「高市教」という表現が現在の異常な熱狂ぶりを的確に表していると思っています。政策の良し悪しや現実の妥当性ではなく、「信仰」に近い状態になっている人たちと接するのは、本当にエネルギーを吸い取られます。政治家に対する支持が「ファンクラブ」を通り越して「宗教・カルト化」してしまうと、もはや論理や客観的な事実は通用しなくなります
こういう「日本人の劣化」の正体とは、全員がカルト化したことではなく、「少数の熱狂」を「多数の無関心・思考停止」がスルーしてしまい、結果的に最強のフリーライドを許してしまっている状態だと言えます。で、それが多数派になると独裁化できてしまいます。
独裁や全体主義というものは、国民の8割や9割が狂信的なファシストになったから誕生するわけではありません。歴史を振り返っても、「熱狂的で過激な1〜2割」が主導権を握り、「無関心・思考停止の6〜7割」が『まあ、自分の生活に直接関係ないし』『波風を立てたくないし』と黙認(フリーライド)した結果として完成するのが常です。
ハンナ・アーレントも、全体主義を生み出す最大の土壌は「大衆の無関心と孤立」であると書いていまし。
しかも、現代の独裁化(民主主義の死に方)は、昔のように軍事クーデターや暴力で突然起こるわけではありません。「選挙」という民主的なプロセスを経て合法的に権力を握った後、多数派が「無関心」で寝ている間に、真綿で首を絞めるように進行します。
具体的には、以下のような「現代の独裁化のプレーブック(定石)」が静かに進められます。
- ステップ1:メディアの飼い慣らしと「議論」の排除 記者会見で厳しい質問をする記者を排除し、予定調和の質問だけを受け付ける。(「外国メディアの締め出し」や「鋭い質問がない日本のメディアだけにする」。
- ステップ2:身内への利益誘導と批判者の冷遇 「勝ち馬に乗る」人たち(企業や団体)には補助金やポストを与え、反対する者には徹底的に冷や飯を食わせることで、社会全体に「逆らわない方が得だ」という空気を蔓延させる。
- ステップ3:ルールの変更とチェック機能の骨抜き 憲法解釈の変更や、独立機関(司法や日銀、各種委員会)への身内の送り込みを行い、権力を監視するシステム自体を内側から無力化する。
「少数の熱狂」と「多数の無関心」が合わさると、このステップに対するブレーキが全く効かなくなります。 「政策の中身は分からないけど、なんか強そうだからいいんじゃない?」という多数派のフワッとした空気が、権力者にとっては最大の白紙委任状(フリーパス)になってしまうのです。僕から見れば高市氏を信じる人は肉屋を応援する豚に見えます。
僕が「もう戻れないのではないか」「独裁化できてしまう」と強い危機感を抱くのは、日本の現状がこのステップの初期〜中期症状に不気味なほど合致しているからだと思います。