底打ちも低迷が続くルーブル相場の裏事情

土田 陽介 : 三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部副主任研究員

2023年05月12日

ロシア国民が中国人民元紙幣の保有を急増させている。ますます高まる中国依存は、ロシア経済の未来に何を意味するのか。

ロシアの通貨ルーブルの相場が低迷している。ロシア中央銀行の発表によると、2023年最初の取引日となった1月10日時点におけるルーブルの対ドルレートは、終値で1ドル=70.3ルーブルだった。その後、ルーブル相場は下落が続き、4月8日には終値で1ドル=82.4ルーブルまでルーブル安が進むことになった。

4月中旬に入ると、ルーブル相場の下落トレンドに歯止めがかかり、それ以降は1ドル=70ルーブル台半ばまで持ち直した。ルーブル相場は、2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻したことを受けて大暴落したが、その後は急騰し、侵攻前よりも上昇した。

ルーブルV字回復はもはや過去の話

「V字回復」の賞味期限は、もはや切れたといっていいだろう。

侵攻後にルーブルが「V字回復」した最大の理由は、経常収支、特に財(貿易)収支の黒字が急激に膨らんだことにあった。財収支の黒字の拡大は輸出増と輸入減の両方の動きからもたらされたものだ。つまり、化石燃料の価格高騰を受けて輸出額が膨らむとともに、欧米日による経済制裁で輸入額が減少し、財収支の黒字が急増したのである。

とはいえ、ロシアの経常収支の対GDP(国内総生産)比率は、2022年7〜9月期をピークに黒字幅の縮小に転じている。2023年1〜3月期の経常収支も470億ドルと、2022年10〜12月期の569億ドル(ともに4四半期後方移動平均)からさらに減少した。財収支の黒字幅の縮小が経常収支の黒字幅の縮小につながり、ルーブル安の主因にもなっている。

ではなぜロシアの財収支の黒字幅は縮小したのか。その答えは、輸出が思うほど伸びていないことにある。化石燃料、特に原油の価格が下落したことが、価格面から輸出額の伸びを抑えた。そして、これまで最大の顧客であったヨーロッパ勢がロシア産の化石燃料の輸入を抑制したことが、数量面から輸出額の伸びを抑えたのである。

ロシア国民が人民元を積極的に購入している

このようにボラタイルなルーブル相場を受けて、ロシア国民は資産防衛の観点から中国人民元を積極的に購入しているようだ。ロシア中銀が4月10日付で発表した『金融市場リスクレビュー』の3月号によると、3月にロシアの個人が大手行を通じて買い越した人民元の規模は419億ルーブル(約700億円)と、2月から4倍も増加したという。

ロシア中銀は2023年9月まで、非友好国の通貨建て(ドル、ユーロ、ポンド、日本円など)の外貨預金に関しては、その引き出しを制限している。一方で、友好国の通貨に関しては、そうした制限を課していない。そのため、ロシア国民にとって、人民元は利便性が高い通貨となっており、資産防衛の手段として好まれていると考えられる。

人民元の対ドルレートが安定していることも、ロシア国民が人民元を信用する理由になっているのだろう。中国は変動相場制度(管理フロート制度)を採用しているが、中国人民銀行は人民元とドルのレートの安定に注力している。実際に、ルーブルの対ドルレートと対人民元レートはほぼ連動しており、安定性が高い。

つまりロシア国民にとって、人民元はドルの代替物そのものである。言い換えれば、人民元はロシア国民にとって、疑似的なドルにほかならない。この事実は、言い換えれば、ロシア国民にとって自国通貨であるルーブルの信用度は低いという厳しい現実を物語っている。

恐らく、少なくないロシア国民が、そうして得た人民元紙幣の多くを、手元で保有していると推察される。ウクライナとの戦争の長期化を受けて、ロシア政府は経済の統制を着実に強めている。友好国の通貨建てでさえも、いつ何時、外貨預金が封鎖されるかわからない状況だ。そのリスクに鑑みれば、紙幣を手持ちで保有したほうが得策である。

人民元化はロシア経済の「自立」にはつながらない

そもそもロシアは、ウクライナ侵攻前より、経済安全保障上の理由から外貨準備の「脱ドル化」に着手し、金(ゴールド)や人民元の割合を徐々に高めてきた。そしてウクライナとの戦争で欧米日との関係が悪化すると、ドルやユーロが貿易決済に使いにくくなったこともあり、ロシアはルーブルや人民元での決済を増やすことに注力してきた。

実際にロシア中銀は、3月9日付で公表した『金融市場リスクレビュー』の2月号において、2022年1月から2022年12月の間に、貿易決済に占める人民元の割合が、輸出で0.5%から16%に、また輸入で4%から23%に上昇したと報告している。特に輸入では、決済通貨に占める人民元の比率はドルとほぼ同等まで拡大している。

貿易通貨に占める人民元の割合は、今後も上昇していくと考えられる。このことは、確かにドル依存の軽減を意味するが、同時に起こることは、人民元依存の増大にほかならない。結局のところ、ロシア経済は、その依存先を、欧米を中心とする先進国社会から、中国を中心とする新興国社会にシフトしているに過ぎず、自立からは程遠い。

特に中国との関係は、少なくとも経済的には対等ではない。中国が主でありロシアが従という関係である。今は友好関係にあるとはいえ、両国の関係が冷え込んだ場合、厳しい立場に追い込まれるのはロシアのほうだ。結局のところ、ロシアにおける人民元の浸透は、経済の中国依存の増大を示す現象であり、ロシアの経済的な自立を意味しない。

中国への従属が進むロシア経済の帰結とは?

ロシアは欧米日から制裁を科された結果、特にそれまで輸出入の半分を占めていたヨーロッパ向けの貿易が急減することになった。一方で、ロシアは輸出入の両面で、新興国、特に中国への依存を強めた。こうした実体経済面のみならず、金融経済面でもロシアが中国への依存度を強めていることを、ロシアの「人民元化」はよく物語っている。

中国の工業力は圧倒的であるし、国内の資源も豊富である。ロシアからの原油の輸入を強化しているが、一方で中東産の原油との価格を見比べてもいる。その中国から、ロシアはモノを輸入し、また金融面でも依存度を強めている。ロシアにその意識があるかはともかく、その関係は対等ではなく、ロシアが中国に従属する関係だ。

政治的・軍事的な力学関係はともかく、経済的には、中国の存在がなければ、もはやロシアは立ち行かない。そのロシアが抱える最大のリスクは、中国との関係が悪化することだ。中国との関係が冷え込んだとき、ロシア経済は現状を維持できなくなり、一気に縮小再生産の坂を転げ落ちることになるだろう。

中禍人民共和国ロシア自治区爆誕?!!