りないと言われる理由は、都内のタクシーが減ったから。夕方から夜にかけては、都内にいるほうが間違いなく稼げる。だから運転手が羽田に来なくなったということ。定額料金だと、都心部から行っても1万円以下。それなら、ドライバー心理としてわざわざ移動時間を使って羽田に行くのは効率が悪い。羽田はそういう場所になった、ということです」

一方、成田国際空港では、深刻な問題が表出していた。

それは、自家用車に乗せて有料で送迎する、外国人向けの違法な”白タク”の急増だ。筆者は定期的に成田空港の白タクを取材してきたが、空港で話を聞いても「過去最高水準に白タクが増えている」という意見を耳にした。

以前はアプリ上で現地決済した利用者を駐車場に誘導し、こっそり営業するというスタイルが多数派だった。しかし現在は、一般車の乗降車レーンで堂々と顧客を乗せる姿を何度も目にした。さらにタチの悪いことに、大半を占めていた中国系だけではなく、ほかのアジア系やヨーロッパ系の白タクまで出てきているというのだ。

当然ながらタクシー業界の反発は強い。白タクと何度も揉めたという、空港専属ドライバーであるDさんが言う。

「今の中国系白タクは2パターンあります。1つはアプリ上で決済して、待ち合わせ場所を指定して乗せること。もう1つは、到着後に客引きがタクシーの定額料金を見せながら、『8000~9000円安いよ』と直引きすることです(大手なら都内へは2万円台後半)。

あとは近隣のコンビニから配車アプリを利用し、ボスが客引きに無線で指示を出し、第3レーン(一般乗り場)で『半額以下』と格安で乗せる手法もある。さらにイギリスのある旅行会社が別の配車アプリでの送迎も行うようになったりと、まさに無法地帯化しています」

これらの白タク車両には特徴がある、とDさんは続ける。

「車種は大型のファミリーカー。ナンバーは足立や松戸、練馬に川口が多い。上記の2つに該当し、大型のスーツケースを何個も引き、3~4人で乗り込んでいるような車の大半は白タク、というのが私たちの認識です。彼らの中には『成田空港でタクシーが捕まらないから白タクを利用している』と逆ギレする人もいました」

2023年12月には国土交通省や千葉県警察、千葉県タクシー協会が白タク対策を協議した。その効果もあってか、付近には至るところに白タク行為の注意喚起があり、実際に逮捕者も出ている。

それでも白タクの運転手たちが意に解する様子はない。実際に筆者も、明らかに白タクと思われる家族連れを引き連れた車の運転手を直撃したが、「トモダチ。ダイジョウブ」とだけ言い残し、駆け足で車に乗り込み発車していった。

「正直、日本人の客は重要視していない」

成田空港のタクシーは、昨春には70台前後にまで減少していた。現在は約110台程度まで回復しているというが、それでもコロナ前と比較すると、10~20台ほどは稼働していないことになる。その影響について、成田で勤務歴8年になるEさんに聞いた。

「成田で言うなら、今の利用者の約8割が外国人。中でも欧米系がいちばんで、次いでアジア系。白タクがあるということで中国系も多いですよ。去年は1日で都内へ3~4往復していた。1日平均売り上げも10万円に届き、ちょっと異常な状態でした。だから正直、われわれは日本人のお客さんを重要視していない。今は少しずつ台数が戻ってきたから、2往復くらいだけど十分いい。それでも、『もし白タクがいなければ』と思うと悔しさもある……」

タクシー不足の影響は、確かにドライバーに一時的な恩恵を与えていた。その一方で利便性の視点では、タクシー利用者に対しては、すでに各地でマイナスの影響を与えている。4月からのライドシェア限定解禁など、規制緩和を見越してタクシー業界は供給回復を標榜するが、早急な対応が求められそうだ。