日本が「中国に代わって手を組む大国」として、いまにわかに注目されているのがインドだ。4月には、インドの人口が中国を抜いて世界一になったと国連が発表。「昇るインド、沈む中国」を、世界に印象づけた。

インドは中国と何が異なり、今後どのくらい可能性を秘めているのか。インドの専門家で、新著『インドの正体』(中公新書ラクレ)を上梓した伊藤融防衛大学校教授と、現代ビジネス中国問題コラムニストの近藤大介が、「インドの正体、中国の正体」をテーマに、2時間半にわたって徹底討論した。(撮影/西崎進也)

 

 

「空前のインドブーム」の実態

近藤: 今日は暑い中、お時間をいただき、ありがとうございます。東京は本日、気温35度と猛暑で、北京も今日の最高気温は36度。南アジアに位置するインドは、もっと暑いんでしょうね。

伊藤: 確かに猛暑のところが多いですが、インドは日本の8倍もの国土を有しているので、涼しい地域もありますよ。

近藤: なるほど。すべての地域が猛暑とは限らないというのは、日本の26倍もの国土を持つ中国でも同じです。

ところで、菅義偉前首相が今月4日から7日まで、インドを訪問しました。総勢101人もの経済ミッションに膨らんだことが、話題を呼びました。ナレンドラ・モディ首相にも面会を果たし、日本に空前の「インドブーム到来」の感があります。

伊藤: 本当にそうでしょうか? 私は「政熱経冷」と呼んでいるんですが、いま「空前のインドブーム」なのは、日本の政界ですよ。経済界は、まだ様子見といったところです。

近藤: 小泉純一郎政権時代(2001年~2006年)に、日中関係が「政冷経熱」と言われた。当時、小泉首相が毎年、靖国神社を参拝するため、政治的にはギクシャクしたけれども、2001年に中国がWTO(世界貿易機関)に加盟し、2008年の北京五輪、2010年の上海万博などが立て続けに決まって、日本企業の中国進出ラッシュが起こりました。

いまのインドに対する動きは、これとは真逆で、政治家の方が先走っているということですか?

伊藤: そうです。2000年に森喜朗首相がインドを訪問し、2005年に小泉首相が訪印しました。小泉政権時代の2002年から2004年まで、私はインドの日本大使館で専門調査員をしていましたが、その間は首相の訪問はありませんでした。

そんな中、2005年に中国で、尖閣諸島問題を巡って大規模な反日デモが起こった。するとそれが転機となって、以後は、両国の首相同士が毎年のように、相互訪問するようになったのです。

安倍晋三元首相の強い思い入れ

近藤: 相互訪問のきっかけが中国だったという点は、興味深い話です。日本からすれば、「中国がダメだからインド」という発想ですよね。

伊藤: 「ダメだから」というよりも、「中国に対抗するためにインドを発見した」ということでしょう。

中でも、一年前に他界された安倍晋三元首相は、殊の外、インドに思い入れが強かった。第1次安倍政権を発足させた2006年に出した著書『美しい国へ』には、「日印関係が日米、日中を上回ったとしても、けっしておかしくはない」とまで書いています。

 

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近藤: 安倍首相が、第1次政権末期の2007年8月にインドを訪問した時は、極東軍事裁判で日本人被告全員の無罪を主張したパール判事の息子に会うため、わざわざ首都デリーから1300kmも離れたコルカタまで足を延ばしたそうですね。

安倍首相の外祖父の岸信介氏がA級戦犯容疑者だったということもあったのでしょうが、当時、安倍首相に同行した外交官が、首相のインドに対する思い入れの強さに驚いたと言っていました。

伊藤: その時、インド連邦議会で演説し、「二つの海の交わり」を説いています。

「日本外交は今、ユーラシア大陸の外延に沿って『自由と繁栄の弧』と呼べる一円ができるよう、随所でいろいろな構想を進めています。(中略)日本とインドが結びつくことによって、『拡大アジア』は米国や豪州を巻き込み、太平洋全域にまで及ぶ広大なネットワークへと拡大するでしょう……」

まさに、いまのQUAD(日米豪印)時代を先取りしていました。

近藤: 2012年末に第2次安倍政権が発足し、2014年5月には、インドでモディ政権が発足。日印両首脳が「蜜月関係」を築いていくわけですが、日本の経済界はインドに対して、どういう見方だったのですか?

