今後の防衛・安全保障はチーム抑止力が中心に

塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト

2023年07月13日

サイバー攻撃について、日本はどう対応すべきか(撮影:尾形文繁)

日本を取り巻く安全保障環境の変化を受けて、防衛・安全保障体制の見直しが急務となっている。「専守防衛」を掲げてきた日本の防衛はどうあるべきか。課題とは何か。

前回に続き、外務副大臣や防衛大臣を歴任し、現在、自民党安全保障調査会長を務める小野寺五典氏に、ジャーナリストの塩田潮氏がインタビューする。(このインタビューは2023年6月7日に行いました。)

塩田潮(以下、塩田): 安全保障・防衛の在り方を考えると、現代は武力攻撃の形態も大きく変化しています。たとえばサイバー攻撃については、日本はどう対応すべきだとお考えですか。

小野寺五典(以下、小野寺):サイバー空間の中では、国際ルールはないんです。それを盾に、各国はある面で自由なことをしています。サイバーに入り込み、相手の情報を盗む。相手の企業に対して身代金要求を行う。いたずら目的で重要インフラのシステムをダウンさせる。その中で、やっていいのは何か、やってはダメなのは何かというのは、世界中、非常にあいまいです。だから、やり放題の人たちがほとんどです。

日本は世界トップクラスの規制

日本は憲法上の制約があり、サイバー分野では世界で最も厳しい規制が作られている。サイバー空間だけは誰も入ってはいけない、手出しもできないというガチガチの規制があります。通信の秘密の保護をとても厳しくしている。不正アクセス禁止のためのさまざまな法律があります。そこに攻撃を仕掛けるウイルスの作成を禁止する法律もあります。自分たちの手足を縛っているという点では、多分、世界でもトップクラスです。

ということは、日本だけが自分の手足を縛って、ほかの国は好き放題、やっています。手足を縛っている国が正しいかもしれませんが、損しているのは手足を縛っている国だけではないか。日本としても一定の能力を持たないと、全く世界で孤立してしまう。

サイバー人材の向上を、と言いますが、日本国内は制約が多すぎて育たない。日本の企業に聞いても、海外、中でもイスラエルが多いらしい。サイバー防衛は、攻撃があって、初めて防衛の仕方もわかる。攻撃できなければ、守りもできない。日本で安全保障や治安に関わる人は、サイバー空間でのさまざまな活動も認めていいのでは、と私は思います。

小野寺:ほかの国は日本のサイバー空間の中でも自由にやってきています。サイバー空間は、どこまでが領土で、どこまでの攻撃が武力攻撃か、基準も非常にあいまいです。

日本では今、サイバー空間でパトロールはできない。サイバー空間でおかしな動きがあっても、日本では監視できない。日本のサイバー空間だけが無法地帯になっていて、これは問題です。当然、犯罪はダメ、民間の人がいたずら目的や犯罪目的でやるのもダメだけど、日本としても、取り締まる人がサイバー空間の中をパトロールできるようにする必要があるのではないか。そういう方向の法改正は必要では、と私は思っています。

それは今回の3文書にも書き、与党で合意して、大枠は了承しました。後は細目をどうするかで、継続して議論することになっています。おそらく今年の秋以降、具体的な制度設計について話し合うことになると思います。

サイバー空間での反撃は「交戦権」に当たるか

塩田:憲法は交戦権を禁じていますが、どこかの国からサイバー攻撃を受けた場合、反撃能力を行使するのは、憲法上、禁止された交戦権に当たるのかどうか。この点は。

小野寺:非常に難しい議論です。今までは相手の領土を壊滅的に攻撃することは憲法上、できないと言っていましたけど、サイバー空間上、領土はない。こちらから相手に対してサーバーをダウンするようなことを行ったら、武力攻撃に当たるのか。これもよくわからない。日本の中で、誰もこの議論を詰め切っていないんです。そこから詰めていくことが大事かなと思います。

