円借款で整備したが日系企業はほぼ関われず

意味あるの??!

 

高木 聡 : アジアン鉄道ライター

2023年02月02日

バンスー中央駅へのターミナル移転記念式典で、来賓輸送用列車として登板した元JR北海道のキハ183系気動車=2023年1月19日(写真:Adam Faridl al Fath)

1年半近くにもわたるターミナル駅移転論争にようやく決着がついた。2023年1月19日、タイの首都・バンコクの鉄道ターミナル機能が、長らくその座を維持し続けてきたフアランポーン駅から2021年11月に開業したバンスー中央駅に移転した。同時に駅名も、バンスー中央からクルンテープ・アピワット中央に変更された。

クルンテープとはバンコクの正式名称であり、旧ターミナルのフアランポーン駅も、タイ人の間ではもっぱらクルンテープ駅と呼ばれていた。つまり、この改名でバンスー中央駅が正式なターミナルとしてのお墨付きを得た格好である。1日当たり上下52本の列車が同駅発着となる(以下、本記事中では駅名の表記を「バンスー中央」とする)。

新たな歴史の幕開けだが…

しかし、これはタイの鉄道の新たな歴史の幕開けであるとともに、多くの問題を抱えたままでの出発ともなった。今回のバンスー中央駅を含めた路線改良には日本の円借款が用いられつつも、中国の協力で建設が進む高速鉄道の乗り入れに備えるなど、インフラ輸出における日中の覇権争いの火種にもなりうる。バンスー中央駅の現状と課題、そしてタイ国鉄の将来を展望すると不都合な真実が見えてきた。

ターミナル移転の記念式典に合わせ、1月19日午後1時過ぎ、タイ南部スンガイコーロック行きの快速171列車がバンスー中央駅からの初の長距離列車として出発した。牽引するのは、タイ政府予算でバンスー中央駅開業用に導入された新型機関車、中国中車製のQSY(CDA5B1)型である。

また、後続の来賓専用列車として元JR北海道のキハ183も登板し、セレモニーに花を添えた。これまで殺伐としていた巨大な駅構内には、長距離利用者向けの軽食販売ブースなどが設けられ、危惧されていた食料調達面での問題は解消した模様だ。

しかし、この日の同駅発の長距離列車は、前日に到着した客車をフアランポーン駅から回送する必要もあったと思われ、軒並み1時間以上の遅れでの運行となった。駅に隣接して新たに客車区も設置されたが、同駅に到着した列車を客車区に入れるためにはいったんスイッチバックして数駅戻り、また方向転換して戻すという非常に手間のかかる作業を強いられる。現場が慣れてくるまで、しばらくは混乱が続くかもしれない。

2022年1月16日付記事(「バンコクの『玄関駅』、廃止のはずが列車発着の謎」)で紹介している通り、フアランポーン駅からの移転は本来、2021年末に実行される予定だったが、課題山積のために延期されてきた経緯がある。ただ、ターミナル機能は移転したものの、課題の1つであった通勤客対策として近距離普通列車など62本は引き続きフアランポーン駅発着として残っている。そもそも、先述の客車入れ換えの方法からして、すべての列車をバンスー中央駅でさばくのは物理的に不可能なのではないかと思われる。

高架新線に「垂れ流し」旧型車が

バンスー中央駅より北側、ランシット駅までの区間は通勤電車が走る高架の電化新線(北線「ダークレッドライン」)が整備されており、同線は2021年11月29日に開業済みである。今回のキモは、このダークレッドラインにタイ国鉄在来線の列車が乗り入れを始めたという点である。

フアランポーン駅発着で残る普通列車なども、バンスー(在来線)以北はダークレッドライン経由となり、まるでつくばエクスプレスに昭和の旧型客車列車が乗り入れてきたかのような異様な光景が展開されている。そのため、バンスー―ランシット間の各駅は空港最寄りのドンムアンを除いて普通列車は通過となり、これらの通過駅利用者はダークレッドラインの電車(各駅停車)に誘導される。また、従来フアランポーン駅に発着していた長距離列車利用者の利便性確保のためには、高速道路経由でフアランポーン駅とバンスー中央駅を結ぶ路線バスが設定された。

