“保守派の論客”として知られる藤井聡・京都大大学院教授が「10%への消費増税は日本経済に破壊的なダメージを与える」と警告、増税の凍結を訴える。201910月に予定どおり税率が引き上げられると、国民の生活はどうなるのか──。

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──10%消費増税の凍結を主張する理由は?

「いま、日本経済は成長できずに衰弱していくデフレの状況にあります。デフレ不況から脱却する前に消費増税を行えば、破壊的な経済被害をもたらします。消費が著しく低迷し、国民の貧困化が進んで格差社会が拡大する。そればかりか、国の財政も悪化することは避けられません。そして、10%へのアップが予定されている201910月時点では間違いなく、デフレ状況のままですから、消費増税は深刻な被害をもたらします」

──具体的に家計など国民の生活にどのような影響が出るのか?

「消費税は、消費に対する罰金のようなもの。だから増税すると、必然的に消費にブレーキがかかります。14年に8%へアップした後、1世帯当たり年34万円も実質消費が減った。

 所得そのものも減っています。97年の5%増税後は、およそ20年間のうちに1世帯当たりの平均所得が年135万円も減少しました。今回の増税の影響はさらに大きくなりそうですから、短期的には年50万円、長期的には年150万円くらい所得が減ることも考えられる。毎年、車を1台買ってもお釣りがくるような所得が失われるのです」

──今回の増税が過去の増税時よりも消費者への影響が大きい理由は?

「決定的な理由は、10%というキリのいい数字です。8%だと税額がいくらになるのか、計算するのはややこしい。ところが10%ならば、値段がいくらであっても簡単に計算できてしまう。多くの人が買い物のとき、消費税を軽視あるいは無視していたのが、必ず意識するようになる。この税額のわかりやすさが、人々の消費行動に大きなブレーキをかけるのです。

 そのことは、京都大学で男女200人を対象に実施した心理実験の結果からも明らかです。『購買意欲を減退させる心的効果』は8%増税のときよりも10%増税のほうが約1.4倍も大きいという結果になった。特に女性サンプルでは、その傾向がより顕著で、実に4倍以上になる」

──現在、景気は改善傾向にあり、消費増税支持派は増税のチャンスというが。

「経済が成長しているように感じるのは、14年の増税前から輸出が約15兆円も伸びたからです。実に国民1人あたり12万円の経済効果です。その輸出の伸びがない場合、むしろわが国のGDP(国内総生産)は、実質値で3兆円縮小していたであろうと推計されています。いまの成長は単なる“他力本願”だったわけです。なお、19年以降は外需の伸びが期待できないどころか、ほぼ間違いなく縮小していくと見込まれています。

 一方、仮に14年に消費増税をしておらず、それまでの勢い(年7兆円)で成長していたとすれば、563兆円になっていたと推計されます。これはいまの532兆円(1879月期)よりも約30兆円も高い」

──これまでの消費増税で我々の暮らしも、国も貧しくなった?

「日本はもはや、世界の中で経済大国としての地位を失っています。日本経済の世界におけるシェアは、1995年は17.5%を占め、トップの米国の24.6%に肉薄していた。ところが20年後の15年は、3分の15.9%まで凋落(ちょうらく)しました。

 代わって台頭したのが中国で、2.4%から15.0%まで拡大しています。この20年間の経済成長率は(名目値のドル建てで)世界平均は139%。1位のカタールは1968%、2位の中国は1414%と発展がめざましいが、唯一、日本だけがマイナス20%。日本は先進国ですらなくなり、急速に衰退し続ける“衰退途上国”へと転落してしまったのです。

 経済成長のメインエンジンである消費が冷え込み、景気が悪化すれば税収も減ってしまう。将来の社会保障費の財源確保もかえって困難になります。こうして消費増税のせいで財政基盤が逆に弱体化するのです」

──政府は「リーマン・ショック級の出来事がない限り、消費税率を引き上げる」と明言しているが。

「リーマン・ショックはいつ起きても不思議ではありません。例えば“2019年問題”というのがあり、民間の研究機関・大和総研が衝撃的なリポートを発表しています。19年に予想される景気下落圧力がリーマン・ショック級になる見込みがあるというのです。

 保護貿易主義など『トランプ政権の迷走』、『中国経済の想定以上の減速』、『残業規制の強化』による残業代の大幅カットといったリスク項目を挙げ、その景気低迷圧力を合計すると、GDPの見込み下落率はマイナス3.6%になるという。リーマン・ショックのときの下落率が3.7%だから、合わせ技でリーマン・ショックに匹敵する経済被害が生じるのです。

 さらに研究機関が取り上げなかった懸念材料としては、東京五輪関連の諸投資が19年から終わりを迎えます。加えて日本経済には14年増税の悪影響が残っています。19年の経済環境は非常に厳しく、増税のタイミングとしては最悪です。断行されると、取り返しのつかない事態となることが真剣に危惧されます」

──増税への対策は?

「重要なのは増税の影響をゼロにする対策だけでは、いまも進むデフレ・スパイラルは止まらないということ。デフレを終わらせるには増税の凍結に加え、単年度で10兆~15兆円の大型経済対策を2年程度続ける必要があるでしょう。万一、増税をするのなら、同規模の対策の45年の継続が必須となるでしょう」

──消費税減税という選択肢もあり得るか?

「もちろんそうです。8%から3%に戻せば、デフレ脱却ができる可能性があります。物価が確実に5%下がりますから、実質消費も5%上がる。日本人は年間約300兆円消費しますから、それだけで15兆円上がる。たくさんお金を使うと給料がアップして、実質賃金も増える。会社も活況を呈するから投資も始まります。トータルで20兆~30兆円の経済波及効果が得られるでしょう。

 デフレ脱却には、消費税を減税すると同時に法人税を増税するのが得策です。法人税を支払うことを嫌う各企業が投資や賃上げを加速するからです。高額所得者への課税強化による税収確保も重要でしょう。

 私はデフレからの脱却の王道は税制改革だと思っています。何といっても消費増税のせいでデフレと財政悪化がもたらされたのですから。いまからでも遅くありません。10%消費増税は止められるのです」

(構成/本誌・亀井洋志)

※週刊朝日  20191411日合併号

 


キリが良いから5%に戻せや!!