世界はどうかというと、NATO(北大西洋条約機構)なんかは、自国の判断でやっています。エストニアのタリンにNATOの研究所があり、私も防衛大臣のときに行きましたが、そこでNATOの基準を作っています。

アメリカの例を聞いても、サイバー上での情報収集に関して、自国民に対してはしないけど、外国の人に関しては自由に行うという一つの考え方があると思います。ファイブ・アイズ(オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリス、アメリカの英語圏の5カ国による機密情報共有の同盟といわれる枠組み)のほかの4カ国は対象に入っていないようですけど、当然、日本も韓国も情報収集の対象になっているわけです。そういうルールはそれぞれの国が独自に作って、厳密化はしていると思います。

塩田:防衛産業の在り方や、兵器の開発・生産、装備の海外移転などについても、現在、相当の制約がありますが、これらの点はこれからどうすべきですか。

小野寺:1950~1953年の朝鮮戦争のとき、日本の最大の輸出産業は武器でした。日本の企業が砲弾や銃などを造って供給をしていました。ですから、戦後一貫して防衛装備移転の制限や、武器輸出3原則を持っていたわけではないんです。

ところが、朝鮮戦争が終わり、需要が減ってきて日本国内での生産が落ちていったとき、国会で保革対決が激しくなり、野党側が常に攻撃してきたのがこの問題でした。そのたびに、日本の首相が自らの発言で自分たちの首を絞めていき、3原則を作った。もともとは共産圏に輸出してはいけないというルールだったのに、いつの間にかみんな出してはいけないことになった。

その結果、日本の防衛産業は日本の自衛隊向きのものしか造りませんので、どんどん小さくなっていった。商売にならなくなり、撤退が相次いだ。技術も劣化しているので、このままで行くと、日本国内では防衛装備は造れない状況になりました。それで、安倍内閣になって、すぐに装備移転3原則を作りました。私は防衛大臣で、経緯もよく知っていますが、今でも非常に抑制的な状況になっています。

国際的な融通システムは不可欠

国際社会では、今回のウクライナ侵略で、一国が本格的な戦争を始めたとき、武器・弾薬が世界中で枯渇することがわかった。今、NATO諸国やアメリカはフル稼働で生産していますが、すぐに消耗して足りなくなる。これからは仲間の国同士で弾や武器を融通し合うという国際的な融通システムがあって初めて継戦能力が出てくるわけです。

もし日本周辺で問題が起きたとき、日本も応援してもらうことになるのですが、日本の場合は、輸出だけではなく、輸入に関しても、貿易管理令があり、全部、経済産業省と税関の審査がある。日本が攻撃を受けていろいろな国からの応援でワーッと弾が来たとき、審査なんかやっていたら負けてしまう。装備移転は、出すだけではなく、来ることに関しても全く現実に合っていない。それを有事に合わせて見直すことが大事です。

小野寺:それから、日本は今回初めて、アメリカではなく、イギリス、イタリアと対等な関係で戦闘機の開発をすることになります。今まで新しい次期戦闘機を造るときはアメリカと組んでいました。でも、アメリカは強い国なので、日本が技術を出して、取られることはあっても、向こうは技術を日本に開示してくれないから、アメリカ製の戦闘機に日本製のミサイルを付けようと思っても、付け方を開示してくれないので、アメリカ製ミサイルを買うしかなかった。

3カ国で開発することになれば、当然、ブラックボックスも含めて、中身はすべて日本でわかりますので、日本型のものを付けることができます。できた戦闘機も、3カ国でそれぞれ調達します。しかし、ほかに欲しい国が出てきた場合、日本から輸出はできません。

アジアの国から頼まれたとき、日本は売ることができないので、イギリスかイタリアに頼んでください、と言うしかない。ですが、アジアのその国には、イギリスとイタリア経由で日本が造った戦闘機が行くわけです。これはおかしい。このように、日本としても第三国移転について一定のルールを今のうちに作っておかないと、戦闘機が完成したときに困ることになる。それも議論の一つになると思います。