しかし、普通列車の垂れ流し式トイレによる黄害問題、ディーゼル機関車の煤煙問題、在来線列車などの保安装置未設置など、多くの課題が解決しないまま移転当日を迎えている。日本の高品質なインフラ輸出と呼ぶには程遠い状況だ。

もちろんこれにはわけがある。このバンスー中央駅建設も含む「バンコク大量輸送網整備事業(レッドライン)」の総事業費約3320億円のうち、約2674億8100万円は円借款で賄われ、政府開発援助(ODA)として建設されている(西線「ライトレッドライン」は除く)。

しかし、これは近年、本邦のインフラ海外輸出戦略としてもてはやされている日本タイド、つまり本邦技術活用(STEP)案件ではない。所得階層別分類において、すでに中進国入りしているタイにはSTEP案件を適用できず、調達条件は一般アンタイドとなる。しかも、タイにはすでに地下鉄すら自前で建設できるほどの技術を持つ巨大ゼネコンがあり、レッドライン事業の3つのパッケージのうち、バンスー中央駅の建設を受注したのはタイ建設大手のシノタイとユニークの共同事業体である。

バンスー中央駅に設置された、日本の資金援助で建設されたことを示す看板。受注業者はこれでも確認できる(筆者撮影)

日本が受注した部分と言えば、通勤新線(レッドライン)用の電気・機械システムおよび車両調達のみであり、コンサルを含め、大部分がタイのローカル企業が請け負っている。つまり、今回のバンスー中央駅部分に関しては、円借款を付けているものの、日系企業はほぼ関わっていないのである。

2層構造・長さ700mの巨大駅

バンスー中央駅は在来線(在来線長距離列車と通勤新線レッドライン)用乗り場が6面12線、高速鉄道用の乗り場が6面12線の2層構造で、駅の端から端まではおよそ700m。ため息が出るほど巨大なガラス張りの駅舎は、まるで中国のターミナル駅のようだ。ただただ巨大で疲れるだけと、さっそく利用者からは批判の声が上がっている。

また、これまではチケットを持っていなくとも誰でもホームまで行くことができるヨーロッパ方式だったのが、バンスー中央駅では改札を済ませてもコンコースでの待機を命じられ、列車の発車時間が近づくまでホームには上がれなくなった。列車の遅れもあってコンコースに乗客が滞留してしまい、ベンチの不足で立ちっぱなしや床に座って待たされるなど、初日から評判は散々だ。

低い天井の長距離ホームにはディーゼル機関車の排ガスが充満しており、冷房も利かないので、コンコースでの待機はその対策ではないかと言われているが、これも中国式になってしまったと揶揄する声も多い。さらに、これまで東南アジアにしては緩すぎるほどだった駅構内での写真撮影すら、見つかると警備員に注意されるようになった。

それでも東南アジア最大の鉄道ターミナルとしての呼び声高いバンスー中央駅だが、その機能は、1月19日時点でもまだ5割しか使われていない。現在使われているのは在来線用となる下層(2階)のホームのみで、開放的な天井を持つ上層(3階)の高速鉄道用ホームは高速鉄道自体が開通していないため、準備工事がなされているだけである。

計画通りに進めば、ここにはノンカイ―バンコクルート(中国が協力)、ドンムアン・スワンナプーム・ウタパオの首都圏3空港連絡ルート(南側は既存のエアポートレールリンクの設備を流用・延伸、北側はノンカイルートに直通、PPP方式)、それにチェンマイ―バンコクルート(日本が協力)が乗り入れてくることになる。さらに将来的には南部マレーシア方面へのルートも加わることになり、この上層階にはタイの鉄道の壮大な夢が詰まっている。