伊藤: インドに進出した日本企業と言えば、40年前に初めてインドで自動車を生産したスズキが有名ですが、その後の歩みはのろかった。例えば、隣の韓国のサムスンは、スマホをインドで現地生産していて、インド国内用だけでなく、UAEなど他国にも出荷しています。現代自動車も大々的に進出している。

私が専門調査員の時にデリーで住んでいた住宅は、以前は韓国人が住んでいたそうですが、(韓国料理に使う)ニラを庭に植えた跡がありました。韓国人のたくましさを感じたものです。

日本はインドに対して「政熱経冷」

近藤: インドには現在、欧米企業もかなり進出しているようですね。そもそもアメリカのシリコンバレーは昨今、インド人が席捲している感がありますが。

伊藤: 欧米企業は、IT企業、医薬品メーカー……と、どんどん進出しています。ご指摘のIT人材は多いし、インド人は「ヒングリッシュ」(ヒンディー+イングリッシュ)と呼ばれる独特の英語を話しますが、一応英語なので意思疎通もしやすい。

現在、インドの貿易相手国ビッグ3は、アメリカ・中国・UAE(アラブ首長国連邦)です。昨年の貿易額で見ると、日本は輸入で13位、輸出で26位にすぎません。昨年度の日印貿易額は約2.8兆円。昨年10月時点の在留邦人も約8100人です。

近藤: 中国の昨年の貿易額を見ると、日本は輸入で3位、輸出で2位です。昨年度の日中貿易額は約43.8兆円で、日印貿易の15倍強。在留邦人数も約10.2万人いますので、12倍強ですね。

伊藤: 重ねて言いますが、日本はインドに対して「政熱経冷」なんです。日本企業からすれば、インドは何かと規制が多いし、労働争議も多い。それに、州ごとにルールが違ったりして、制度が複雑です。加えて、どの町にも日本食レストランがあるというわけではないから、駐在員も赴任したがらない。

工場を中国からインドに移すと言っても、製品を作るのに必要な部品は、結局、中国から持ってくることになったりするわけです。

近藤: それでも、前述の「菅訪印団」は大盛況で、視察の目玉は「インド新幹線」の工事現場でした。台湾新幹線に次ぐ大型新幹線輸出ということで、2015年末に安倍政権が鳴り物入りで決めた日印間の象徴的なプロジェクトです。

伊藤: インド新幹線は、まずムンバイ-アーメダバード間約500kmに敷設するということで、2017年9月に起工式が行われました。モディ政権の成果にしようとして、2024年春の総選挙までに開通する予定でした。しかし実際には、いまだ線路の用地買収さえ終わっていないのです。

近藤: それは初耳です。一体何が原因なのですか?

伊藤: 一番の問題は、インドは一応、民主国家なので、国家が農民らの土地を、強制的に取り上げるわけにはいかないということです。加えて、地方政府には中央政府とは異なる政策があったりするので、状況が複雑なのです。

近藤: そこは中国と違うんですね。中国では、北京の習近平政権が地図上に線を引いたら、どんな地方だろうが、即刻、工事開始です。高速鉄道も同様で、昨年末までで全土に4.2万kmもの線路を敷いていて、そのうち昨年だけで4100kmも敷設しています。

モディ政権の「ヒンドゥー・ナショナリズム」

伊藤: インドと中国は新興の大国同士と言うけれど、やはり似て非なる国です。インドの民主義は問題山積だけれども、一応、普通選挙を行っていますし、多党制を貫いています。

パキスタンから陸路でインドへ入ると、「世界最大の民主主義国インドへようこそ」と書かれた看板が建っているほどで、インド人自身が民主主義を誇っています。連邦国家で州の政治力も強く、むしろインドを「一つの国」と捉えない方がいいほどです。

近藤: 私も、中国と他国との国境地帯はずいぶんと歩きましたが、どこへ行っても習近平主席の写真と共に、「習近平新時代の中国の特色ある社会主義を実践しよう!」と書かれた巨大な看板が建っています(笑)。

また習近平時代になって、「強国・強軍」をスローガンに掲げる中央集権国家と化していて、「地方自治」という言葉は、もはや死語に等しい。

伊藤: ただモディ政権も、特に2019年の総選挙以降、「ヒンドゥー・ナショナリズム」を強めてきています。そこは、「中華ナショナリズム」の習近平政権との類似点と言えます。

近藤: そんな中国とインドの関係も、複雑ですよね。習近平政権の誕生が2013年3月で、モディ政権の誕生が2014年5月でした。

伊藤: モディ首相は、「ヒンドゥー・ナショナリズム」を掲げるインド人民党(BJP)所属の政治家で、北西部のクジャラート州の州首相を、2001年から13年間務めました。

就任の翌年に起きた宗教観間紛争、グジャラート暴動では、1000名規模のイスラム教徒が犠牲になりましたが、モディは当時州首相として、この暴動を扇動したのではないか、少なくともヒンドゥー教徒による暴力行為を停止するための十分な措置をとらなかったのではないか、と疑われています。

ですので、欧米は彼へのビザの発給を拒否してきたほどです。それでも州の規制を緩和したり、外資系企業を呼び込むなどして、経済発展させたことから、BJPの代表的指導者となります。2014年春の選挙では、BJPが単独過半数で大勝し、モディ政権が始動したのです。

後編記事『今のインドは「30年前の中国」…2027年にはGDPで日本を抜く「未来の大国」とどう付き合うべきか?』では引き続き、台頭するグローバルサウスの雄、インドとの付き合い方について語り合う。