「中国製アプリTikTokは中国共産党管理下にあるプロパガンダ兵器だ」台湾政府が警鐘を鳴らす一方で、止まらない「新たな台湾人Z世代アイデンティ」
様々な情報が飛び交う世の中
昨年8月、台湾基進党は大学教授や有識者たちと一緒に、国内メディアを集めて記者会見をひらいた。中国製SNSアプリ「TikTok」の安全保障上の危険性を主張し、台湾政府に全面使用禁止の立法措置を強く訴えたのだ。
「中国製の携帯アプリTikTokは中国共産党管理下にあるプロパガンダ兵器だ。台湾の若者を洗脳し危険にさらしている。世界各国がその危険性から規制を強化しているのに台湾は非常に消極的だ。学校でも使用を禁止していない。言論の自由を言い訳にするのをやめてすぐに全面禁止にすべきだ」
「中国製アプリTikTokは中国共産党管理下にあるプロパガンダ兵器だ」台湾政府が警鐘を鳴らす一方で、止まらない「新たな台湾人Z世代アイデンティ」© 現代ビジネス
台湾政府は2022年1月からようやく政府直轄公用機関での使用を禁止した。しかしそれでは効果がないので全面禁止を訴えたのだ。実は彼らは早くからTikTokの危険性を指摘していた。前党首の陳奕齊氏は2020年ごろまだユーザー数が200万人程度のころから禁止を強く訴えてTikTokの代替案の安全性の高いアプリまで推奨していた。
しかし、政府は聞く耳を持たなかった、という。いまや700万人以上にユーザー数が膨張してしまっている現状では、ようやく危険性を認識しても一般人には簡単に全面禁止に踏み切れなくなった、というのが政府の本音だろう。
今年の総統選挙で投票日の数日前に大量のフェイクニュースや偽情報が流れ、台湾政府も慌てて危機感を露わにしたのは記憶に新しい。親中派が買収した新聞やテレビの若者への訴求力が激減する反面、SNSやネットメディアの影響力は大膨張している。
「民進党候補の頼は政治スパイだ」「独自の調査では国民党候補がトップ」「民進党副総裁は二重国籍だ」「中国軍が台湾沿岸に大量の戦車を配備」などなど様々なフェイクニュースが大量に流された。NPO団体の調査によると生成AIとアルゴリズムなどを駆使したこのような偽情報に過去1年間で80%の以上の市民が接触した、と言われている。
今回の選挙で全面敗北した台湾基進党・陳奕齊氏は、投票結果の出た2日後、高雄の事務所で、自ら予見した危機が現実になった今回の選挙に複雑な感情を含んでこう言った。
「アメリカもトランプ政権の時から安全保障上の危険性を指摘している。世界各国でも使用禁止の規制強化をし始めている。しかし台湾はもっと中国からのサイバーテロの危険に身近に直面している国だ。同じ中華圏で言語も文化も共通している。アメリカやヨーロッパは別の文化圏に向けたコンテンツに変換するタイムラグや言語の壁があるが、台湾と中国にその差はない。例えば、サイバーテロでミサイルを発射の警報を鳴らした瞬間【大統領が逃げた】とフェイクニュースを大量に流すと大パニックが起こるだろう」
TikTokを巡って
アメリカのFBIのレイ長官やCIAのバーンズ長官は公聴会で,「TikTokの親会社・バイトダンスは習近平・中国共産党政府の管理下にある。中国はこのアプリの何百万人もの利用者のデータを使いあらゆる種類の諜報活動や世論への影響力に利用できる」と証言し、今年の大統領選への介入への懸念を示し、「いまFBIは北京がもたらす脅威に焦点を当てている」と強調した。これはまさに、陳氏の言わんとする事そのものだろう。
アメリカでは政府機関の使用禁止から全面禁止法案へ向けて審議中で、モンタナ州では全米初の一般への「TikTok禁止法」が独自に今年から施行される。オーストラリアやイギリスも昨年から政府公式デバイスで使用禁止、さらに議員やスタッフの個人の使用禁止も進めている。フランス、カナダ、オランダ、ニュージーランド、デンマーク、ノルウエーなども基本的に安全保障上の観点から公用デバイスでの使用を禁止した。そしてインドは2020年からその他の中国製アプリを含めて全面使用禁止にしている。
