中国資本が、日本の住宅市場に熱視線を送っている。中には宅建資格の取得に乗り出す中国人もいて、不動産取引への強い意欲を見せている。不動産の中でも住宅は、オフィスビルや商業施設とは異なり、国民の生活と密接に関わる。健全な住宅市場を維持するためにも、国や業界は目先の利益を追うだけでなく、ルールの明確化や適正取引の推進に目を向けなければならないだろう。(ジャーナリスト 姫田小夏)

中国人の間で広まる日本の宅建取得ブーム

「取引先の会社で働いていた中国人の女子社員、宅建を取って独立したらしいよ」――ある日本企業の社員の間でそんなうわさが流れた。うわさの中国人女性は最近、数億円の物件を仲介して数百万円の手数料を手にしたという。

 宅建(宅地建物取引士)とは、宅地や建物の売買や賃借などの不動産取引を行うために必要な国家資格である。資格試験は年1回、合格率も例年16%前後と、資格試験の中でも難しいとされている。資格取得後に、営業保証金を供託した旨、免許権者(都道府県知事または国土交通大臣)に届け出をすれば事業者になることができる。

 中国人が日本の不動産に食指を動かし始めたのは、2000年代後半からのことだった。その後、2010年代の訪日旅行ブームをきっかけに、多くの中国人が日本の不動産の安さに気づいた。ホテルや旅館、あるいは民泊物件などを購入し、自前の宿泊施設で中国人客を囲い込もうとする中国系事業者があちこちに出現した。

 もっとも、このときはまだ日本の不動産業者を通して物件の取引を行うのが一般的だった。しかし、最近ではさらに川上に参入し、自らが不動産業を営むようになった。中国人による日本の不動産業界への積極参入の背景には、中国にはない土地所有権の取得や円安、利回りのよさ、物件の割安感などの要因がある。

 都内の財閥系不動産会社に勤務する営業担当の大川謙さん(仮名・40代)は、こう話す。

「宅建を取得する中国人は多いです。日本人はヒーヒー言いながら宅建試験に挑みますが、彼らは暗記力が高いので、日本語ができさえすればあまり苦労しないで合格できるようです」

 中国人の宅地建物取引士が増えれば日本の不動産市場の活性化が期待できる半面、中国独特の商習慣が持ち込まれ、看過できない問題も起きている。

大手企業の住宅販売も中国人客頼み

 大阪は、日本でも中国資本の進出が進む都市の一つだ。市内の上場企業に勤務する管理職の須永孝さん(仮名・50代)は「最近は、大阪のど真ん中で中国人の声を聞くようになりました」と話す。大阪に好んで住む中国人が増えているようだが、その大阪でも、宅建を取得した中国系の不動産業者が活発な住宅取引を行っているようだ。

「売れ残ったマンションの販売代理を、中国系不動産業者に依頼するケースが出てきました。かつて日本の大手不動産会社などは中国系業者など相手にしなかったものですが、今では『中国人のお客さんに売ってください』という時代に変わりました」(須永さん)

 数百戸単位の販売戸数を抱えるタワマンでは、初めから何割かに相当する戸数を中国人対象に販売するケースもあるという。日本の不動産業界にとって、中国人は上客になっていることがうかがえる。それどころか、土地を仕入れて開発を行う中国系デベロッパーすら出てきているというから驚きだ。

 中国資本が住宅市場に参入することについては、賛否両論ある。経済の循環を考えれば悪い話ではないが、日本の同業者の間では順法精神の低さによって起こるトラブルがささやかれている。

「中国系の不動産業者は、建築基準法では再建築不可などの難しい土地建物を売り付け、客から『聞いていなかった』『こんなはずじゃなかった』といったクレームが入ってくる」といった話や、「住宅事業部を立ち上げた中国系企業から宅建免許を貸してほしいと迫られる」といった話もある。

 後者はいわゆる「名義貸し」行為だ。これは宅建業法違反となるため、日本のまともな不動産会社が行うことはないが、「上に政策あれば下に対策あり」なのか、中国人経営者の中には法の網をかいくぐる脱法行為を何とも思わない者もいる。