高速鉄道の開業時期は見通せず

10年後、20年後を見据えた設計にはただただ脱帽するばかりである。しかし、はたして高速鉄道がいつ開業するかは定かではない。

すでに着工しているのはノンカイルートで、第1期区間となるナコンラチャシマまでの間では一部区間に高架橋がお目見えしつつある。ただ、その先は未定である。3空港連絡ルートは中華系財閥企業が出資することが決まっているものの未着工だ。そして、チェンマイルートに関しては採算性の問題から事業化すら決定していない。ノンカイルートと異なり、貨物輸送を想定していないことがネックになっているといわれている。はたしてバンスー中央駅が100%の機能を発揮する日が来るのかは、現時点では定かでない。

在来線側の諸問題はどう解決されるだろうか。垂れ流し式トイレによる黄害対策については、旧型車両にも汚物タンクの設置が進んでおり、数年内に垂れ流し式の車両は消える模様だ。

また、機関車の排ガスによる煤煙対策については、2022年に20両が一斉に運用投入された中国中車製のQSY型がさらに追加で30両導入される。同年12月末に10両、今年1月下旬に最後の20両がタイに到着しており、2023年中に全50両が運用投入される予定だ。そうなれば、バンスー中央駅に入る機関車は排ガスを抑えた新型に統一できる。ただ、新型機関車をもってしても、ホーム内に白煙がこもる様子が確認されており、抜本的解決には至らない。

中国中車はこの対応として、2022年末に蓄電池式機関車の試験車両を納入している。これはタイの有名国立工科大学であるモンクット王工科大学とタイ国鉄も加わる共同プロジェクトで、1月から試運転を続けており、今回の記念式典にも中国中車の職員と共に“ゲスト出演”した。隣接するバンスー客車区には充電設備が整備されている。これが実用化されれば、煤煙問題の根本的解決となる。気動車についても、将来的にはバイモード式車両を導入する構想があるようだ。

最大の懸案は保安装置問題、また老朽客車問題など、安全に関わる部分である。保安装置を装備したレッドラインの通勤電車と、保安装置のない在来の列車が同じ線路上に混在するのは好ましくない。機関車に関しては、都心に乗り入れる列車が新型機関車に統一された時点で何らかのテコ入れがなされる可能性があるが、近距離列車など気動車を用いる列車の対応は不明である。

本来であれば、近距離列車を都心部から追い出し、レッドラインの通勤電車と系統分離することが得策であるが、レッドラインがフアランポーンまで延長しない限り、実現できない。地下線としてレッドラインを延伸する計画自体は存在するが、早々にできる話ではない。

激変の時期を迎えたタイの鉄道

ただ、タイ国鉄史上最大のプロジェクトとも呼ばれる「バンコク大量輸送網整備事業(レッドライン)」がひとまずは完成のときを迎え、政府は今後、他の用途に予算を回す余裕が出てくるだろう。

レッドライン内各駅での撮影が厳しく制限されていることから鑑みても、政府は高架新線に窓全開、扉全開、箱乗りの乗客という危うい状態の老朽車両が走っている状況を好ましくないと思っているのは明らかだ。現に、駅はきれいになっても、それ以外は昔のまま何も変わらないというチグハグな状況に対して、タイ国内でも疑問を呈す声は大きい。よって、政府の意思決定次第では、さらなる近代化が急速に進む可能性はある。

 

シーラカンスのごとくほぼ100年間進化の道を閉ざしていたタイ国鉄だが、レッドラインプロジェクトを呼び水に、今、激変のときを迎えようとしている。10年後、タイの鉄道風景はどのように変化しているだろうか。タイ国鉄は、組織としてこの急激な変化に耐えうることができるだろうか。そして、このビジネスチャンスを掴み、鉄道覇権を制すのは果たして誰か。現状を見る限り、日本勢がここに入り込んでいけるかは、甚だ未知数と言わざるをえない。