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では日本政府の対応はどうか。内閣官房サイバーセキュリティセンターによると「政府端末で機密情報をSNSにアップしてはいけない」という統一基準があるだけだ。これでは規制にも何にもならない。中国への配慮からかTikTokという個別名称も明記されず、まるで「政府機密情報を電車の棚に忘れないで」という程度のものだ。これらの国の中でも最も危機意識が欠如しているのはいうまでもない。しかし日本にも中国に対し台湾と同じく、アメリカやEU以上の地政学的リスクが存在しているのだ。
さらに、陳氏は2019年、政府に対してアメリカの「外国代理人登録法」に準じた「外国居外勢力影響法」の立案も要求している。これは組織や個人が外国政府の利益、命令、などその管理下で行動していると判断された場合、データベースに登録し活動を透明化する義務を負わせるものだ。アメリカでは1938年に成立している。
台湾で、すでに中国政府直轄の出先機関が様々な看板をだして堂々と活動している現状に歯止めをかけようという法案だ。しかし、政府は「多くの中国から台湾への投資活動家たちの意見を無視できない」、という理由で拒否したという。
「台湾ではアジアで初めての同性婚法案が国会審議だけで成立させた。では、なぜ安全保障にかかわる重要な問題にわざわざ投資家の意見を聞く必要があるのか」と陳氏は訝る。
各国はどう動く
日本や海外でも人気が高く、注目されたサイバー長官の「オードリータン」もTikTokやサイバーテロなどの安全保障問題には何ら関与してこなかった、として国内の評価は低い。シビックハッカーとして豊富な見識をなぜ事前に発揮しなかったのだろうか。ここでも蔡政権同様、海外での評価と国内での評価のギャップを感じざるを得ない。
ミサイルや戦闘機などの軍事的脅威で揺さぶりをかける中国。しかし、近年、解放軍が力を入れているのは戦略的サイバー攻撃だ。SNSなどのネット社会を通じて国内外の世論操作を目的とした「五毛党」という呼ばれる専門部隊もある。企業や政府機関で中国からと思われるサイバー攻撃の被害も世界各国で報告されている。
民主主義が発達し人権意識が高まると、言論の自由が生まれ「TikTok」など個人の表現の自由を求めたSNSの規制も難しくなる。中国はその隙を戦略的に狙っているのは自明の理だろう。それに真っ先に直面しているのが台湾なのかもしれない。
国民党独裁政権時代に民主主義と言論の自由を求めた「台湾ナショナリズム」から生まれた民進党。しかし、いま「民主主義の成長過程が生む脆弱さ」にも向き合っている。
アメリカ下院議長ナンシーペロシが訪台した際、台北市内の地下鉄やコンビニの電光掲示板に突如、ペロシ議長を誹謗中傷する言葉が一斉に流れた。しかし、「街行く若者は危機感もなく笑って見ていた」と陳氏は言う。彼らにはサイバーテロという認識は一切ない。しかしながら、彼ら新Z世代は貴重な票田でもあるのだ。
若者に支持される民衆党の柯代表はTikTokに自らのアカウントを開設し20代の若者の人気を集めた。バイデン大統領も「二重規制」の批判を覚悟でTikTokのアカウントを開設した。今後、さらに台湾Z世代のTikTokユーザーは膨張し続けるだろう。
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90%が独立よりも現状維持を望んでいる、と言われる台湾社会。その若いZ世代が生み出す、新たな「台湾人Z世代アイデンティティ」は民主主義の成熟とともに台湾独自の地政学的リスクを抱えながらも膨張しているのだ。
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