日本の中で「孤立」する中国人マーケット

 日本で中国人が住宅を購入する場合、「そこに長年住み続ける」という目的はほとんどないようだ。前出の大川さんによると「たいていのケースは購入後、数年で転売します」という。だが、問題はこの先だ。

「転売しようとする物件は、客付け(不動産売買契約を締結する客を見つける)のため業者用の中古物件サイト(レインズ)に情報登録されるのですが、問い合わせをしようと元付け業者(客から不動産売買の依頼を直接受けている仲介業者)に連絡しても、担当者が日本語を話せず、仕事にならないのです」(同)

 ここからわかるのは、中国系不動産業者が相手にしているのはほぼ中国人客だということだ。大川さんはさらにこう語る。

「ある投資物件がオーナーチェンジの条件でレインズに載りました。ところが、売主であり貸主でもある中国人オーナーは、賃貸借契約書を提示できないと言うのです。聞けば、借主も中国人であり、口約束で貸しているが滞納は一度もしていないので大丈夫だ、と。ちなみに、この物件の元付けも中国系業者でした。表に出す物件情報もいいかげんなところがあります」

 大川さんは「中国人が関わる物件は日本人客向けに販売や賃借をしにくく、中国人の仲間内での転売や転貸となる傾向が強いです。放っておけば、日本の不動産市場の中に孤立したマーケットができていくのではないでしょうか」と懸念する。

都内タワマンエリアは高収入の中国人が増加

 少子高齢化が進む日本で、不動産市場を活性化させようとすれば中国人の購買力も無視できない時代になった。

 都内の城東エリア(葛飾区、墨田区、江東区、江戸川区、台東区)を中心とした物件を取り扱っている不動産仲介業者の島村勇一さん(仮名・50代)によれば「顧客の3割は中国籍です」という。

 島村さんは「タワマンが多いエリアは、中国人比率が高まる傾向があります」とも話す。その周辺一帯は高収入を手にする中国籍の高度人材が住むエリアともいえ、今後はこうした人材が日本で永住権を取り、親を呼び寄せて家族を形成すれば、中国人による住宅需要はさらに増えることが見込まれる。

 前出の大川さんも「都心の大手を含む不動産会社は、どこも中国人スタッフを雇うようになりました。今、業界では宅建資格の保有者は引く手あまたです」と言う。

 ちなみに、中国籍や外国籍の宅地建物取引士は何人いるのか。不動産適正取引推進機構に尋ねると「そのような統計は取っていない」という。

 一方、「かつて日本の不動産業界はとてもドメスティックな業界でした」と語るのは、大手不動産企業を退職した松木大輔さん(仮名・60代)だ。「バブル期に日本の不動産企業は海外不動産に投資をしたものですが、まさか外資が日本の不動産市場にこれほど目を向ける時代になるとは」と驚きを隠さない。

 こうした事情もあり、日本の国も業界も外資による投資への対応は後手に回りがちだ。しかし、他の先進国では、外資や外国人が簡単には不動産市場にアクセスできない仕組みがすでに構築されている。

 例えば、ドイツでは外資が不動産を取得する場合は事前の登録が要求される。オーストラリアでは外国人による不動産購入に規制を設けており、 FIRB (外国投資審査委員会)による承認が必要となる。カナダでは今年から、外国人による住宅購入が2年間禁止となった。詳細は稿を改めお伝えするが、逆に言えば日本では外国人が簡単に住宅を購入できる状態にある。

 不動産の中でも住宅への投資は、オフィスビルや商業施設とは異なり、人が住む家と密接に関連する。そのため、「経済が回ればいいじゃないか」という発想だけでは済まされない。中国でも住宅市場に仕掛けられたマネーゲームで国民がひどい目に遭った。国民生活保護の観点から、日本においても、外資による投資への審査や適正取引の監視のためのメカニズム強化は急務だろう。