防衛費2%はチームとして必要

塩田:防衛力強化に伴う防衛予算の増額の問題ですが、長く維持してきた防衛費の対GDP(国内総生産)比1%を超えて、1.5%とか2%という話が出ています。

小野寺:現在の安全保障環境の中で、日本の周辺で紛争を起こさせないためには、日本だけでなく、チームとしての抑止力が必要です。日米同盟も日米韓も、安倍元総理が提唱して今、強固な関係になりつつある「QUAD(クアッド=日米豪印4カ国戦略対話)」もあります。NATOもチームとして一緒に、とお願いしています。チームが強くなり、大きくなることの利益は、もしかしたら日本が一番受けるかもしれない。

チームは、結束だけではなく、それぞれの国に目標を課しています。それがGDP比2%の防衛費なんです。それぞれのチームが懸命にやっている努力を、日本がやらなければ口先だけの国と思われるのでは、と心配しています。実際にNATOの基準で対GDP比の防衛費を見ると、1%ちょっとくらいで、日本は自前の努力をしないと、チームの一員としては認めてもらえないかもしれない。だから、努力しようということです。

自衛隊の予算をいきなり2倍にすることではない。研究開発費とか、国民が避難するために必要なシェルターとか、港湾や空港の整備とか、広い意味で安全保障に資する予算をこの数字にカウントしようと思っています。全体の抗堪性を上げていくことが大事です。

塩田:対GDP比で2%という数字がなぜ世界標準に。特別の根拠があるのですか。

小野寺:これはNATOの国がそれぞれ決めたことだと思うんですが、NATOの議論の詳細はわかりません。アメリカは確か3%以上、NATOでも主要な国は、ドイツを除いて2%を超えています。おそらく、このくらいの努力を、という数字だと思います。

塩田:通常国会末期の6月16日に国会で防衛力強化の財源確保に関する特別措置法案が成立しました。防衛予算の財源問題をめぐるこれからの見通しは。

小野寺:今年の予算は決定していますので、今後の財源の捻出については今年の暮れに決まっていくと思っています。心配しなければいけないのは、予算が増えることで無駄遣いしないかどうかです。

私たちは予算を増やすのですが、「金額ありき」で、予算の数字があるわけではありません。安全保障に資する必要な予算を積み上げていって、結果として、日本としては2%の基準で努力していることを示す。それが必要だと思います。必要なものが増額になり、手当てできているかどうか、厳しく見ていく責任があります。

防衛費増額は日本の技術開発にもプラス

塩田:防衛予算の財源に関して、消費税の増税の可能性はありますか。

小野寺:岸田総理は否定しています。そこにつながることはないと思います。私個人は、個人所得税である東日本大震災の復興特別税の一定期限の延長によって新たな財源とする形は反対ではありません。今の予算の積み上げの議論の中で、復興特別税を将来的に防衛予算に切り換えたとしても、現在の個人所得税が増えるわけではありません。

もう一つは法人税の上乗せです。対象の企業は全体の7%ぐらいと聞いています。今回の防衛予算増額のかなりの部分は研究開発費やインフラ整備費用で、これらは経済活性化や日本の将来の技術開発につながります。長い目で見れば、企業のプラスになる部分もある。そういう意味合いだと説明していきたいと思います。

塩田:一方で、岸田首相は政権獲得となった2021年9月の自民党総裁選のときから、「在任中に憲法改正を」と言い続けていて、その旗を今も下ろしていません。

小野寺:憲法改正は大きな課題です。抑止力を高め、平和な日本にするための防衛力整備や、今後の日本にとって大きなテーマである少子化対策などを打った上で、次は憲法改正を目指す。私は岸田総理にぜひやっていただきたいと思っています。

以前に比べると、改正に理解がある政党が増えています。しかし、各党の考え方が違うので、改正に賛同でも、中身について足並みがそろっていません。私は足並みをそろえていく努力が大事だと思います。最後は国民投票ですから、議論の過程で国民の皆さんに憲法問題の中身を理解していただく。岸田総理はおそらくそのスケジュール感をもって動いていると思います。